第二十二話 しっぽつかみクライム

6月22日 03:08 〔大広間〕

【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか】

【副題:ウツミの死因】


 ウツミの死を発端に開かれた議会。困惑しながら議論を進める僕らを見下ろしながら、モニターの中にたたずむ議長は高笑う。

 ぬいぐるみは言っていた。この惨劇を起こしたのはただ自身が楽しむためだと。こうして僕たちが互いに言い争う様は、まるでドラマの一場面かのように見えているのだろうか。モニターからは作られた笑い声だけが流れてくる。




「いいかげんうるせえぞ、ポリス君! 耳障りで集中出来やしねえ」


「お前が議論に集中したところでクソの役にも立たんと思うがな」


「うるせえ!」


 相変わらず。沸点の低いジンケンの怒号に苦言を呈するカタメ。すでに議論は始まっているというのに緊張感を持たないのだろうか?

 けれども、ジンケンへと向けた僕の目は彼の顔色が青ざめているのを捉える。この怒号は、虚勢なのだろう。方法は違えど、皆が前を向くため恐怖と向き合っている。ならば、僕も。


 ウツミの死の謎を解き明かすべく、僕は口を開く。




「まずは皆で持てる情報を共有すべきでしょうか。マモルさんの言ったウツミさんの死因。そこから話し合いましょう」


 ウツミの死因は先の議論でも謎のままだった。死因が分からなければこれからの議論ではよりどころとするところがなくなってしまう。何を話し合うにしても、ウツミがどうやって死んだのか明らかにするのは必須だろう。


「ウツミの死因だあ? 首吊りじゃなかったっけ?」


「何を聞いていたんだバカ犬が。それは先の議論でありえないと結論が出ただろう」


 ジンケンの言葉に被せるように反論するカタメ。どうやら参加者により状況の認識に齟齬が起きているようだ。


※「はあ? でもよ。食堂に凶器らしきものと言ったら、あのロープ以外に無かったじゃねえか」


 ジンケンの的外れな発言が続く。現場には首吊りロープ以外に凶器となるものは無かっただろうか? 今回の凶器。ここはしっかりと証拠を突き付けるのがいいだろう。







「【露出した電源コード】。今回ウツミさんの命を奪った凶器はこれだよ」


「電源コード? それでウツミを絞め殺したってことか?」


「……」


 ジンケンや。どうしてそんなに絞殺にこだわるかな。さてはこいつ、人の話を聞かないタイプだな? 僕はため息をつきながら説明を始める。


「いいや。ウツミさんの死因は首を絞められたことによる窒息死じゃないんだ。現に死体の状況から火傷以外の外傷は見つかっていないからね。ウツミさんの本当の死因、それは」


「感電死ですね!」


「……」


 唐突に割り込んでくる探偵シラベ。おそらく議論に入るタイミングを見計らっていたのだろうか。視線を向けるとすごいどや顔だ。うん。探偵なら探偵らしく、もう少し落ち着きを持って会話に入ってきてほしいな。

 そのままシラベが説明を始めたので、僕はそれを黙って聞くことにする。なんか悔しい。


「私の調査では、導線の露出部分と、ウツミさんに残された火傷跡が一致しました。このことからウツミさんの死因は電源コードからの漏電による感電死であることが推察されますよね。そして、現場の状況もその推察が正しいことを物語っているんです。現場には一脚椅子が倒れていました。これをウツミさんが使用したと考えると、ウツミさんは死の直前天井付近の何かに向け手を伸ばしていたことが分かりますね。そして、導線が露出した電源コードは天井付近に設置された火災報知器の側面に取り付けられていました。つまり、ウツミさんは椅子を用意し、自分から電源コードの導線が露出した部分を触りに行ったという状況が推理できるのです」


