第二十五話 たいあたりブレイクスルー

6月22日 03:20 〔大広間〕

【議題:誰が罠を仕掛けたか】


 

「クビ候補はデンシ、そしてマコ。この二人ということだ!」


「ええええええっ! つうことはよお。テイシはわざわざマコをクビ候補に挙げたってことかよ。お前ら知り合い同士だったんじゃねえのか。何、仲間割れしてるんだよ!?」




「僕もマコも誤った選択はしたくないんだ。だから」


「私たちは真実を追求します」


 僕の決意。マコの思い。

 ジンケンはそれに納得がいかないようであるが、それは仕方のないことだろう。何せこれは命がかかった議会なのだ。いくら後悔しないためとはいえ、自分の命を危険にさらすというのはリスキーすぎる。そう考えるのが当然の心理だろう。たとえその決定に人の命がかかっていたとしても。


 誰がクビ足り得るか。その可能性を僕たちはまだ全て網羅しきれていない。そんな予感がするのだ。




「うーん、でもどっちがクビなんだ? もうこうなったら二択の運頼みしかねえんじゃねえか?」


「そんな適当なことじゃダメだよ」


 ジンケンの疑問をとがめるマコ。

 現在クビの可能性があるのはマコとデンシだ。僕はマコがクビではないと確信しているし、デンシがクビではないという確信はない。このままいけばデンシがクビと断じられる。先ほどと変わらない結果が下されるだろう。けれど。


 議論を尽くさずに得られた結果に僕は納得できない。


 たとえ結果が変わらなくとも言葉を尽くすべきなんだ。妥協の上に得られた結論じゃない。皆で議論した上での結論でなければ。きっと、僕はその選択を後悔する。


 12年前、マコが巻き込まれた事件のあったあの時、僕が行動しなければいったいどうなっていたか。それは今となっては分からない。だけど、マコの言葉で一つだけ気付いたことがある。あの時、僕がマコを助けに行かなければ、きっと僕は今よりもっと後悔していただろう、と。



―― 自己卑下で、私の命を、お父さんの犠牲を否定するのなら、テイシだって許さないからね!



 だから僕はマコの、マコのお父さんの思いに誓ったのだ。自分の思う “正しい” をあきらめない、と。









「まだあきらめるのは早いと思います。検討されていない証拠、そこになにか別の真実を示す可能性があるはずです」


「うーん。と言ってもよお。もうさんざん議論は尽くしただろ。あと、何が出てくるって言うんだ? 別の可能性って、マコ、デンシ以外にクビがいるってことかよ」


「僕は、そう考えています」


 僕の言葉に頭を抱えるジンケン。確かにジンケンの言う通り、議論は尽くされたように思える。だとすれば後は新たな証拠を見つけるしかないが……ダメだ。もう検討していない証拠なんて。




「ふっ。議論を尽くしただと? バカも休み休み言うことだな。まだあるだろう、【検討していない証拠】が」


 不機嫌そうな声が上がる。皆の注目が声の主、カタメへと注がれる。


「検討していない証拠。いったい何のことですか?」


「テイシ。先の議論でお前が提示したんじゃないか。【デンシの手帳】。クビが誰か、この証拠が教えてくれるだろう」 


 皆の視線が僕の手元へと移る。そこに握られた手帳。これが、クビを教えてくれるだって? 真意の掴めぬカタメの言葉に僕は首を傾げる。


「新しい証拠が見つかればそれを徹底的に検討する。事件捜査の鉄則だ。テイシ。投票に使われた手帳の紙が呼び出し状に使われた。これがお前の主張だろ。そしてマモル。デンシが事前に手帳とは別の紙を用意していた。これがお前の主張だ。どちらの主張が正しいのか判別がつかないから現状クビ候補としてマコ、デンシ。二人の名前が挙がっているわけだが」


「その真偽がこの手帳で分かると?」


「その通りだ。テイシの主張では紙は手帳から破り取られたことになる。ならば確認するにはどうするか? 呼び出し状を手帳の跡に当ててやればいい」


「そうか! 跡が合致するかどうかで、呼び出し状がこの手帳の物かどうかが分かるわけだね」


「ああ。そういうことだ」


 ジンケンの言。それを受けたマコは大げさに手を打つ。って、まずいぞこの流れ。可能性が、収束してしまう。


「テイシ。この手帳借りるよ!」


「あっ。マコ。待って!」


 ダメだ、今結論が出てしまえば、クビが決まってしまう。目が手帳を追う。まだ、新たな可能性は見つかっていないんだ。今、結論が出てしまったら。

 僕の手から抜け出た手帳はマコの手の中に。そして・・・・・・

 


