第二十話 うでまくりジャスティス

 薄暗い廊下を歩く僕らの足取りは重い。

 慣れない環境に、起きてしまった殺人。そして、のしかかる死の重圧。捜査を進めなければ生き残れないという現実が僕らの前に覆いかぶさってくる。

 捜査を進めるということはウツミの死の原因、そして首謀者の悪意と真正面から向き合うことになるのだ。摩耗した精神ではその重労働に耐えるにはいささか心もとない。


 けれども、ここで立ち止まるわけにはいかない。この議会で首謀者の正体を特定できなければ、無実の仲間が断罪され、首謀者に新たな犯行を許してしまう。それだけは絶対に避けなければならない。


 僕らは沈んだ気持ちを奮い立たせ、廊下の突き当り。僕らを外界と隔てる壁。玄関へとやってきた。



6月22日 02:54 〔玄関〕

【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか】


「テイシ。お前もここに調査へ来たのか?」


 僕らが玄関にたどり着くと、そこにはすでに先客の姿があった。

 玄関を調べていたのであろう二人。カタメとジンケンは僕たちの存在を認めるとこちらへと顔を向ける。

 直情型のジンケンと、ナチュラルに人をさげすむような言動をとるカタメ。水と油の組み合わせかと思われるが、まだ諍いは発生していない様子である。さすがに殺人が起きているのだ。それどころではないというのが本当のところだろうか。

 現にカタメはともかく、ジンケンの方は顔色が悪い。先ほど僕らに向けた顔も今は俯いてしまっている。よほど事件の発生が堪えているのだろう。同情はするが、けれども今は彼を気にかけている時間はない。


「カタメさんは、ここで何を捜査しているのですか?」


「ふっ、テイシ。言葉は正しく使う物だ。俺達は警察等の捜査機関に属しているわけではない。事件を調べることはできても、それを捜査とは言わんな」

 

 僕は鋭い眼光をこちらに向けるカタメの方へと体の向きを直す。

 要らない揚げ足取りをされている場合ではない。僕は批判を黙って受け止める。

 

「何を調べているか? この場所を見ればわかるだろう」


「ブレーカー、ですか?」


「ああ。そうだ。事件前後に起きた停電。事件とのつながりがある以上、ブレーカーを直接調べないわけにもいかないからな」


 カタメは僕から視線を切ると上を見上げる。

 ブレーカーの調査が必要だとカタメは言うが、ブレーカーが落ちた原因は概ね見当がついており、ブレーカーをあげたのもポリス君だということも分かっている。もう、調べることなど残っていないようにも思えるが。

 いや、カタメは僕たちが知る事実を知らないのかもしれない。ここは情報を共有しておくべきだろう。




「ブレーカーが落ちた原因も、落ちたブレーカーをあげた人物も分かっていますよ。もう、ここの調査は必要ないのでは?」


「ふっ。察しが悪い駄犬が。俺が調べているのはそんなことではない。ブレーカーに細工がなされていないか。それを調べていたんだ」


「細工、ですか?」


「ああ。俺たちは事件の発生時刻を停電が発生した前後だと考えている。それは、停電が事件と関係していると考えているからだ。けれども、停電がウツミの死とは直接は関係ないとすればどうだ。そこには何らかのクビのトリックが隠されているかもしれない」


 そう言ってカタメはブレーカーへと目線を戻す。


「それで、何か見つかったのですか?」


「ふっ。いいや、外れだ。特にブレーカーには何の細工も見つからなかった」


「それは残念。無駄骨だったわけですね」


 何気なく放った僕の言葉。それを聞いたカタメの額に青筋が走る。




「吠えるだけのバカ犬如きが図に乗るなよ。俺の調査が無駄骨? 見つけた証拠を徹底的に検証していくのが正攻法というものだ。低俗な大衆文学などでは探偵が、観察眼や推理など不確かなものに頼って少ない証拠から犯人を指定。他にありうる可能性など無かったかのように振舞う様が散見されるが、あんなものを現実世界に持ち込めば冤罪を生む末路をたどるだけだ。そういう意味では警察捜査を描いた作品こそミステリーとしては至高だ。地道に捜査を進め、状況証拠を積み上げ、証拠に裏打ちされた推論を組み立て、犯人の逃げ場をなくす。そういう再現性のある手法での解決こそ、犯罪の抑止に対して意味がある。探偵なんて不確かなものでは犯人の敵にはなりえはしない」


