第18話

 ドナールの街から馬車に揺られること一日と約半日程度。セダムの街は、沢山の馬車や荷車で賑わう大都市だった。


「セダムはレーリギオンとヘパイストスを繋ぐ唯一の中継地でな。この通り、物流の要所になってんだ」


 とは旅慣れたカウルの言葉である。

 今更な話にはなるけれど、この辺りで少し地名の整理をしておこう。


 宗教国家レーリギオン。モリスとの会話の中でも何度か出てきた地名だが、それがこの国の名前らしい。でもって冶金国家ヘパイストスというのが、レーリギオンの隣国であり火の大神の聖地であるティンデル火山がある国なのだそうだ。


 ヘパイストスは冶金国家と呼ばれるだけあって鍛治が盛んで、ヴィスベルやカウルの持つ剣もヘパイストスで打たれた品なのだとか。何でも、ヘパイストスで打たれた剣はどれもこれも一級品で、簡単な手入れだけでもかなりの年数斬れ味が落ちない、滅多なことでは折れないし曲がらない、モノによっては魔力すらよく通す名剣ばかりなのだそうだ。まぁ、俺には剣の良し悪しは判断できないので全てカウルの受け売りだけどね。


 ちなみにヴィスベルの剣はヴィスベルの家に代々伝わる由緒ある剣だそうで、カウルの短刀に関しては適当にはぐらかされたので知らない。


 辺りは見渡す限り人だらけで、実に活気のある街である。俺は、地図によると街の丁度ど真ん中にあるらしい噴水に腰掛けて辺りを見回して、次いで大きくため息を吐き出した。


「……やばい、完全にはぐれた」


 初めての大きな都市で、俺ことミカエラは完全に二人からはぐれてしまっていた。ショールームに飾られてたり、壁に無造作に立てかけられてた剣だの盾だのに目を奪われた結果、気付けば近くにヴィスベルもカウルもいなかった。

 取り敢えず自分の場所がわかるようにと大通りに出た結果、人混みに流れ流されてこの噴水広場までやってきてしまったのである。


「地図の見方は向こうと同じみたいだから行く場所さえ分かれば合流できると思うんだけど……」


 お互いにお互いを探し始めたら危険という前世の母親の言に従ってこうして噴水で待ちぼうけている訳だが、俺たちがはぐれたのが多分南側の通りで、今いる場所からは結構遠い。とはいえ今から南側に戻るのは、何か人がごみごみしているようなので遠慮したい。

 ヴィスベル達が人混みに流されてここまでやって来るのを待つのがいいか、はぐれた所まで戻ってみるのがいいか。実に悩ましい所である。


 ぼんやりと、広場の入り口でセダム・ギルドの人が配っていた街の地図を眺める。


 製紙技術の発展具合は相当なのか、向こうで売られている地図帳と遜色ない質感の紙にはこの街の大まかな形が書き込まれている訳だが、観光用の地図だからか知らないが並んでいる店の名前ばかりが所狭しと書き込まれていて正直見辛い。


 でもまぁ辛うじて馬車の発着場が東西南北に一つずつあることはわかった。この中でヘパイストスに向かう馬車が出ているのは東、南、北の三箇所。たぶんこのどれかにヴィスベル達はいるのだろう。俺を探し回っていなければ。


「さて、どうしたものか」


 携帯電話がある訳でもなし、連絡手段が少な過ぎるんだよな、この世界。……とりあえずはぐれた所にまで戻って人に話を聞いてみようか。何か収穫があるかもしれないし。


 あ、そういえば馬車の前に寄るところがどうとかって言ってたような。その筋から探るのがベストだろうか。確か、火の大神の聖地であるティンデル火山に行くのに準備がどうとかって、アスベルの旅装店とかいう所で買い物をするって話をしてた気がする。地図をもう一度見直して、その店を探す。あった。思ったより近くだ。丁度、この広場を出てすぐの所にあるらしい。


 俺は地図をたたみ、アスベルの旅装店に向かって歩き出した。




 アスベルの旅装店は、テントやよくわからない道具、旅装束なんかが所狭しと並べられた所だった。店内は少し薄暗いから、見やすいように明るい導の光を極力光量を絞って使っておく。懐中電灯代わりだ。


 へぇ、テントの構造とかは向こうと大差ないんだね。旅用道具袋とかいうのもある。旅用道具袋は、外見はちょっとしたリュックサックくらいの大きさだったが中を覗いてみると見た目よりも明らかに大容量だ。魔法でも掛かっているのかもしれない。集中してみると、魔力の気配が感じられた。鞄の底の布が分厚くなっている辺りから魔力が流れている感じがするので、多分そこを中心に魔法を付与しているのだろう。


 魔導書の錬金術の項目に、物体に対する半永久的な魔法効果の付与、というのがあった。それによれば、魔力を通しやすいインクに、中級以上の「魔石」……一部の魔物が体内に作るらしい高密度の魔力結晶……を砕いて混ぜ混み、それで魔法式を直接書き込むと式に欠損が出ない限りその効果を発動し続ける道具になるのだとか。


