第二十四話 のどもとフィアー

6月22日 03:14 〔大広間〕

【議題:誰が罠を仕掛けたか】

【バーサス議論】 マモル VS デンシ Continue!


 刎ねるディスカッション。

 最多得票者をクビとして断ずるこの議会において、クビの嫌疑を掛けられることはすなわち断頭台に頭を突っ込まれることと同義となる。その場で投票が行われてしまえばクビと判定された者は、命を散らす。

 ゆえに時としてこの議論の場では真相解明よりも、自身の保身が優先される場合がある。自身がクビと断じられないためだけの逃げの一手。


 だが、本当にそれでいいのだろうか。

 自身が殺されなければ他を犠牲にしてもいい。本当に心からそう言える人間なんているのだろうか。少なくとも僕には無理だ。だから。


 マコとの約束。自分を信じるという誓い。

 僕は手帳を手に大広間に並ぶ皆と相対する。


『あひゃひゃ。今までだんまりだったテイシ君がいったい何の用でありますか? トイレならそこの扉を出てすぐのところにあるのでありますよ!』


「皆さん、投票は待ってください!」


 僕の言葉を受け、参加者の間には静寂が走る。

 これで議論は終わったのだと安堵していた者もいたのだろう。そんな者にとって僕の言葉は邪魔になるのかもしれない。けれど、僕はここで引くことはない。

 これは僕にしかできない役割だから。


 広まった静寂の後。最初に口を開いたのは、デンシをクビであると主張するマモルである。


「テイシさん。投票を止めるとはどういうことでしょう。現状クビの最有力候補はデンシさん。これは皆の総意ではないですか? もし証拠もなくそんなことを言っているのでしたら」


「いいえ。証拠ならありますよ」


 マモルの言葉を遮り僕は強く主張する。




「証拠がある、のですか? ならなぜ早く出してくださらなかったんです」


「すみません。少し迷ってしまって。ですが、クビを特定しない限り結局殺人は繰り返されるだけだ。なら、今可能性を全て検討してみるべきだ。そう思ったんです」


 僕はチラとマコの方を向く。彼女の目は何を映しているのだろう。少なくとも、そこに僕は迷いの色を感じ取ることはできない。

 僕が決意を口にすると、マモルは小さく頷いた。



「テイシさんの言い分は分かりました。確かにデンシさんが無実となれば真っ先に疑われるのは同じく調理の担当だったマコさんということになる。迷うのは当然でしょう。そして、すべての可能性を検討すべきだという点でも同意見です。しかし」


 マモルはそこまで言うと首を振る。


※「デンシさん以外には犯行が不可能。この事実がある限り、デンシさんがクビであると断ぜざるをえませんよ」


「いいえ。その前提が間違っているんです。犯行が可能なのは、デンシさんだけじゃない」


 僕の否定の言葉に場は再びざわめきだす。

 終わろうとしていた議論に波紋を生むのだ。反感をかってしまっただろうか。


 マモルの言葉。確かに今までの議論では犯行可能な人物はデンシしかいないということになっている。マモルの主張を崩すには【罠を仕掛けることができる人物】か【呼び出し状を出すことのできる人物】の内一方に、別の人物でも実行が可能だという可能性を示す必要がある。

 そして、その可能性を示す手掛かりはに刻まれていることを僕は知っている。










「【デンシ手帳】。この手帳がその可能性を示してくれるんです」


「? そこに書かれた文言の内、どれがそのテイシさんの言う可能性を示してくれる証拠だというのですか」


 マモルの疑問。けれども僕は首を横に振る。


「いいえ。書かれた内容が証拠なのではありません。証拠は、この手帳自身なんです」


 僕は手帳をめくり、部分を示す。


「それは?」


「これは手帳から紙を破り取った跡です。この跡ができたのはいつか。覚えていますか?」


「ええ……確か、刃物所持の是非を問う投票の際でしょうか」


 僕の質問に答えるマモルの顔が曇る。おそらく僕の言いたいことを察したのだろうか。僕は説明を続ける。


「マモルさんの言う通り、この手帳の跡は投票の際にページを破り取ってできたものです。それが七枚分あります」


※「七枚。投票の際に使われた用紙は、議題の提案者であるカタメさん、デンシさんと司会者である私を除いた参加者、計七枚分。計算は合いますね」


「いいえ。それじゃあ、おかしいんですよ」


 投票に使われた紙が七枚。ページを切り取った跡も七枚。でははどこから出てきたのだろう?

 僕は疑問をマモルへと突き付ける。










「【謎の呼び出し状】。これにも僕の手帳の紙が使われていましたよね? これでは計算が合いません」


「そのくらいの矛盾は簡単に説明できますよ」


 僕の指摘にけれどもマモルはうろたえることなく答える。おそらく会話を交わす短い時間に僕の想定していたにたどり着いたのだろう。




「手帳はデンシさんの持ち物です。つまり、あらかじめ一枚。手帳と同じ紙を用意しておけばそれで済みます」


 マモルの言葉に、僕は頷くしかない。だが。


「ええ。確かにその可能性ありますね」


「『も』? その含みを持たせた言い方。テイシさんにはあるというのですか。他にこの矛盾を説明できる回答が」


「ええ。要するに投票の際に別の紙とすり替えてしまえばいい。そうすれば使わなかった僕の手帳の紙が一枚浮く」


「うっ。確かにその方法でも可能です、ね」


 すでに投票の際に使われた紙は処分されてしまっていた。つまりこのトリックが使われたかどうかの真偽は現状、確かめるすべはない。

 だがマモルは僕の言を、認めた。これが意味するのは。



「つまり、どういうことなんだ?」


 しびれを切らしたのだろう。ジンケンが割り込んで質問してくる。


「つまり、【呼び出し状を出すことのできる人物】がマモルさん、カタメさん、あとは死んでしまったウツミさんを除いた七人にまで増えたということだよ。これでデンシさんがクビであると断定することはできなくなった」




【バーサス議論】 マモル VS デンシ Break!




 これでデンシだけが疑われている状況は回避できた。けれどもこれから待ち受けている展開を思えば、気が抜けるわけもない。僕は顔を伏せる。


「なっ。つうことは、俺も容疑者に入るっつうことか!?」


「黙れ駄犬が。その短絡的な考え方でよく今まで過ごしてこれたものだな。俺なら恥ずかしくて自害を選んでいたかもしれん。少し頭を使えば分かることだろう。今、明らかになったのは呼び出し状を出すことができた人物についてだ。罠を仕掛けることができた人物に変更はない」


 思考があらぬ方向に向かおうとしたジンケンをカタメが窘める。


「えーっと。つまりどういうことだ?」


「ふっ。俺に皆まで言わせるとはつくづく使えん奴だな。罠を仕掛けることができたのは最後に食堂を立ち去った人物。これに間違いはない。そして現状その人物として挙げられているのは二人」


 カタメは言葉を切ると、僕の隣に座する人物に向け指を突き立てる。




「クビ候補はデンシ、そしてマコ。この二人ということだ!」



 もはや証拠も証言も出尽くした。

 クビは誰か。議論は最終局面を迎えるのだろう。後悔しないため、大切なものを失わないため。僕は思考を回し続ける。

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