「……いや、あの。ごめんなさい」


 おそらくカタメの逆鱗に触れてしまったのだろう。僕の言葉を受けたカタメは饒舌に語りだした。いきなり捲し立てられた僕らは正直、面食らってしまう。というか何か探偵に恨みでもあるのか? カタメの様子の変化に僕はこっそり息を吐く。




「テイシ。そこまで言うのなら、この事実は知っているだろうな。コロが渡した防犯グッズ。死体がそれを持っていなかったということを」


「えっ、いや。今初めて聞きました」


「ふっ。やはりか。そんなことではクビに足元をすくわれるぞ? 死体には火傷跡があった。まず原因として疑うのはコロが支給したスタンガンであるべきだ。それが現場になければ事件への関与を疑って当然だろう」


「それで、スタンガンは見つかったんですか?」


「ああ。ウツミのバックの中からな。ヨイトに協力してもらい女子用の大部屋を調べさせ見つけた。今、スタンガンは俺が持っている」


 カタメがポケットに手を突っ込むと、中から黒い直方体が出てくる。そしてその直方体の部分から伸びる二本の短い鉄性の突起。それはまさしくコロが配っていたスタンガンの物であった。


「おそらく、ウツミは最初からスタンガンを携帯していなかったんだろう。このスタンガンから分かる事実は二つ。一つはこのスタンガンでは人を殺すだけの電気の出力が出せないこと。もう一つはウツミに残された火傷の跡と、このスタンガンの火傷跡が一致しないことだ」


 そう言ったカタメは自身のシャツの袖をつかむとおもむろにまくり上げ、前腕部分を露出させる。そこには二つ。赤い火傷のような跡が見て取れた。これは、まさか。


「カタメさん、もしかして自分の腕にスタンガンを当てたんですか」


「仕方がないだろう。他の奴で試せば暴力行為に当たる。他人に強要しても同様だ。自分に当てるより確かめる術がないだろう」


「いや、コロさんに聞けば分かるじゃないですか、そんなこと」


「お前。いまだにこのデスゲームの構造を理解できていないようだな。一人しか証言者の居ない内容は真実と断ずることはできない。証言者が嘘をついている可能性があるからな。スタンガンはこの事件に関わっている可能性が十分にあった。ゆえに検証は絶対に必要だった。それだけだ」


 カタメは表情を変えずに考えを述べていく。

 カタメはまるで常識を説くようにそれを語っていくが、自傷行為を平気でやってのけるなどどれだけ頑丈な精神構造をしているのだろう。ましてや、カタメはコロの証言も疑っていると言っているのだ。コロの発言が嘘だとすれば、スタンガンは人を殺せるだけの出力が出るのかもしれない。そう考えれば、スタンガンを腕に当てる行為そのものが自殺行為となりうるのだ。

 僕は背筋に冷たいものを感じる。


 そういえば最初の議論の時もカタメは同様のことを語っていたな。確か、シラベさんの暖炉の調査についてだっけ。あとで自分も調べてみると言っていたが、この様子だと本当に調べたんだろうな。そういえばシラベさんは煤だらけだったけれど、カタメはいつの間に着替えたのだろう……まあ、今回の事件には暖炉は関係ないだろう。僕は意識を切り替える。



【ウツミのスタンガン】New!

