第二十一話 ゆびさしブレイク
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※インフォメーション
このページから【デンシ手帳】を使って読者様も推理バトルに参加いただけます。
意見対立者様のセリフに矛盾点が含まれている場合、そのセリフの初めに※マークが付きます。
例:
※『本官はポリス君。貴様ら方がこの館から出る方法はただ一つ! 玄関の電子ロックを暴力によってぶち壊すことでありますよ!』
『デンシ手帳 Vol.1』に載っている証拠一覧の中から相手の証言に矛盾する証拠を選択してみてください。その後すぐ、テイシさんにより正解が発表されますので意見対立者様の慌てふためくさまを見ながら、ぜひ自身の考えが当たっていたかどうかお楽しみください。
以上、ご確認の程お願いいたします。
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大広間へと続く扉に描かれた巨大な女神の像。
右手には剣を提げ、左手には天秤を掲げた荘厳な姿。僕はその女神の名を知らない。
扉を前に決意を固める僕は、いつの間にかその姿を僕らの今後と重ねてみていることに気付く。
天秤は必ずどちらかに傾く。その皿に乗るのは罪人か、はたまた無垢なる人間か。そして、天秤が量るのは罪の重さか、はたまた自身の無能さか。
天秤が片方に傾いた時、審判の剣は僕らに振り下ろされるだろう。それを回避するには自身の潔白を訴えるしかない。言葉を、そして証拠を積み上げ、相手の天秤を傾かせるように。
僕らは大広間への扉をくぐる。審判の時は、もうそこまで迫っている。
*
6月22日 03:00 〔大広間〕
【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか】
モニターを囲むように配置された椅子が大広間の中央に10脚、並んでいる。
円形に配置されたその椅子に腰かけた僕らは、けれどもその内の一脚の空席から目を逸らす。
時刻は夜中の3時。健全な生活を送っている者であればすでに瞼を開いているのが限界となる時刻だろう。現に見渡せば参加者の顔の多くはひどい顔となっていた。
泣きはらした跡の残る者、俯き表情を窺えない者、どこか虚空を見つめ現実から目を逸らす者。
けれども、僕らは始めなければならないのだ。この惨劇に終止符を打つために。この凶行を起こした首謀者を特定する議会を……
『ではでは貴様ら方、刎ねるディスカッションの再開でありますよ!』
首謀者を糾弾する決意をした今、きっと僕の顔もひどい顔をしているに違いない。
ポリス君の抑揚のない声は嫌に大広間の中で響いている。
「それでは皆さん、何から話始めましょうか」
「議題は……なんだかおおざっぱですね。もう少し論点を狭めた方が」
「そんなもん必要ねぇよ。なんたってなあ、ウチ。怪しい奴にもう、目星をつけちまってるんだからよお!」
白城マモルが司会を引き受け始まった議会。当初の予定では議題に沿って話を進めるはずであったが、灰島ヨイトは中指を立て、その場の空気をぶち壊す。
始まるのだ。クビを糾弾する審判の場が。僕は証拠をメモした手帳を強く握りしめる。
【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか】On hold...
→【副題:怪しい人物について】New!
場にはポリス君が話していた時とは別の緊張感が流れる。
ヨイトは言った。怪しい人物に心当たりがある、と。それはつまり今からこの中の誰かが名指しされるということだ。嫌でも身構えてしまうのが人間心理というもの……もしかして、僕の事じゃないよな? 牢屋送りにされたトラウマから、僕は人一倍体を縮こまらせる。
皆の注目を一身に受けヨイトは、その勝気な笑みをそのままに口を開いた。
「まず言っておきてぇのが、ウチは場を混乱させる目的でこんなことを言い出したわけじゃねぇってことだ。だが、議論が続けば情報は膨大な量となり、ウチらの判断を鈍らせるかもしれねぇ。だから、ウチは今、怪しいと思った人物を告発することにしたんだよ。もちろんあるぜ、論拠もな」
目の前で指をくるくる回しながら、ヨイトは参加者一人一人の目をなでるように見回す。これほどまでのことを言うのだ。その論拠というのに自信があるのだろう。皆はいまだヨイトへ視線を向けたままだ。嫌な空気が流れている。
いたたまれなくなった僕は口を開く。
「それで、ヨイトさん。その怪しい人物とは、誰なんですか?」
「そう焦るなよ、テイシ。それを今から説明するんじゃねぇか」
ヨイトは大げさに肩をすくめて見せる。うん。落ち着け僕。この程度で気持ちを乱されるな。