 魔石が周辺の魔力を吸い上げてどうのとかより効率良く魔法効果を付与するには竜種の血が一番良いとかびっしり書いてあったので、あそこはまた読み直す必要がありそうだ。


 なんて色々な品物を物色していると、店の奥からオーナーらしい白髪の男性が出てきた。筋骨隆々という言葉を体現したような老人で、半袖シャツと短パンというラフな格好だ。体の見える所には痛々しい傷跡が多く残っており、その左眼には銀色の眼帯が着けられていた。シャツの襟の辺りに着けられた銀色の十字架っぽい勲章と相まって貫禄がある。彼は何やらしかめっ面で、どうにも偏屈爺っぽい雰囲気を漂わせていた。


「あなたがアスベルさん、でしょうか?」


 問いかけると、アスベルはしばらく俺を上から下までしっかり眺めて、拍子抜けしたようなため息を吐いた。


「……何だ、人間のガキか。とうとうお迎えが来たかと思ったわ。儂がアスベルで間違いないぞい」


 お迎えて。そんなに恐ろしい外見はしていないと思うんだけど。うーん、でも、たしかに薄暗い店舗で明るい導の光を使ってたら雰囲気出るかもしれない。ほら、よくやるじゃん。暗闇で下から懐中電灯で顔照らすやつ。あんな感じ。ともあれ、俺は導の光を消してアスベルに一礼する。


「私はミカエラと言います。あの、ヴィスベルさんとカウルさん……えーと、背の高い赤毛のおじさまと、ブロンドの青年の二人組なんですけど、こちらに買い物に来ませんでしたか?」

「何だ、お前カウルの坊主んとこのツレか。なんだ、はぐれたのか?」

「ええと、まぁ、その……はい。お恥ずかしい話ですが」


 言うと、アスベルははっはっは、と実に愉快そうに笑い出した。


「アレが妙に焦っておると思ったら!くくく、そうかそうか、迷子か」

「わ、笑わないで下さい!それに、迷子じゃなくて少しはぐれただけですし……」


 別に道に迷ってる訳じゃないから、と言い訳。「それも迷子って言うんじゃないの」という思考は見なかった事にして……聞かなかった事にして?わっかんないや。ともかく、どこかに仕舞っておく。迷子だと思わなければ迷子じゃないし、それを言ったら人間は皆生れながらにして人生という雑踏の中で迷子だ。あれ、今何かいい事言った気がする。


「——はー、久々にこんなに笑ったわ」


 そう朗らかに言うアスベル。その眉間に刻まれていた険が取れ、いつの間にかただの気の良さそうなおじいちゃんになっていた。


「まぁ、立ち話も何だ、少し奥に来なさい」


 そう言って、俺は部屋の奥に連れ込まれる。……まだ小さい女の子が老人とはいえ男性の部屋に連れ込まれるのって文章だけ見たら凄い犯罪的だよね。多分そんな要素は一切無いと思うけど。


 そんな失礼な事を考えながらアスベルについていくと、応接間らしい所に通された。中央に大きな机と何脚かの椅子が置かれただけの質素な部屋だ。そこには、気難しい顔で腕を組んでいるカウルと、やはり少し落ち着かない様子のヴィスベルが椅子に腰掛けていた。


「ヴィスベルさん!カウルさん!」


 感極まって、俺は二人に駆け寄った。まさかこんなに早く合流できるとは思わなかった。きっと神樹様のお導きに違いない。あとで女神様に感謝を捧げておこう。


 そう考えつつ二人の下に駆け寄った直後、俺の頭頂部にカウルの拳骨が落ちてきた。


「いったぁ!イキナリ何するんですかぁ!?」


 俺は涙目になって抗議する。せっかく合流できたというのにこの仕打ちである。拳骨が落とされた頭頂部は未だズキズキという熱を伴った痛みが絶えない。ほんとに泣きそうだ。ちゃんと手加減した?あ、してない。そうですか。


「バカ、俺達から離れるなとあれだけ言っただろう。今回は良かったが、次同じことがあったら合流できないかもしれないんだぞ」

「それは、悪かったとは思いますけど。

 ……だからって本気で殴らなくてもいいじゃん」


 最後の小さく呟いた言葉が耳に入ったのか、カウルが額に青筋をうかべたのが見えた。まずい、第二撃がくる。そう身構えた俺に助け舟をだしたのは、意外や意外、アスベルだった。


「おいおい、カウル。この街の大通りは子供なんか簡単に流されちまう激流だぞ。何の対策もなくただ『離れるな』だけってのは不親切が過ぎたんじゃないのか?」

「ベル爺……!」

「だいたいな、てめぇもこの子くらいの歳で初めてこの街に来た時には迷子になっとったじゃないか。その時学んだことの少しでも伝えてやっていれば、もう少しマシな結果になったのではないかね?」

