第六-③話 てさぐりサーチ【食堂】
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6月21日 17:01 〔食堂〕
「では、非常に残念なことですが。残りの調査は君たちにお願いしますね」
「ああ。じゃな」
「シラベさん、行ってらっしゃい」
半ば追いやるようにシラベを着替えにいかせた僕ら。今から僕らが調査をするのは食堂である。煤まみれの人間を中に入れるわけにもいかないだろう。まあ、もちろん先ほどの霊安室でのやり取りも頭の中にあるのは確かなのだが。シラベは不服そうな表情を浮かべ、大広間へと去っていった。
「今、煤だらけのシラベさんが大広間に帰ってきたけど、何かあったの?」
そして、シラベと交代する形で失神状態から復帰したコロが僕らのもとにやってきた。調査を二人組で行うのはさすがに不安だと待機組から指摘があったのだという。確かに二人での調査では主に信憑性において不安があるため、措置としては適切だろう。
「いや。シラベさんが調査を張り切っちゃって」
「うん。ね、熱心だよね、シラベさん。さすが探偵だよ」
「まっ、その熱心さのせいで調査組から外れるんじゃ世話がねぇけどな」
僕とヨイトが嘆息する中、コロはシラベに好意的な意見を述べる。
確かにシラベの行動はひたむきさからくるある意味美徳でもあるわけだが、探究心も度が過ぎれば執着、固執となる。特にこんな状況だ。集団で動いている以上、やはり自制は必要だろう。
「それにしてもここにいるとなんだか腹減るな」
「は、はい。いい匂いです」
ヨイトが腹の虫を鳴らし、コロがよだれを垂らす。この食いしん坊ども。と、かくいう僕も鼻をひくつかせていた。人間、食欲には勝てないものだ。キッチンからはいい匂いが漂ってくる。
「今、マコとデンシさんが夕食を作ってくれてるんじゃないかな」
「よし、じゃあこの部屋もちゃっちゃと終わらせて飯にしよう」
「ぼ、僕も賛成するよ!」
「いや、そこはじっくりやろう」
僕は食いしん坊二人の発言を受け嘆息する。
とはいえ、食堂にはあまり物が置かれていない。調査にあまり時間はかからないだろう。
食堂は皆の待機する広間から廊下を左に出た突き当りに位置する。
内装を見ると、中央にはテーブルと椅子。部屋の隅に一つだけ置かれている食器棚の中身は当然、食器ばかり。ナイフやフォークも入っているが、切れ味や強度、大きさから言ってよほど急所をうまく突かなければ人を殺せるものでもない。
壁面は鮮やかなオレンジ色。人の食欲を刺激するその色の壁紙を見ていると、なるほど。腹の虫が鳴き出したようだ。
「あとは、このロープか」
そして最後。無意識的に避けていたが、怪しさで言えばこの部屋で群を抜いているこれを調べないわけにもいかないだろう。僕が天井から下がったロープに近寄ると、ヨイトも寄ってくる。コロは部屋の隅からこちらをうかがい、近寄ってはこないようだ。
「けっ。食堂にこんな血なまぐさいもん置いときたくねぇんだけどな」
「ああ。でも、器物損壊を禁ずるルールがある。天井から直接つり下がっている以上、撤去するにはロープを切るしかないけど、それをすればルールに抵触してしまうからね」
「いや、ポリス君だって常時監視しているわけじゃねぇだろ。案外、切っても大丈夫じゃねぇか?」
『ダメでありますよ!』
「うわあ!!」
背後でコロがしりもちをつく音がする。
ヨイトの声に反応して現れたのは、ぬいぐるみを映し出すモニター。天井からせり出してきたその画面上でぬいぐるみは敬礼の構えを取っている。
「なっ。ぬいぐるみ!?」
『あひゃひゃ。話は聞かせてもらったでありますよ! ヨイトさん。ズルはダメでありますよ。ズルは! あとテイシ君はいい加減、本官の名前を憶えてもらいたのであります!』
どうやらこの映像は食堂だけに流れているようだ。名指しで呼ばれた僕らは身構える。