※「はあ? わけわかんねえぞ。そもそもなんでウツミは自分から死にに行くような真似をしたんだよ。ウツミが電源コードを触りに行く道理なんてねえじゃねえか」


 シラベの言葉に食って掛かるジンケン。炊飯器はスイッチで操作できる以上、確かにジンケンの言う通り、ウツミは炊飯器から伸びる電源コード自体には用は無かったはずだ。だけど、ウツミは殺害時刻直前、で食堂に足を運んでいたんだ。ウツミは目的のため、皆に自分が食堂にいることを隠したかったはず。そんなときに起きた。ウツミはその事態を収めるために手を伸ばそうとしたはずなんだ。天井付近のに向けて。








「【火災報知器】。ウツミさんはその音を止めようとしていたんだよ」


※「うん? そういえば、事件の時は警報音が鳴ってたな。でも、なんでウツミはそんなことをしたんだよ? 結局警報は火災報知器の誤作動だったんだろ? そんな慌てて止める必要なんてないんじゃねえか」


 ウツミが火災報知器を止めようとした理由。ウツミはを果たすため、火災報知器により食堂に注目が集まるのを避けたかったはずだ。そして、その目的を示す証拠を僕は持っている。







「【謎の呼び出し状】。これがウツミさんのポケットから見つかったんだ。これを読めばウツミさんの行動の原因が分かるはずだよ」


 僕は広げた紙をジンケンへと手渡した。



~~

紫煙ウツミ様



あなたの過去をばらされたくないのならば、午前二時、食堂にお越し下さい。

その際、必ず一人で来るように。



~~

 



「うん? どういうことだ?」


「ウツミさんは、呼び出し状の差出人と秘密の話をするために食堂に出向いたんだよ。ただでさえ、単独行動は怪しまれる。ウツミさんも他の人に見つからないように警戒していただろうね。そんな中、突然火災報知器が鳴りだし、スプリンクラーが作動した。誰にも知られたくない密会の場所で、火事が起こったと報せる警報が鳴り響くんだ。ウツミさんはどう思ったと思う?」


「そりゃあ、そんな音が鳴っていれば他の奴が駆け付けてくるだろうし。何より、自分がその騒ぎを起こしたとして疑われるかもしれない。それを防ぐためには火災報知器を止めねえと、って・・・・・・ああああああ!」


 ジンケンの上げる驚きの声。どうやら彼にも事件の全体像がつかめてきたらしい。僕は言葉を締めくくるべく口を開く。


「そう。きっとウツミさんは火災報知器を止めようとして導線に触れてしまったんだ。クビの目論見通りにね」


 場の何人かが息を飲む音が聞こえる。どうやら、皆僕の考えに納得してくれたようだ。そんな中、シラベは突如真っすぐ手を挙げる。


「私も、テイシさんの意見に賛成します! たぶんその方法で間違いないでしょう。ウツミさんの死の前後に起きた停電はウツミさんが感電したときの漏電が原因でしょうし、ウツミさんの靴下を脱がせてみたら指先に出来た火傷跡と同じような跡が見つかったんです。おそらく指先から入った電流が足の裏から逃げていったときに出来た跡でしょうね。こんな火傷跡ができるのは感電によるものしかないです」


「そそそ、そうするとなんですか!? クビはそこまでの行動を全て読んでこの罠を仕掛けたということですか!?」


 コロの素っ頓狂な声。あれだけ怯えていたコロが自分から発言するということは何か疑問があるのだろうか。僕は体の向きを直す。


※「……で、でもそうするとおかしくないですか? 火災報知器が鳴ったのは、ご、誤報だったんですよね。現に僕はキッチンや食堂を調べましたけど火の手があがった後を見つけられませんでした。警報が誤報なら当然クビもそれが鳴ることを計画に入れられません。そうするとウツミさんが火災報知器に手を伸ばす必然性は無くなってしまいます」


「いいや、そうじゃないんだ」


 コロの疑問。確かに現場から火が上がった痕跡はない。だが、火災報知器を鳴らすには何も実際に火事を起こす必要はないんだ。火災報知器は煙探知式。火を焚かずに高温の煙を出す方法。僕は証拠からその見当をすでにつけている。









