1日目② 探索パート 暗躍する悪意の矛先
第六-①話 てさぐりサーチ【玄関、談話室】
*
6月21日 16:03 〔玄関〕
牢屋側から見て館の最奥。
今僕らの位置する玄関は、館の突き当りに存在する……いや、この言い方は変か。
本来なら、玄関こそが入り口。牢屋に当たる部分が突き当りである。けれども、玄関が閉ざされている現状、その定義は入れ替わったところで大差ない。僕、桃道シラベ、茶池コロ、灰島ヨイトの四名は、僕らの脱出を阻む鋼鉄の扉と相対していた。
玄関は建物に出入りする際、必ず利用する構造物である。僕ら探索班が最初にここを調査対象としたのは、そこに脱出の糸口を求めての事だった。
「うげぇ。こんなもん、ウチのピッキング技術じゃどうしようもねぇよ。そもそも鍵穴がねぇし」
針金を構えた灰島ヨイトは玄関扉を見るなり肩をすくめる。
ジーパンにルーズなTシャツというラフな格好の彼女は、特に胸元において目のやり場に困る格好である。僕は自然と目を反らし、ついつい視線を戻してしまう。
ヨイトは何でも屋をやっていると自己紹介の時に話していた。聞けば仕事にはピッキング技術が必須なのだという。まあ、なんでもに含まれる仕事のどれにピッキング技術が必要なのかは怖いから聞かないでおくが。
そういえばヨイトとまともに話すのは初めてになるな。議論中はほとんど発言が無かったため意識しなかったが、やけに芝居がかった乱暴な口調であることに気付く。つり上がった目元は鋭くけっして開くことはない玄関扉を見つめている。
玄関はとても単純な構造だった。
幅は人同士が正面を向いてすれ違える程度。扉はいかにも頑丈そうで高さは2メートルほど。上がり框から降りたところに靴を脱ぐスペースが存在するが、館の中は土足可であるためあまり意味がないスペースとなっている。
ヨイトの言うように扉に鍵穴は無く、ぬいぐるみの言っていたように電子制御でカギの開閉を行うようだ。扉は鋼鉄製で屋敷の壁同様頑丈なため、壊して出ることも難しいだろう。まあそもそも、破壊行為を行った時点でルールにより処刑されてしまうわけだが。
「しかも見ろよ。こんなふざけた張り紙までしていやがる」
ヨイトは針金を持った手で扉の横に貼られている紙を叩く。
『注意! 高圧電流』
おそらく正規の手段を踏まずに扉の鍵を開けようとすれば電流が流れる仕組みとなっているのだろう。もちろん実験なんてしない。何故って、玄関脇には
「あはは。触れられないんじゃ、流石に捜査のしようがないね!」
グローブをはめながら、名探偵よろしく自信に満ちた笑みを浮かべるシラベ。なんでそんな明るい話口調なのかな? もうちょっと緊張感を持とうよ。
「で、でも、それなら本当にこの館からは出られないんだよね。そ、そんなのやだよ」
そして、コロはコロで怯えすぎである。この筋肉達磨が。悲観した様子で震えているコロ。ヨイトやシラベにその臆病さを分けてやれば3人ともちょうどよくなる気がする。
シラベ、ヨイトはすでに調査班としてここを一度調べている。けれども調査は簡易的なものだったそうで、今回も僕達同様調査を行うようだ。
シラベが言うには、調査パートって手当たり次第に画面をクリックして未開放のコメント探しちゃうよね、だそうだ。いや、なんの話をしているんだ?
扉が触れられない以上、それ以外の所から探っていくのが効率的だ。僕らの目は、この場でもう一つ興味を引く対象である配電盤に向けられる。
「もしかしてこのブレーカーを落とせば電子ロック、外れるんじゃないかな」
「うーん。まあ、ねぇとは言わねぇけど」
僕の意見にヨイトが難色を示す。
そして、口で言うより実際にやったほうが早いか、というとヨイトは迷いなくブレーカーの大本を落としてしまう。
――ガチャガチャガチャ
「なっ。開かねぇでしょ?」
暗闇の中で響く金属同士のぶつかり合う音。ドアの取っ手を何度も回す音が止むと、辺りに光が戻ってくる。
「この扉の電子ロックは外部から電気を引っ張ってきているみたいだからさ、内部のウチたちがどうこうしようにもどうしようもねぇ、ってわけ」
ヨイトがそう言って肩をすくめて見せる。厭味ったらしい口調ではあるが、そこには落胆の色が混じっていた。
「うーん。ヨイトさんがやったようにブレーカーを落とせば館内の照明は簡単に落ちてしまいますね」
僕が述べた考えにシラベが頷く。
暗闇に乗じて襲撃。十分に考えうる話だ。
「緊急時に備えて停電時でも使える光源は確保しておきたいですね! たしか、談話室に懐中電灯が置いてありましたよ!」
「うん。じゃあ次は談話室へ向かいましょうか」
シラベの提案に僕は頷く。
脱出口として一番期待していた玄関は【電子ロック】と【高圧電流】により固く僕らを外界から隔てていた。
玄関脇に備え付けられた【
クビによる夜襲を警戒するうえでも光源の確保は急務だろう。
僕らは玄関前を後にする。
*
6月21日 16:12 〔談話室〕
「うーん、このいかにも古めかしい感じ。埃っぽいレトロな雰囲気は私、大好物です!」
「あはは。シラベさん、元気ですね」
「はい! 事件を前にして沈んでいては、探偵失格ですから!」
玄関から見て右側、屋敷に入ってすぐのところにある部屋。
広さは十畳ほどだろうか。木製のデスクや本棚。壁紙も木目調の落ち着いた色のものが使われており、古い洋館の一室を思わせるこの部屋は廊下側の壁に『談話室』とプレートが掲げられている。