『ヨイトさん。器物損壊は原則禁止。このぐらいのルール、本官がわざわざ指導しなくとも守ってほしいでありますね。ここは不良生徒がはびこるヤンキー学園でありますか? バットを見たら窓に叩きつけたくなるお年頃でありますか? 本官はAIなので疲労知らずであります。目を盗もうとは考えないことでありますね。本官は、二十四時間働けるでありますよ!』
「まじか。どうやってウチらのこと監視してるんだ?」
『館内には計百八個の防犯カメラが設置されているであります。本官はそれらの情報を並列処理し、館内すべての場所を同時に監視しているでありますよ』
「うげっ。てことはトイレとか風呂とかも覗かれてんのかよ。ウチのプライバシーがやばいじゃねぇか」
『大丈夫でありますよ。本官は二次元にしか興味が無いでありますから。貴様ら方の裸なんかを見せられても本官、何ら反応しないのでありますよ!』
「……すがすがしいまでの開き直りだな」
全然大丈夫じゃねえよ。防犯カメラの数も百八って、煩悩丸出しじゃねえか。
けれども、僕らの非難する目も何のその。ぬいぐるみは抑揚のない声で話し続ける。
『本官の本質はプログラム通りに動く機械でありますから、機械に善も悪も、もちろんエロもないのであります!』
「いや、お前は完全に悪側だろう」
『あひゃひゃひゃひゃ。テイシ君も手厳しいでありますな。では、役目を終えた本官は健全なAIでありますから、時間外労働などしないのでありますよ。これにて失礼するであります』
「あっ、おい。ちょっと」
「待ちやがれよ!」
僕らの制止する声など聞かず、一方的にしゃべりたいことだけをしゃべってぬいぐるみは画面から消えた。
どこまでも勝手な奴である。
「けっ。胸糞わりぃ奴」
「うん、同感だよ。でも、向こうのペースに乗ってやる必要もない。動きを乱されれば相手の思うつぼだしね」
「テイシ。それをお前が言うのかよ。ここにいるメンバーで一番切れやすいのお前じゃねぇの?」
「いや、僕はそんなに切れやすい男じゃないよ」
ただし、マコが話に絡まなければと注釈は付くけれど。
気を取り直して、天井からつり下がるロープへと視線を戻す。ロープには赤黒い染みが残っており、ここでの出来事が現実のものであることを僕らに印象付ける。ぬいぐるみはこのロープを取り去ることを禁止するが、完全に僕らへの嫌がらせであろう。
現に気の弱いコロはロープのある位置から何歩も離れた位置を保っている。
「それにしてもこのロープ、邪魔にしかならねぇ。食堂からキッチンに出入りするときに扉の真ん前にありやがるから、必ず避けなきゃなんねぇし」
「拭ったと言っても血がついているし、衛生面も心配だな」
「ぼ、僕なんか見てるだけで食欲、無くなっちゃうよ」
「けっ。まあ、逆らえねぇルールについて嘆ぇても仕方ねぇか。それよりも、食堂の調査はこんなもんか」
「うん。次は順当にいけばキッチンの調査だけど、今はマコとデンシさんが調理をしているし、先にキッチン奥の冷凍庫から調査しようか」
「う、うん。僕も、それでいいと、思う」
「けっ。コロよぉ。冷凍庫入る前からしけた面してブルブル震えてんじゃねぇよ。しけてんのは財布の中身ぐらいにしとけって」
そういってニヤニヤと笑うヨイト。僕が何事かと彼女に目を向けると、ヨイトは自身のジーパンのポケットから青色の皮財布を取り出した。
「って、えええええええええ! 何でヨイトさんが僕の財布持ってんの!?」
「いや、お前があんまりにも隙だらけだったんで、つい。な」
「ええええええええええ、つい、じゃないよおおおおおおおおおお。ぼ、僕の財布だよ! 返してよ!」
「ああ、わりぃわりぃ。ホラよ!」
「わっ、とと。び、びっくりするじゃん、投げないでよおおおおお」
ヨイトが取り出したのはコロの財布だったようだ。こいつピッキング技術と言い、本当に何でも屋という範疇に収まる職業に就いてるのか?
