第十三話 そくさいジエンド

6月22日 24:01 〔牢屋〕


 急流の一日が終わり、新しい一日が始まる。

 この急流が穏やかな海に続くのか、それとも滝つぼへと僕らを突き落とすのか。僕らはそれを知らない。この館の中でそれが分かるとしたら、クビと、そしてこいつだけなのだろう。




『あひゃひゃ。テイシくん、マコさん。こんばんは、であります!』


「こんな時間に何の用だ、ぬいぐるみ」


 不気味さを抱かせる、抑揚の無い語り口調。警官の恰好をしたふざけた犬のぬいぐるみは僕らを見て笑う。

 深夜零時。普段の僕ならすでに床に入っている時間だが、マコとの会話で神経が高ぶっているためか眠気は感じない。それはマコも同じであるようで、僕らは二人、モニターを睨む。




『あひゃひゃ。長年離れ離れになっていた幼馴染がひょんなことから再会。今まで疎遠の原因となっていたわだかまりが解け、ああ。二人はめくるめく愛の世界へ。なーんて、イチャイチャ、ラブラブな展開でありますか? お盛んでありますなあ。本官、つい野次馬根性で顔を出してしまったでありますよ。あっ、でも本官はエログロ展開NGでありますから、モザイクがかかるような行為はご遠慮ください、でありますよ!』


「こんな監視カメラだらけのところでするわけないだろ、そんなこと」


「それに、テイシと私はそんな関係じゃありません」


 僕らは食い気味に否定にかかる。思い返せば先ほどあんな恥ずかしいやり取りをしたばかりなのだ。ぬいぐるみの冗談とわかっていても、つい強めに否定してしまう。



『二人ともいい反応でありますな。本官も登場したかいがあるというものであります。そしてテイシ君。ちょっと論旨がずれているでありますよ。そんなことじゃすぐにクビにやられてしまうでありますな。あひゃひゃ』


「ぬいぐるみ。用が済んだなら帰ってくれないか?」


 僕はぬいぐるみの言葉にいら立ちを隠さずに答える。




『もう、テイシ君。何度言ったらわかるでありますか? 本官はポリス君。ちゃんと名前で呼んでほしいでありますよ。テイシ君はページを訪れるたびに名前を確認してくるログイン画面でありますか? あなたはロボットですか、って。本官YESとしか答えられないじゃない、でありますよ! そんな冷たくされると、本官、涙でショートしちゃうのであります。せっかく一人だけ隔離されているテイシ君に追加ルールのことを説明しに来たのでありますのに』


 そういってぬいぐるみは両手を目元に持ってくる。当然、ぬいぐるみから涙が流れるはずもない。


「どういうつもりだよ、ぬいぐるみ。まるで僕の助けになるような言い草だが」


 僕はぬいぐるみの言葉に疑問を呈する。

 今まであれだけ不安を煽っておいていきなり情報提供を申し出てくるなど、不気味すぎるだろ。


『今時の視聴者はうるさいでありますからね! 推理の材料は解決編までの間にすべて出そろっていないといけない。提示された手がかりから論理的にトリックを導けなくてはならない。あまりに奇抜なトリックであれば分かるわけがないとこき下ろされ、かといって陳腐なトリックなんて論外』


「つまり、何が言いたいんだ?」


『あひゃひゃ。テイシ君結論を急ぐ男は嫌われるでありますよ。本官が言いたいのは要するに、参加者全員がフェアに推理で競って欲しい。そんな親心もとい、主催者心から情報提供を申し出ているのでありますよ』


 ぬいぐるみはそう言って高笑う。どこまでも理解できない、どうしようもない主張を垂れ流してくる。

 だが、情報をくれるというのならもらわないわけにもいかないだろう。何せ、こちらは命がかかっているんだから。




『では、前置きが済んだところでサクサク行くのでありますよ。まず追加ルールと言っても本官が定めたこの館のルールの事ではないのであります。参加者がお互いの合意の上で決めたルールをこれから説明するのであります』