「まず、確認しておきてぇんだが、マコとコロよお。お前たちはウツミと同じ班だったよなあ? 皆での取り決めでは班行動が基本のはずなのに、ウツミが殺害された時どうして二人ともトイレに付き添わなかったんだい?」
「あの時はコロさんの体調が悪くなって、私が付き添っていたんです。だからウツミさんには仕方なく一人でトイレに行ってもらいました」
「へぇ。コロがねぇ」
名前を出されたコロは肩を震わせる。
「ぼ、僕は怪しくなんてありませんにょ!?」
「にょ? まあ、怪しい奴は大概そう言うんだよ。つまり何が言いたいかってぇとな、コロ。ウチはお前を疑っているんだよねぇ」
「ななな、なんで僕ですか? ぼ、僕は怪しくなんてありませんって!」
周囲から集まる視線。コロは椅子から立ち上がり大げさに手を顔の前で横に振る。
「けっ。じゃあ、このヨイトさんが懇切丁寧に、一から教えてやろうじゃねぇか。コロ、お前がいかに怪しいかってぇことをよ」
にやりと笑うヨイトの目は怯えるコロへと向けられている。コロを糾弾しようというヨイト。その推理に僕らは耳を傾ける。
「今回のウツミ殺し。罠が使われたという線が濃厚な以上、一見誰にでも犯行は可能だと思える。だが、実際のところ犯行が可能な人物というのはものすごく限られているんだよねぇ。現場となった食堂、およびキッチン。そこには22時までマコ、デンシが詰めていた。それ以前に罠を仕掛けていたのならマコやデンシが引っ掛かっちまうだろうし、当然二人がいる間に罠を仕掛けることなんてできない。つまり、罠は22時以降に仕掛けられたということになる。犯行が行われた午前2時までの間に犯行可能な人物は、一人。それは被害者であるウツミと共にトイレへと行った、コロ。あんただよ!」
「ええ!? あの時ぼ、僕はと、トイレに行っただけですよ。それに僕、途中でね、寝ちゃったみたいだし。僕はやってません!」
「ふーん。それで、それを証言してくれる奴は?」
「うっ……」
コロが言葉に詰まる。確かに死人に口なし。コロに付き添って行ったウツミはすでに死んでしまっており、コロがトイレに行くと言って出ていった間の行動を証言できる人物は現在いないことになる。
目を泳がせるコロは言葉を探しているのだろうか。これで本当にコロが犯人ならそれまでなのだが、ヨイトの話には穴がある。ここはコロに助け舟を出すべきか。
「それは、おかしいよ」
言葉に窮するコロの代わりに僕は口を開く。
「何がおかしいって言うんだろうねぇ? テイシ」
「そもそも、ウツミは今回の被害者なんだぞ? 仮にコロが罠を仕掛けたとしてそれを目撃したウツミがその罠に引っかかるわけがないだろ」
「テイシ。あんたバカなの? そんなのウツミを一時的に眠らせておけばいいじゃない」
あらかじめ僕の反論は予測していたのだろう。ヨイトは笑みを崩さず反論する。
※「首輪の破壊防止機能。あんたらもポリス君から聞いたわよねぇ? 首輪に衝撃が加わった時、その首輪を付けている人物に睡眠薬が投与される。ウツミが少しの間眠らされていたのなら、コロが罠を仕掛けていたのを見ていなかったとしても不思議はないでしょ?」
ヨイトの言。確かに僕も睡眠薬が使われた可能性は考えていた。けれど。
「それは、おかしいよ」
「はあ? テイシ。どうしてそんなことが言えるってぇんだい?」
ヨイトは睡眠薬が使われウツミが眠らされたと考えている。でも、ウツミさん達がトイレに行っていた時間を考えると、それはできないんだ。僕はヨイトに証拠をぶつける。
「【首輪の破壊防止機能】。どうやらヨイトさんには、知らない情報があるみたいだ。ねっ、カタメさん」
「ふっ。ああ、その通りだ。『待て』もできない駄犬が先走るからこうして恥をかくことになる。首輪に使われている睡眠薬はその場で人を昏睡させる程強力なものだそうだ。睡眠薬の投与後1時間はどれだけ痛み刺激を加えられようと覚醒しない。これはポリス君に確認し、得た情報だ」
「そして、コロさん達がトイレに行っていた時間は1時間にわずかに満たない。これじゃあ、ウツミさんがコロを牢屋まで運んできたことに説明が付かないよ」
カタメの言葉を引き継ぎ、僕が締める。カタメはやや不満そうに眉を顰めると下方を向き押し黙る。一方ヨイトは不満な感情を隠そうともせず、反論した僕に対し鋭い目線を向ける。
「はあ? そんなの薬が早く切れただけかもしれねぇじゃねぇか。ウツミって薬やってたんだろ? なら、睡眠薬に抵抗を持っていてもおかしくはねぇわな」
『本官、そんな半端な仕事はしないのでありますよ!』
思わぬところから来た援護射撃に僕は目を見張る。ポリス君が警棒を振り回しながらヨイトの言葉に反応している。