最初の探索でシラベが調査したらしい暖炉もここに位置し、レンガ造りの暖炉が部屋の奥に構えている。その脇には薪や、それを割る用の斧が置かれており、それは僕が暖炉を使用することは無いだろうことを示していた。というか、電気も通ってるのになんで暖炉だけこんな旧式なの? 薪も最初からちょうどいい具合に割っておいてくれ。
ここに僕ら探索班三人は懐中電灯を探しに来ていた。ああ、さっきまで四人組だったろって? コロはさっきの停電の時に恐怖で失神。今は待機班に見てもらっている。うん。メンタル弱すぎるでしょ。
そして、この状況で空気も読まず騒ぎ立てるシラベは社会人として失格だ。もう少し緊張感を持ってくれ。
僕らが談話室の探索を始めること数分。僕らの探す懐中電灯は備え付けの棚の中からすぐに見つかった。シラベはもちろん、僕やヨイトも協力して室内を探索していく。
「あっ。こっちにはランプもあります。シラベさんの方は何か見つかりましたか?」
「はい! この安楽椅子、寝心地がいいですよ!」
……前言撤回。シラベを除いて、僕とヨイトは協力して室内を探索している、だな。
「おい、シラベ。ウチが捜しものしてるのに、なんで探偵のあんたが調査もしねぇでふんぞり返って寝てるんだよ」
「だって、探偵なら誰しも安楽椅子を見たらふんぞり返りたくなるじゃないですか!」
「いや、意味わかんねぇ」
「シラベさん、真面目に仕事してください」
僕とヨイトにすごまれ、ヤレヤレと肩をすくめて見せるシラベ。それはこっちの心情だ。
そのあとも僕らは談話室の中を不審点がないか調べていく。ヨイトは持ち前(?)のピッキングスキルでカギのかかった場所を開けてくれたが、貴金属類が入っているのみで別段怪しいものは見つからない。シラベは部屋の隅に置かれた姿見の前でしきりに探偵帽をいじっている……って何やってんだ、この人。あと、ヨイト。勝手に貴金属をポケットに入れるんじゃありません! やだ、この人たち自由すぎるっ!
「おーーい、テイシさん」
調査を続けていると、僕の身長を優に超える姿見を前に、シラベは振り向きもせず僕の名前を呼んでくる。
「なんですか? シラベさん。いい加減仕事する気になりました?」
「ははは。ひどい言われようですね。気が立っているのかい?」
うん。あんたのせいだよ。僕は言葉に出さずに表情だけで肯定する。
「まあ、そう邪険に扱わないでよ。私もこう見えて頑張っているんですからね」
そういいながら彼女は戸棚の中から見つけたのであろう、コーヒーメーカーを取り出していた。
「さあ、後でおいしいコーヒーでも飲みながら推理談義でもしようじゃないですか!」
「ははは、はあ」
僕はシラベの言葉に大げさにため息をついて見せる。もう駄目だこの人。
「うーん。このロッカーの中も掃除道具しか入ってねぇな。煙突内部はシラベが調査していたし、改めて調査する必要はねぇよな。もう次の部屋に行ってもいいんじゃねぇか?」
掃除道具の入ったロッカーから出てきたヨイト。ロッカーは人が3人は優に入れる大きさで、中には箒や雑巾、バケツのほかに掃除機や高圧洗浄機と言った清掃用の家電も入っている。バタンッとロッカーの扉を閉めたヨイトが僕たちの方によって来る。
そういえば煙突は議論でも話題に上がっていたな。確かに玄関が使えない以上、脱出ルートとして一考の価値はあるだろう。
「シラベさん。煙突内部はどうなっているんですか?」
「うん? ああ。特に何か仕掛けがある様子ではなかったね。ただ、ある程度登ったところに金網がはまっていて、それ以上進めなくなっているんだ。写真撮ってきたんだけど、見てみるかい?」
シラベは自身のスマホを取り出す。ちなみにこの館内は電波が届いておらず外部との連絡を取ることはできないようだ。GPS機能等も役に立たなくなっている。
僕が頷くとシラベは自身のスマホ画面を僕に見せる。
薄暗い煙突内部。煙突の先は蛇行しているようで外は見えない。外の景色を僕らに見せないためだとすれば首謀者は情報管理を徹底しているようだ。そして、その手前側に五㎝程の格子状に穴が開いた鉄板が映っている。とても素手で壊せる代物ではなさそうだし、器物損壊が禁止されている以上破壊しての脱出は玄関同様難しいだろう。
僕が頷くとシラベは端末を仕舞う。
その後もしばらく探索を続けた僕ら。
「ああ、もうウチはこういう埃っぽい部屋は苦手だな」
そして、棚の上部を調べていたヨイトが根をあげる。ゴホゴホと咳をしながら棚の上からヒョイと飛び降りてくる。猫のような身軽さである。
「光源も確保したしもうここの調査は切り上げようぜ」
「うん、そうだね。煙突も脱出口にはなりえないみたいだし、後気になるのは凶器になりそうな斧ぐらいかな」
「うーん。そんなものを凶器に使うのなら食堂に手ごろな刃物はゴロゴロしているけどね」
僕らは見つけた懐中電灯を手に談話室中央に集まった。
「で、次はどこにするよ?」
「私的にはそろそろ死体の調査がしたいです!」
「ということは霊安室、か」
シラベは何気なく発したのだろう。けれども、死体という言葉に過剰反応してしまう僕がいる。
僕は震える手を隠すように手にする懐中電灯を握りしめると、すでに扉から出ようとする二人の背中を追いかけ、談話室を後にした。
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