第4話 喫茶店 その二
「あなたは、これからどうやって生きていくつもり?」
蕗子は唐突に、哲学めいた問を私に投げてきた。
「どうやっても何も、何も変わらないさ」
「……このままじゃあ、何度だって命を狙ってくるわよ? 何か対策でも考えたらどうなの」
「面倒だな」
私はきっぱりと言った。蕗子の顔つきがより一層鋭くなったように感じたが、知ったことではない。
「……僕はねえ、赤川さん。自分の状況を自分自身が最もよく理解しているつもりだ。私自身の見立てではね、僕が仮に連中と正面切ってぶつかっても勝ち目はないだろうと思うよ。そして、私がこれから一生の間、奴らから逃げ切れるとも思っていない。……どのような経緯があろうと私の終着点は死でしかないと思ってる」
「そんな弱気な……」
「これは前にも話しただろう? どのみちこの件の決着は私の死でしかない。向こうもそう思っているだろうし、私自身もそう考えている。……私が持っている選択肢は、『どう死ぬか』だけなんだよ」
「……」
蕗子は押し黙って、私の目を非難を込めた視線で見つめた。
「そんな目で見ないでくれよ」
「……軟弱だわ、そんな考え。それにあなた、この前に会った時にはいい考えがあるって息巻いていたじゃあないの」
「そうだな。まあ、私自身はいい考えだと思っている考えがあるんだ。けれど、多分君が聞いたらきっと怒るだろうと思って、黙っている方がいいと思ったんだ」
「私が聞いて怒るようなことを考えないで!」
蕗子が声を荒げたので、店長が驚いた顔でこちらを見た。私は冷静を装って、カップの中に視線を落としながら苦笑した。
「赤川さん。あなたはきっとこのプランを聞いたら激怒するだろうが、少なくとも私自身は救われると思っているのだ」
「一体、なんだっていうのよ」
「それはまだ秘密だ。目途が立ったら、まあ、何かの機会に話すかもしれないが……」
それから十分ほどして、私は蕗子と分かれた。十分間に飛び交った言葉の数々は、犬の鳴き声よりも情報量の少ない、空っぽで、ちぐはぐなものだった。彼女は何とかして私を奮起させ、生きる道を模索させようと努力しているようだった――彼女自身、それが無駄な努力というものであることを薄々感じているようだったが。私の心にはもう、何一つ響かない言葉の数々。私はもうすでに覚悟を決めてしまったのだ。死に向かって生きることへの覚悟を。
彼女の努力もむなしく、私は死に向かって生き続けるだろう。だが――面と向かってはとても口に出せなかったが、死ぬ向かって歩くことがそれほどに不幸であるようには私には思えない。私の胸中には、難題へと立ち向かう人間に宿るある種の克己心に似た感情が育っていた。
私は確信している。彼女の心配を他所に、私はこれからの余勢を満喫するであろうということを――それがどのような幕引きであろうとも。
トラベルバッグの死神 @kanamek
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