「刃物の所持禁止、みたいなものか?」


『そうでありますよ。テイシ君がアグレッシブに破りに行ったそういう類のルールであります。』


 ぬいぐるみの言葉に僕は舌打ちをする。数秒の静寂の後に今までぬいぐるみを映し出していたモニターの映像が切り替わる。


『ルールは全部で三点。ご確認の程お願いいたします、であります』



~~


・夜間の見張りについて

一班 → 【赤富士マコ、茶池コロ、紫煙ウツミ】

二班 → 【金淵カタメ、桃道シラベ、橙蝶ジンケン】

三班 → 【白城マモル、黄葉デンシ、灰島ヨイト】

以上三班が【牢屋】【大広間】【大部屋】を三時間半ごとにローテーション。

【大部屋】では休息可能だが【牢屋】、【大広間】では必ず二人は起きていること。

トイレに行く際は必ず班単位で行動する事。


・スケジュール

 21:00~ 一班【牢屋】 二班【大広間】 三班【大部屋】

 00:30~ 一班【大広間】 二班【大部屋】 三班【牢屋】

 04:00~ 一班【大部屋】 二班【牢屋】 三班【大広間】


・黒日テイシの扱い

 【牢屋】に監禁。トイレ、食事の際には【牢屋】の見張り担当班と共に行動する。

 持ち物は大広間に保管。借りていた熊の手帳は黄葉デンシへ返却。

 牢屋の鍵は霊安室の鍵と共に【牢屋】の見張りを担当する班が管理。交代の際に受け渡す。


~~




『あひゃひゃ、テイシ君。皆からずいぶん警戒されているようでありますな』


 ぬいぐるみからの指摘を受け、僕はルールを咀嚼する。

 僕が捕まったことで見張る場所が【大広間】と【牢屋】の二か所になっている。ただでさえクビに気を向けなければならない状態なのに、僕にまで注意を割かせてしまっている。これでは十分に睡眠はとれないが、緊急の対策というところだろう。ぬいぐるみの煽りに、けれども自分の行為に対する皆への申し訳なさが勝ち、僕は反論する気にはなれない。


 鍵の管理は【牢屋】の担当。マコは持っていないそうなので、現在はウツミかコロが管理していることになる。そういえばトイレ行ったきりあの二人、戻ってくるのが遅くはないか? 




――ガチャッ


 噂をすれば影。牢屋前廊下の突き当りに位置する大広間へと向かう廊下に通ずる扉が開く。




「……今日は疲れたからもう寝るわ。おやすみなさい」


 僕が気にしているとコロ、ウツミの二人が扉を開けて、牢屋前の廊下へと入ってくる。一人が一人を担ぐような形だ。

 力のないウツミの声。おそらく片方がトイレで寝てしまい担いできたのだろう。力尽きたように二人は壁へともたれかかり座り込む。

 どちらも被っているフードのせいで顔色はうかがえないが、相当疲れている様子であった。




『お二人さん、今頃お戻りでありますか? 取り決めでは現時刻は見張りの当番のはずでありますよ?』


「……」


 ウツミからの返事はない。耳をすませば、並んで壁にもたれかかる二人からは寝息が聞こえてくる。


『嘘でありましょう!? 寝ているのでありますか、ウツミさん!?』


「別にいいでしょう。疲れているのは皆同じなんです。私とテイシが起きていれば見張りには事足ります!」


『牢屋の中から見張りとはこれ如何に? 見張りの定義を揺るがす大問題でありますよ。と、まあ、本官は暇つぶしも終えたことでありますし、ここらへんでスリープモードに入らせてもらうでありますよ。と言っても本官に睡眠は不要でありますから気分の問題なのでありますが』


――ブツン


 ぬいぐるみはそう言って、今回も脈絡なく去っていく。

 残された僕とマコは互いに顔を合わせると、肩をすくめて、地面へと腰を降ろした。




6月22日 00:33 〔牢屋〕


「皆さん、見張りの交代に参りました」


 マモルを先頭にデンシ、ヨイトが牢屋前廊下へと入ってくる。

 マモルは普段浮かべる落ち着いた表情で、少し表情が硬い気がするのは僕の気が弱っているせいだろうか。一方、デンシは相変わらずの柔和な笑み。そこから、僕に対する警戒の色は読み取れない。

 そして、最後に入ってきたヨイトは僕を一瞥すると、口元を吊り上げる。僕は彼女から目を逸らした。


「あれ、なんで見張り役のコロさんとウツミさんが寝ているんでしょうか?」


「マコがワインを持ってきて二人が飲んだんだよ。寝てから30分ぐらい時間がたっているからゆすれば起きるんじゃないかな?」


 デンシの質問に答える僕。やはり彼女の優しい声色からは感情をうかがい知ることはできない。


「テイシ、その言い方じゃ私が飲ませたみたいじゃない! 私はテイシの憂さ晴らしにと思って持ってきただけで二人が飲むことは予想外だったんだよ」


 マコは強い口調で僕の発言を否定する。


「そりゃ怪しいねぇ。もしかして二人を酔わせた隙に、あんたは牢屋の鍵を奪って、テイシを外に出そうとしたんじゃねぇのか?」


「そんなことしないよ。第一、牢屋から出たところでこの館から出られるわけじゃないでしょ!」


 ヨイトのいやらしい追及。マコは顔を赤くして否定する。

 一気ににぎやかになった牢屋前。その喧騒が聞こえたのだろう。寝ていた二人が起きだす。




「……あら、私寝てしまったみたい。ごめんなさい。いつの間にここまで来たのかしら」


「ああ、ご、ごめんなさい。僕もお酒に弱くて、寝ちゃったみたいです」


「まあ、そう言うこともありますよ。どんまい!」


 マコはそう言ってウツミ、コロを励ます。うん。マコ、二人が酔っぱらったのは9割方お前のせいだからな!


 そうこうするうちにウツミからマモルへ牢屋と、霊安室の鍵の束が渡され見張りのメンバーが入れ替わる。



「じゃあ、テイシ。私たちは次、広間の見張りをしなきゃだからまた明日ね!」


「うん。と言っても、もう零時回ってるから次に会うのも今日なんだけどね」


 苦笑いする僕にマコは手を振って別れを告げる。

 コロ、ウツミも浮かない表情でそのあとに続く。





 これがの顔を見る最後の機会になることを僕はその時、知らずにいたのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

アナウンス


次回更新分から、【刎ねるディスカッション】編へと突入していきます。

是非、ご期待ください。 こげ~

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