第六-④話 てさぐりサーチ【冷凍庫、キッチン】

6月21日 17:08 〔冷凍庫〕


「うげっ。やっぱり霊安室よりも寒ッ」


「れ、冷凍庫だもんね。そりゃ凍るほど寒いよね。あっ。こ、ここの外套はサンタ服じゃないんだね」


「よし、早く調査を済ませて、とっとと出よう」


 氷点下二十度。濡れたタオルを振り回せば一瞬で凍り、バナナで釘が打てる世界。

 そんな温度に設定された冷凍庫の中はまさに殺人的な寒さであった。


 食堂からマコ達が夕食づくりに励むキッチンを素通りし、僕らは先に冷凍庫から調査することにしていた。

 理由は単純で、まだ夕食の準備が終わっていないため、邪魔しないようにという配慮からだった。僕らは濃い緑色の外套を羽織る。


「結構でけぇのな。冷凍されている食材の種類も豊富だし」


「これなら三十日間のうちに食料が枯渇する心配はいらないだろうね」


 冷凍庫は部屋一室分ぐらいの広さがあった。そこには僕らの背よりも高い棚が二つ設置されており、肉や魚、乳製品に調理済みの冷凍食品。野菜類まで冷凍されていた。

 そしてこの凍ったバナナもここにあった物だ。


「おい、テイシ。何遊んでんだよ。さっさと調査するよ。こんなところに長居するとか考えらんねぇから」


「いや、うん。ごめん」


 僕は手に持っていたものを放り投げヨイトの後に続く……って、普通にバナナを放り投げただけなんだからね。叙述トリックだとか、勘違いしないでよね! 

 とはいえ、ここで何を調査したものか。まあ、手あたり次第調べていくしかないだろう。


「うう。こ、これ全部調べるの? うわあ、大変だね」


「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ、コロ。犬みたいな名前してんだから、忠犬ハチ公のごとく働けよ!」


「えへへ。そ、それなら僕は入口のところで主人の帰りを待ってるよ」


「コロさん。それやったら僕も怒るよ」


「ええええええ。じ、冗談だよ。ほほほ、本気にしないでよ」


 僕の言葉を聞くと、コロは慌てた様子で冷凍庫の奥へと駆けていく。って、あれ? もしかして僕、怖がられてる?




「あのお、コロさん。そんな慌てて探さなくてもいいんだけど」


「ひゃい! テイシさん、頑張ります!」


「ええっと。いや、そうじゃなくてね」


「頑張ります! 頑張ってます!」


「……うん。頑張って」


 僕、君になんかした? コロの怯えた反応を受け、僕は肩を落とす。

 まあ、確かに最初のぬいぐるみの説明の時、いろいろやらかしたから何か怖いイメージでも持たれているのかもしれない。うーん。僕、営業職だからそんなイメージ持たれてると自信なくすなあ。あっ、そういえば昨日無職になったんだっけ! うん。泣けてきた。


「テイシ。何、呆けてんだよ。ウチの分までちゃっちゃと働けっつうの。凍え死ぬだろ」


「……はい」


 こうして僕は冷凍庫内の気温よろしく氷点下にまで冷え切った心で庫内を探索する。





「これが温度設定パネルねぇ。設定はマイナス四十度からマイナス二十度まで庫内の内側に取り付けられたこのパネルを使って手動で切り替えることができる、っと。内部に操作パネルがあるのは珍しい設計だな。とはいえ、温度を最高にしてもマイナス二十度までだから例えば閉じ込められれば数時間で普通に死ねる」


「と、特に食べ物以外は収納されていないようです。ど、毒は、流石に外見からではわからないし。一応警戒すべきです」


「棚はがっちり固定されていて倒れてくることはなさそうかな。食品類もあんまり大きな塊は無いし、鈍器としての使用は難しそうだ。シラベさんが居れば氷の凶器とか言い出すんだろうけど、わざわざクビがそういった凶器を選択するとは思えないし、危ないものはなさそうかな」


 手分けして庫内をすべて調べてみたが、冷凍庫の隅に人一人ぐらいだったら余裕をもって運べそうな食品運搬用の大きな台車が一台置かれているぐらいで他は食材ばかり。クビの凶器になりそうなものは、この低温ぐらいだろう。




「よしっ。終了。早く出よ」


「う、うん」


「そうだね。次はキッチンだ」


 こうして僕らは半ば逃げ出すように足早に冷凍庫を立ち去った。



6月21日 17:21 〔キッチン〕


「テイシ、お疲れ様。ご飯はもうちょっと時間かかるからね」


「マコ。僕らは食事をとりに来たわけじゃないぞ」


 キッチンに着いた僕達を元気な声を上げるマコと柔和な笑みを浮かべたデンシが出迎えてくれる。




「おお。これうめぇな! どっちが作ったんだ? マコか? デンシか?」


「ふふふ。そちらのエビフライはマコさんの作ですよ」


「よ、ヨイトさん。な、何つまみ食いしてるんですか。まだ調査中ですよ」


「硬いこと言うなってぇの。コロも一緒に食わねぇか?」


「ああ、もう! 皆さんの分はきちんと十分行きわたるよう私達で用意していますから、つまみ食いなんて行儀悪いことしないでください! デンシさん、テイシも笑ってないでヨイトさん止めるの協力して!」


「ふふふ。にぎやかでなんだか楽しいですね」




 キッチンを喧騒が包んでいる。

 マコ、デンシと合流した僕ら三人。キッチンにはすでに幾色もの料理が出来上がっていた。エビフライやコロッケと言った揚げ物に、煮つけやムニエルなど異なる調理のされた魚。サラダは二種類用意されており盛り付けもしっかりなされている。肉料理も大量に置かれ、食欲を掻き立てる。