「うん。どうやらウツミさんの呼び出し状はこの手帳から破り取られたもので間違いなさそうだね」



 マコの言葉。頭の中を覆う黒色。入ってくる光も音も、なんだかひどく遠く感じられて。


「あ、あ」


 頭も口も働かない。止まっちゃダメだ、この状況はダメ。マコが。



「ふっ。ならば話は決まったな」


 カタメの声。僕は何かにしがみ付くように、知らずのうちに手を伸ばしていた。


「待ってくれ」


「? テイシ。異なことを言う。真実を求めたのはお前だろう。ならばなぜ議論を止める?」


「違う。まだ議論を終えちゃダメだ。検討していない可能性が、あるはずだ」


 だってマコは、クビじゃない! 僕の心が、噛みつく。


「いいや。今度こそ議論は決した」 


 けれどもカタメの変わらずの険しい表情は、僕の思いを真っ向から否定した。




「いいか? 今までの議論で罠を仕掛けることができた人間はマコ、デンシの二人だという結論が出ている。そして、テイシの持つ手帳から紙が破り取られたことが確定した今、刃物所持の是非を問う投票に参加していないデンシに呼び出し状を用意することはできなかったということになる。これでデンシが候補から外れる。あとは簡単な引き算だ。二から一を引けば答えは一つ。つまり、マコ。お前以外にクビ足りうる人物はいないということだ」


「違う、私はクビじゃない!」


「そうだ、マコは違う」


 僕らは言葉を紡ぐ、が。カタメの言葉を否定する考えは浮かばない。僕らの反論は空を切る。


「ふっ。もはや戦うための言葉を、牙を失った犬が何を吠える? 議論の場で物を語るならば論理的に願いたいものだ。マモルも言っていたが感情論は論拠足りえない。語るなら証拠で語れ」


『あひゃひゃ。カタメ君。見事なヒールっぷりでありますね。でも、今度こそ議論は決したでありますな!』


 ぬいぐるみの言葉。ぬいぐるみは議論には介入しないと言っていた。つまりこいつが出しゃばってくるということは締めにかかっているということ。それはダメだ。


「ダメだ、待ってくれ」


『もう、テイシ君。悪あがきは見苦しいのであります。言うこと聞かない駄々っ子は、押し入れに閉じ込めちゃうでありますよ!』


 やめろ、やめろ、やめろ。赤が目の前に広がる。思い起こされるは処刑された男の首。記憶の中の男の首にマコの顔が重なる。

 体が寒い、脳が熱い。悪寒が、頭痛が僕の思考を妨げる。


 何も思いつかない。何も考えられない。

 狭まった視野に映るのは投票ボタンの下へ向かう参加者の姿。今投票になれば、マコが。それは、ダメだ!




「テイシ、止めて!」


 腕にかかる重圧。傾いた体で腕の先を見れば僕にしがみ付くマコと目が合う。


「でも、今投票が始まったらマコが」


「でも、それでテイシが傷つくのは見てられないよ」


「マコはやっていない。それは間違いないんだ。皆が間違いを起こすぐらいなら騒ぎを起こして投票を止める」


「ダメだよ。そんなことをしたらテイシまで」


「それでも! ……黙って見てられるかよ!」


 飛び出そうとする僕、引き留めるマコ。僕がそれでも進もうとしたところで、僕は顔をあげた。




「皆さん、少し待ってください」


「ふっ。次はデンシか。どうしてこうも次々と」


 聞こえてきたのはデンシの声。投票の中止を訴えるまさかの声に、僕はまじまじとデンシの顔を見つめる。




「デンシ、なぜ止める」


「止める理由ですか? むしろどうしてそんなに投票を急ぐのでしょうか。議会中クビはルールで殺人およびその準備を禁止されています。投票期限は24時間のはず。仮に投票でクビを外してしまった場合に備えて、少しでもこの生活のリミットである30日経過の時間を稼ぐべきではないでしょうか」


「いや……それは確かにそう、だな。どうやら俺も場の雰囲気に流されていたようだ」


 えっ、止まった。

 デンシの声掛けが場の雰囲気を変えた。投票へと伸びていた参加者の手が止まる。


 思わぬ助け舟に僕が呆けていると、デンシと目が合う。そのまま頭を下げる彼女。もしかして、さっきの議論の際デンシを庇う形になったが、その礼だろうか。だがこれで時間ができた。他の可能性を考える時間が。僕はデンシへと頭を下げ返す。


「皆さん。投票は後にして、少し休まれてはいかがでしょう。時刻はもうすぐ午前3時半になろうとしています。寝不足の頭ではうまく考えもまとまりません。安全が保障されている今が休むチャンスかと」