「【炊飯器の違和感】、これには僕以外の人も気付いているはずだよね」


「うん。私達調理組がキッチンを離れるときにはキッチンの中にあったはずの炊飯器が、事件発見時にはキッチンと食堂の境に移動していたんだよね」


 僕の呼びかけにマコが応えてくれる。移動した炊飯器。それが火の手が無いにも関わらず鳴った火災警報の矛盾を説明してくれる。


「炊飯器が作動すると蒸気が出る。蒸気とはすなわち高温の水蒸気だ。そして事件当時、炊飯器が置かれていたのはキッチンと食堂の境。つまり、火災報知器の真下というわけだ。水蒸気は当然空気より軽いから真っすぐ上に登っていく」


「えっ。まさか」


「うん。つまり火災報知器は炊飯器から出る蒸気で作動したんだよ。炊飯器のタイマーは最初にマコ達がセットした時刻より早められていた。クビはウツミさんを呼び出した時刻に蒸気が出るように炊飯器のタイマーを調節していたんじゃないかな」


「そ、そんな! じゃ、じゃあ。本当にすべてがクビによる、け、計画的犯行だったんですね」


 コロの驚く声に僕は頷く。


「うん。秘密を餌にウツミさんを一人で食堂にくるよう呼び出したクビは、蒸気により火災報知器を作動させるよう炊飯器の位置を動かし、呼び出した時刻に炊飯器が作動するようにタイマーをセット。あらかじめ火災報知器の側面に炊飯器の電源コードを導線が露出した状態で固定して置いた。火災報知器と連動して作動したスプリンクラーによりウツミさんは濡れて電気を通しやすい状態になっていたんだろうね。そして、密会が露見するのを恐れたウツミさんが火災報知器を止めようと露出した電源コードに触れてしまい感電死してしまう。その際の漏電で館内に停電が起きる。停電により炊飯器、スプリンクラーの作動が停止。スプリンクラーとON/OFFが連動している火災報知器も動作を停止した。これがウツミさん殺しの全貌だよ。犯行は全てクビにより仕掛けられた巧妙な罠によるものだったんだ!」




【副題:ウツミの死因】 Complete! 

→ ウツミは漏電による感電死


【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか?】 Complete! 

→ 呼び出し状、炊飯器の移動とタイマー設定の変更、電源コードの露出 の細工を施すことでウツミを殺した。





 暴かれたウツミ殺害の方法。これで一歩前進できたはずだ。場はにわかにざわめきを帯びている。

 そんな中、すでに殺害方法の真相にたどり着いていた面々は次の議題へと移ろうとしていた。まだ混乱の続く中、シラベは皆を見渡す。


「これで、ウツミさんの殺人事件がクビによる犯行だと改めて確定しましたね。館内のルールで器物破損は禁止されています。クビ以外にこの犯行は行えない」


「おいおい、シラベはこの状況でクビ以外の犯行の可能性を考えていたのかよ。見上げた心構えだねぇ」


「すべての可能性を調べシラベ犯人クロ以外の可能性を否定ヒテイする。それが探偵ですから!」


 ヨイトから飛ぶ苦言。シラベはそれを受けても満面の笑みを返す。ここはさすが探偵と賞賛すべきなのだろうか。カタメは地道な調査で証拠を上げ、そこから推論を組み立てていくボトムアップを信念としているようなことを語っていたが、こちらはトップダウン。まず想定されるすべての可能性を考え、それを否定する証拠を集める。とても僕には出来そうもない手法だ。

 そして、やはり殺人について話す場で満面の笑みを浮かべられても気が滅入るだけだ。現にヨイトもトーンダウンした様子で、


「けっ。つまんね」


 と吐き捨てるのみ。前に進んだと思ったばかりだが、相変わらず部屋の中の空気は重い。

 皆が黙れば発言をするのが司会の役目。マモルがおもむろに口を開く。


「この犯行。実際に犯行が起きた時刻に犯行現場に居合わせる必要はありません。ですが、犯行の準備の段階ではどうでしょう。さすがに準備まで本人不在で行えるわけありませんよね。【誰が罠を仕掛けたか】。それが判明すればおのずと、クビが誰か割れるでしょう」




【議題:誰が罠を仕掛けたか】New!




 とうとうクビの核心に迫る話題があがる。クビを追い詰める。勝負はこれからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る