ヨイトがコロに財布を投げて返す……つうか、お前ら何やってんだよ。今、そんなことしてる場合じゃないだろ。僕はあきれ顔でヨイトの方を向くが、けれども彼女の悪ふざけはまだ終わっていなかった。
「ええっと、『緑山林業(株)長野営業所 営業所長 茶池コロ』ねぇ。けっ。どうやら自己紹介に嘘はねぇみてぇだな」
「!」
ヨイトはコロの財布から抜き取ったのだろう。中に入っていた名刺を読み上げる。それを見たコロは慌ててヨイトに駆け寄り青ざめた表情でヨイトから名刺を奪い取る。
「な、な、何を、するんですか?」
「けっ。そんなこともわかんねぇのかよ。シラベ風に言うなら身元調査ってやつ。もしお前がクビなら、自己紹介の時に嘘を言ってるかもしれないだろ? それなら、こうして財布を奪って身元を調べれば怪しい人間を証明できるって寸法だ」
「で、でも。なんで僕を?」
コロは険しい表情でヨイトを睨む。けれどもヨイトに悪びれた様子は無い。先ほどからと変わらぬどこかこちらをあざけり、見下したような口調でコロに向かい捲し立てる。
「はあ? 別にお前だけを疑ってるわけじゃねぇよ。ウチはこの中にいる奴は誰も信用しちゃいねぇ。お互い素性も知れねぇ相手だ。当然だろ? 今回、コロを狙ったのはお前に隙があったからってだけ。とはいえ、他人の財布を盗んだままウチが所持していればいざ財布が無いと発覚した時にウチの信用が落ちるだろ? だからこうして他の証人がいる前で財布を返しているわけ。別に悪意があるわけじゃねぇって証明にな」
ヨイトは口角を吊り上げ、笑う。けれどもその眼は真っすぐにコロを射抜いている。こうしている間も相手の反応を観察しているのだろうか。僕も自然と背筋を正す。
「そ、そんなの、財布の中身なんて、ちょ、直接言ってくれれば、いくらでも見せるのに」
「こういうのは不意を打たなきゃ意味ねぇんだよ。もしお前がクビで、なんか証拠になる物を持ってたとしたら、うまく隠そうとするだろ?」
「だ、だとしても」
「ヨイトさん。それぐらいにしてくれ。あなたの言い分は分かったけれど、それはこの場で混乱を起こしていい理由には、僕には思えなかった」
「けっ。まあ、それはごもっともなんだけどねぇ。ウチも命がかかってるんだ。多少無茶してでもやれることはやっておかねぇと、事が起こってから後悔したくはねぇからな」
「……」
ヨイトはそう言ってキッチンの方に行ってしまった。
コロはどうしていいか分からないのだろう。ヨイトが向かったキッチンと、自分の財布を交互に見回し、目を泳がせている。僕は嘆息しながらコロの背を押し、キッチンへと向かう。コロは何も言わず僕に従った。
皆でルールを決めた以上、キッチンでのヨイトの単独行動を許すわけにはいかない。言いたいことはあるが、とにかく今は調査を優先すべきであろう。
「はあ、もう。どうして勝手なことばかりするかな。シラベも、ヨイトも、あとコロも」
「えっ。ぼ、僕も!?」
「いや、今のは冗談」
シラベの独断専行に、ヨイトの強引な調査手法。あと、怯えるばかりのコロ。
クビに対抗するため皆で団結する必要性があることはすでに話し合いで共有しているはずなのに。いつから日本人というのはここまで個人主義に走るようになったんだ?
先行きに不安を感じながら僕は自身のポケットの中にきちんと財布とスマホが入っていることを確認し、マコ達、そしてヨイトが待つキッチンへと入っていった。
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