 その匂いにつられたヨイトがエビフライに手を伸ばし、マコに叱られている。


「はあ。一応午後六時集合の予定なんだから、もうあんまり調査の時間が無いぞ」


 時刻はすでに午後五時半に迫っている。僕はヨイトの襟首をつかむと机から引き離すように彼女の体を引きずる。一応、暴力行為に当たらないように服だけをつかみ配慮しているつもりだ。


「マコを困らせないでくれ」


「ああ、もう。分かったよ。調査すればいいんだろ。確かにキッチンと言えば包丁なんかの調理器具に、ガスコンロなんかの電化製品。使い方によっては人を殺せる道具が詰まってるからな」


「何がどの棚に、いくつあるか。刃物類だけでも把握しておいた方がいいだろうな。誰か書く物持ってないか?」


「それでしたら私が持っていますよ。お貸ししますね」


 名乗りを上げたデンシから手帳と万年筆を受け取る。僕はそこに線を引きながらチェックリストを作るための表を書いていく。手帳のそれぞれのページの端っこにはかわいらしいクマのイラストが描かれている。でも、デンシさんって三十歳は超えてるよな。ちょっとかわいすぎないか?


「テイシさん、今何か失礼な事考えませんでした?」


「いえ、そ、そんなわけないですよ。ははは」


 我ながら動揺を隠すのが下手すぎるだろ。デンシは笑顔を浮かべたまま、けれども確かにその視線は僕を射抜くようにこちらに向いており、僕は冷汗をかきながら話題を転換すべく手帳に目を向ける。


「そういえば、この手帳新品ですよね。借りちゃっていいんですか」


「ええ。むしろ使用中の物は個人情報が含まれますので渡せませんが、予備の手帳は何冊か持ってますから使ってもらって大丈夫ですよ」


「ああ、そうか。デンシさんってメディア関係の仕事と言ってましたよね。記者さんとかですか?」


「いいえ。私の仕事なんて趣味の一環みたいなものですから、そんな、大それたものじゃないですよ」


 僕の質問にデンシは笑みで返す。はぐらかすような物言いだが、あまり触れられたくないのだろうか。僕はチラとヨイトの方を窺う。ヨイトは我関せずといった様子で棚の中をあさっていた。

 僕の頭に浮かんだのは先ほどの財布窃盗事件のこと。ヨイトは相手の身分を暴こうとコロから財布を盗んでいた。僕は内心不安になる。



「個人情報が載っているなら手帳はしっかり管理しておかなければいけませんね。こんな状況です。盗まれないとも限りませんよ」


「テイシさん。その言い方はあまりよろしくないと思うのですが」


「えっ?」


「テイシ! それって、私たちの中に泥棒がいるってことでしょ! 無駄に周囲を混乱させるような発言は控えるべきだよ」


 話を聞いていたのだろう。僕の言動をマコが嗜めにくる。


「ああ。別にそんな意図があったわけじゃないんだけど、デンシさんごめんなさい」


「もう、テイシ。しっかりしてよね!」


「あはは。マコもごめん」


 うーん。この雰囲気じゃこれ以上この話題を続けることは難しそうだ。デンシに手帳を盗まれないようしっかり保管するように提言するつもりだった僕は思わぬ糾弾に面食らう。

 とはいえ、マコの言うことにも一理ある。僕が不和の原因になっては忠告も本末転倒だ。僕はそれ以上語らないことにし、チェックリストづくりに励んだ。




「こうしてリスト化すると、調理器具だけで結構な種類があるな」


 包丁、鍋、フライパンと言った調理器具や、コンロや電子レンジ、トースターにオーブンと言った家電はもちろん、使用用途不明な巨大中華鍋に、手作り麺の作れるパスタマシン。温めるのではなく発酵させるための機器である発酵器など各種調理器具が取り揃えられている。うん。どこの飲食店だよ





「テイシ、これで全部だよ!」


「マコ、ありがとう。」


 マコにも協力してもらい、僕らは刃物類や危険と思われる調理器具のリスト化作業を終える。


「とりあえず刃物類は定期的に持ち出されていないか確認するべきかな」


「けっ。めんどくせえけど仕方ねぇよな。ウチも殺されたくはねぇからな。夜間の見張りと同じで当番制にするか?」


「うん。みんなで集まった時に提案してみようか」


 そういって僕がスマホを確認すると、時刻はすでに午後六時になろうとしていた。皆で集合を約束した時間である。僕は食事の準備を終えたマコ達にも声を掛ける。







 館内の調査は特に不審点もなく終了した。当初僕が予想していたような致死性の罠や、凶悪な凶器どころか、警戒すべき危険物は見当たらず、死のにおいを漂わせるのは食堂に残されたロープと、犠牲者の彼が眠る霊安室ぐらいの物だった。脱出の糸口こそつかめなかったが、時間の経過はルール上、僕らの味方である。三十日の期限さえ過ぎれば、ここを脱出できる。館から出てしまいさえすれば、この犯罪は露呈し、当然館を用意した首謀者にも警察の手が及ぶだろう。


 だが決して油断をしてはならない。ぬいぐるみは言っていたのだ。首謀者は僕たちを殺す、と。

 殺人行為を前提としている首謀者に僕らの身が狙われたとき、僕たちにそれを避ける手段はあるのだろうか。ぬいぐるみは首謀者もルールの下にあると言っていたが、果たしてその言は信用してよいのか。


 不安しかない。けれど、やらなければならない。





「よし。じゃあ、行こうか」


「うん、もうみんな待ってるはずだよ」


 隣に寄ってきたマコ。

 僕は彼女を守らなければならないのだ。不安でつぶれている場合ではない。


 手にしていた刃物を戸棚へと戻しながら、決意を固める僕。

 マコに続きキッチンを後にする。

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