『1時間と言ったら1時間。その人その人に合わせて丁寧に薬の分量を調節しているでありますから、長く効くことはあっても1時間以内に目覚めるなんてことは絶対にないのであります!』
「だったらクビが睡眠薬の効果を打ち消す薬を用意していたんじゃねぇのか?」
『そんな都合のいい薬あるわけないじゃないでありますか! 睡眠薬は投与されたら1時間は目を覚まさない。これは絶対のルールなのでありますよ!』
ポリス君の剣幕。モニターに表示されているのが犬のぬいぐるみである以上、そこに畏怖の念は感じないが、首謀者側にこれほどまでに言われてはさすがのヨイトも折れるしかないようだ。少し俯くが、けれどもヨイトはまだあきらめた様子は無い。
※「ちっ。睡眠薬を使わなくたってウツミを寝かしつける方法ならあるだろ。直接鈍器でゴチンッと殴っちまうとかなあ」
「いや、それはおかしいよ」
ウツミの苦し紛れの発言。確かにコロの筋肉質な肉体で殴られればウツミさんはひとたまりもないだろう。けれども仮に鈍器が使われたとしたのなら、それも僕の持つ証拠と矛盾する。
「【死体の状況】を思い出してみてよ。ウツミさんの体には火傷跡以外、目立った外傷は無かったはずだ。意識を失うほどの衝撃を受ければ当然傷跡が残るよね?」
※「火傷跡? ふふふっ。ああ、そうかその手が合ったじゃねぇか。スタンガン! その火傷跡、スタンガンが当たった跡なんじゃねぇか? それで気絶させたウツミを置いておいて罠を仕掛けたんだ。もともとスタンガンはコロが用意したものだろ? 予備を隠し持っていたのかもしれねぇし、ウツミのを使ったのかもしれねぇ。威力は無いなんて言ってたが、そんなんてめぇで調節できるはずだ。これなら矛盾はねぇ。そうだろ? テイシ」
「いいや。それもおかしいよ」
ヨイトの語調が荒くなる。自身の主張を否定され続け焦りが出ているのだろうか。ならばここで証拠を突き付け畳みかけるべきだろう。
ウツミの体に残っていた線状の火傷跡はスタンガンによるものか? いいや。僕はそれを否定する証拠をヨイトに突き付ける。
「【ウツミのスタンガン】、カタメさんの指示でヨイトさんが見つけたものです。そのあと、カタメさんは自分の体を使ってその性能を確認したんでしたよね?」
「ああ。これがその跡だ」
袖をまくったカタメの腕にはその白い肌とは対照的に赤い点が2つ、残っている。
「はっ? それが何だってぇんだい?」
「これだから理解力に乏しい駄犬は困る。ただでさえ少ない脳の容量を吠えることばかりに浪費する。少しは自分の頭を使え」
「……僕が説明するよ」
カタメの辛口に内心ため息をついた僕は、カタメから言葉を引き継ぐ。
「ウツミさんの体に残っていた火傷跡。それは線状に一本ついているだけだった。一方カタメさんの腕に残る火傷跡は点が二つ。つまり、ウツミさんに付いた火傷跡はスタンガンによるものじゃないということだ」
「ちっ。くそが」
ダンッ、と。椅子が倒れる勢いで地面をけったヨイトはそのまま俯き黙ってしまう。その音にびくつくコロ。だが、とりあえずこれで議論が進められる。僕はコロと共に内心ホッと、胸をなでおろす。
【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか】On hold...
→【副題:怪しい人物について】Break!
ウツミ、コロがトイレから戻ってくるまでに1時間。ウツミが牢屋に戻ってきた時点で意識があったことはテイシが確認している。ヨイトの意識を失わせる方法が見つからない以上、コロに罠を仕掛ける時間は無かったと考えられる。
*
「テイシ! さすがだね。かっこよかったよ」
「まだ犯人の目星もついてないんだ。マコ、浮かれるのは早いぞ。ここからが本番だ」
重い空気は一時的に緩んだが、いまだ状況は変わっていない。
「で。結局犯人は誰なんだよ?」
「どうやってウツミさんが殺されたのかが分からなければ犯人を絞り込むことは難しいでしょう。まずは【ウツミさんの死因】をはっきりさせておくべきでは?」
【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか】On hold...
→【副題:ウツミの死因】New!
ジンケンの問いかけに、珍しく積極的に意見を述べるマモル。事件前、マモルは彼女が怪しいと言っていた。マモルがわざわざ自分から議論を誘導している以上、おそらくここから議論は大きく動くだろう。
僕は現場の状況を思い返しながら意識をさらに研ぎ澄ませる。
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