コロにより女性全員に支給されたスタンガン。事件当時、ウツミの鞄の中に入っていたと考えられる。

威力は一瞬触れた相手の意識を飛ばす程度。使用した際に、スタンガンが触れた場所には2つの赤い点が残る。




「他に何か気になることはありましたか?」


「ふっ。また気に障る言い方だな。あとはこの首輪に関しての情報だろうか」


 空気を換えるため質問をした僕に対し、カタメは自身の首を指さして口元をゆがめる。


「テイシ。お前はこう証言していたな。23時頃、コロとウツミが二人でトイレに立ったと。そして、1時間ほどして戻ってきた二人はすぐに眠ってしまったそうだな。それならもしかしたらこの首輪の破壊防止機能が使われた可能性があるんじゃないかと思ってな。ポリス君へと確認した」


 首輪の破壊防止機能。確か、首輪に衝撃が加わった際にその場で人を昏睡させてしまうほどの睡眠薬が注入されるんだったか。


「それで、どうだったんですか」


「ポリス君に確認したが、首輪の使用履歴は明かせない情報だということだ。その代わり、睡眠薬に関する情報を提供してもらった。睡眠薬は人体に注入された場合、強制1時間は対象を眠らせる効果があるようだ。その間は痛み刺激でも覚醒しないらしい」


「そうですか」


 首輪の破壊防止機能。覚えておこう。



【首輪の破壊防止機能】New!

首輪に衝撃が加わった際に作動し、首輪を身に着けている者を強制的に1時間以上昏睡状態にする睡眠薬を注射する。睡眠薬が効いている間は痛み刺激を受けても覚醒しない。




「ちっ。そろそろ約束の1時間か。ジンケン。広間に集合するぞ」


「お、おう」


 携帯端末を確認すると時刻は午前3時を指そうかとしていた。皆で決めていた集合時刻である。


「じゃあ、僕たちもそろそろ行こうか」


「うん。テイシ、絶対にクビを見つけようね」


 カタメの言を受け、僕らが歩き出そうとした時だった。

 談話室から一人、ヨイトが顔を出す。



「揃って調べものかい? 精が出るこったねぇ」


「そういうヨイトさんは一人なんですか? 談話室なんかでいったい何を」


「けっ、そんなん調査に決まっているよねぇ。それともシラベよろしく、安楽椅子で昼寝を決め込んでいたとでも? ウチはそんなに神経、図太くないよ。今だっていつウチが狙われるんじゃねぇかとヒヤヒヤしっぱなしなんだからねぇ」


 そう語るヨイトだが、その表情にはいつもの勝気な笑みが浮かんでいる。

 僕の罪を明るみにした時と同じ、嫌味な笑顔。自然と半身になってしまった僕は、引けてしまった右足を恨めしく睨む。ここで気圧されていてはあの時の二の舞だ。僕は自分の正しいと思う気持ちを通すと、マコに誓ったのだ。こんなところで後れを取っている場合ではない。


「そろそろ議会の時刻です。大広間に移動しましょう」


「ははっ。そうか、もうそんな時間だったんだねぇ。証拠探しに夢中ですっかり忘れていたよ。怪しい人物も見つけたし、早く終わらせて皆で帰ろうよねぇ」


 怪しい人物? 疑問に思う僕だが、ヨイトはそそくさと廊下を歩いて行ってしまう。


「まあ、楽しみは後に取っておこうよねぇ。ショーは観客が多い方が盛り上がる。そう、相場が決まっているんだから」


 どうやら、ヨイトはクビと思われる人物に目星をつけているらしい。それで、この監禁事件に解決が付くのならそれでいいのだが、僕にはあの時の、牢屋で僕に向かって放たれたヨイトの言葉が引っ掛かっていた。



――ウチはウチのできることをやる。たとえそれがウチ以外の誰を犠牲にすることになったってねぇ



 ヨイトも命がかかっている以上、出鱈目を言うつもりはないだろう。けれども、彼女の目は自分だけは助かろうというゆがんだ目的により曇ってしまっているのかもしれない。もしそれで、無実の人間がクビに指定されるのなら。それだけは許してはならない。


 仮に自分が糾弾したクビ候補が処刑され、それが無実の人間だったとしてもヨイトは言うのかもしれない。これが自分が生き残るために出来る最善だと。

 けれども、他人を犠牲にしてまで生き残ろうとするその思いは果たして正しい物なのだろうか? ヨイトにとってそれが正しいことだとしても。


「僕は、僕の正しいと思う道を進むまでだ」


 それが、マコと約束した自分を許すということ。

 僕は決意を固めながら大広間へと続く扉の前に立つ。

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