 そして、デンシはさらなる時間稼ぎを口にする。これが通れば。


「はあ? ふざけんじゃねぇよ!」


 けれどもあがる反対の声。見ればヨイトが投票ボタンに手を掛け、デンシを睨みつけていた。


「休憩? こんな状態で眠れるわけがねぇだろうが。マコがクビで決まりなんだ。だったらさっさと投票して終わらせちまえばいいだけだろうねぇ。ウチはこんなところ1分1秒でも早く離れたいんだよ!」


「ですが、それで誤った判断を下してしまっては」


「そんなこと知ったこっちゃねぇよねぇ。テイシも、あんたも真実にこだわっているようだけどねぇ。詳細はどうあれ結果が合っていればいいんだろ? そして犯行可能な人物はマコしかいねぇ。これが議論で導き出した結論なんだろ? なら迷うことはねぇ。投票だ」


「いや、ヨイトさんお待ちください」


「あんたもしつこいよねぇ、デンシ。テイシに庇われて情でも移ったか? マコと接するうちに懐柔されたか? だとしたらあんたもクビの仲間ってわけだ」


 デンシの言葉にヨイトは食って掛かる。僕もデンシの加勢に回りたいが今口を出せば逆効果だろう。それよりも、マコの無実を、他の可能性を探すのが先だ。

 いつの間にか噛みしめていた奥歯がきしむ音がする。


「違いますよ。そもそもクビは仲間を持たない。そうルールで説明されていたはずです」


「いいや、違うねぇ。それは “この生活の開始時点” での話。そしてそう限定されている以上、クビ側が参加者の抱き込みを前提としてルールを作ったのは目に見えているんだよ。呼び出し状を書いたクビがウツミの秘密を知っていたように脅すネタなら事前に調査しておけばあるだろうしねぇ」


「っ。ですが投票を引き延ばされることはクビにとってもいい事態では無いはず」


「だからそれはマコがクビだからこの状況を切り抜ける策を考える時間が必要なんだろ。そして、理由は知らねぇがデンシ。てめぇがそれをかばっているってわけだ」


「仮にマコさんがクビだとしたら、このままマコさんが投票されれば処刑されてしまう。私が脅されていたとしても、その方自体を消すチャンスなんです。私が協力する理由がありません」


「ちっ。あんたもめんどくさい奴だねぇ。なんでウチがあんたのクビに協力する理由まで考えてやらなくちゃならねぇんだよ。クビはマコ。証拠は挙がってるんだ。これ以上何を迷う必要がある?」


 デンシとヨイトの対立。ヨイトの手はすでに投票ボタンにかかっており、いつでもスイッチを押せる状態だ。おそらく時間の猶予は残されていない。ヨイトがしびれを切らしてボタンを押せば連鎖的に他の者も投票を始めるかもしれない。

 くそっ。どうしてこんな時に何も思いつかない。僕は手帳を食い入るように見つめるがそこに書かれた証拠の一覧からは何も見出すことができない。

 頭をかきむしる。手帳が揺れる。いったい、どうすれば。



「テイシ。また一人で抱え込もうとしてない?」


 隣からかかる声。


「ごめん、今は集中したいんだ」


「そうやって一点ばかり見つめていたら大事なことも見逃しちゃうよ。ただでさえテイシは周りが見えなくなりやすいんだから。もっと広く物事を見なきゃ。デンシさんが頑張ってくれている。私だってついてるよ。だからテイシは一人じゃないんだ。皆の声にも耳を傾けてみてよ」


「……」


 包み込まれるような優しい声。マコからの声援が僕の心に届く。

 確かに、周りが見れなくなるのは僕の悪い癖だ。こんな状態では見つけられる答えも見つけられない。皆の言葉に耳を傾けろ、か。そうつぶやいた。瞬間。


「あっ!」


 僕の頭の中が黄色く光る。

 皆の声、か。議論中に出たあの人のあの言葉。そうするとあの証拠の意味は……


「テイシ急にどうしたの? 突然声を上げるもんだからびっくりしちゃったよ」


「うん? ああ。ごめん。でも、見えたんだ。マコ以外がクビだという【可能性】が!」


「それって?」


「ああ。待たせたな、マコ……反撃開始だ!」


 デンシが作ってくれた最後のチャンス。僕の考えがあっていればこれでクビの息の根を止められる。

 高ぶる気持ちを抑え僕は、口論を続けるデンシとヨイトの下へと歩み寄っていった。


 これで最後だ。

 そう呟いた僕の目は真っ直ぐにある人物に向けられていた。

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