「うっ、そりゃあ、まぁ確かにそうだけど……」


 アスベルの援護射撃は効果抜群のようだ。カウルは複雑そうな顔をしてむむむ、と唸っている。追撃を掛けたい欲が湧いてくるが、落ち着け、俺。ここで追撃の手をだせば「お前が言うな」と更なる拳骨が飛んでくるのは想像に易い。俺はぐっと踏み止まって、勝ち誇った顔をカウルに向けるに留める。カウルが何だか呆れたような目で俺を見た。解せぬ。


「お前なぁ……。まぁいいや」


 何か言おうとしてやめたカウル。何だよ、気になるじゃないか。


「さて、さっきの話の続きだが」


 アスベルに席に着くよう勧められ、俺はヴィスベルの横の椅子に座る。対面では同じように席に着いたアスベルが何やら紙を取り出してカウルに渡していた。


「ティンデルに向かうならこれくらいの装備が必要だろう。てめぇがわざわざ儂のトコに来たってこたぁ、ただのハイキングって訳じゃねぇんだろ?石原を超えるだけならここまで、火山の中に入るならこっから下の装具も必要だ。火山に入れるかどうかは知らんがな」


 紙を指差しながら、アスベルが言う。どうやら紙に書かれているのは必要な装具のリストらしい。覗き込んでみたが、固有名詞ばかりつらつらと並んでいるようで「こういう固有名詞」としか理解できないものが大多数を占めていた。


「やっぱこんな値段になるよな。……大鞄はやっぱり必要かね?」

「おう。最近は魔物も活発化してるって話だから、安全を言うなら外せねぇな。ティンデル石原を超えるなら迷彩テントとヴィジトルの鈴は必須になる。それだけのモン担いで戦うのは無謀ってモンだろ。

 まぁ、てめぇが重い荷物を担いだまま戦えるってんなら別だが?」


 おおう、わからない単語が一杯出てきた。迷彩テントは何となく分かるけど他のがよく分からない。


「んー……。ヴィジトルの鈴とフィヴの護符だが、もうちょい安いのはないかい?」


 ヴィジトルもフィヴも神様の名前だったかな。クリスにせびった物語の中に何かあった気がする。確か、アニマ・ヴィジターは風の属性の女神様で、旅人を良くないものから護る神様で、アニマ・フィヴが生き物が火で焼かれるのを嫌う女神様だったか。いや、それが分かったからって今話に上がってる物品については全く分からないんだけどさ。


 少しでも資金を節約しようとするカウルに対し、アスベルは露骨に眉を顰めて首を横に振った。


「安モンはやめとけやめとけ。魔石を買うならまだしも、金をケチるつもりなら特にな。一晩の効果を維持するだけでもD級程度の魔力をすっからかんにするくらい持っていきやがる。魔力のアテがあるなら売らねぇことはねぇが、そん時は魔力測定してからじゃなけりゃ何があった時に儂が罰せられちまう」

「魔力のアテか……」


 ちらり、カウルが俺の方を見た。大体言いたい事は分かるので一度頷く。カウルはそれを見てか見ないでか、俺の方を親指で指差した。


「コイツの魔力で足りるかな」

「あん?何だ、そのガキ魔導師か?てめぇみたいなのに着いてくんだから剣士見習いか斥候見習いかと思ったぜ」


 剣士見習いも斥候見習いも門外漢なんだけどな。魔法を覚えたら斥候みたいな事はできるかもしれないけど、剣士は無理だ。一回ヴィスベルに頼んで剣を持たせて貰ったが、満足に振る事も出来なかった。せいぜい短剣とか短刀くらいを使うのが関の山だろう。俺には鍛えるような根気も無いしな。……胸を張って言うことではない気がする。


「俺みたいなって、どんな言い草だよ……」


 カウルはカウルで苦笑気味だ。とか言ってもあんまり嫌そうな顔をしていない辺り、二人の間にある信頼関係は相当なものなのだろう。少し羨ましい。


「あんまし人と連まんてめぇのことだからよ、何ぞ弟子でも取ったんかと思ってな。何せ天下の『血塗れ』サマと言やぁ——」

「ベル爺!それはやめてくれって前にも言ったろ」


 カウルが血相を変えてアスベルの言葉を遮った。アスベルも何やらしまった、という顔ですまん、と謝る。見た感じ古い付き合いみたいだから、過去に何かあったのかもしれない。まぁ、詮索はナシだ。突っついた所で何かあるものでもあるまい。

 アスベルが咳払いをする。


「まぁ、何だ。娘、冒険者カードを貸してみな」

「え?ええ、はい」


 言われるまま、俺は自分の冒険者カードをアスベルに渡す。アスベルは覗き込んで、んん、と二、三度見直した。


「F級ってお前、駆け出しの奴を引っ張ってきたのか!?それともまさか、魔導師欲しさに師の元から強引に引っ張り出したんじゃあねぇだろうな?」


 ああ、なるほど。俺の冒険者歴って二日とか三日とかそんなだから、常識的に考えたらびっくりするよね。


 ちなみに補足しておくと、F級冒険者の仕事は主に街の中での荷物運びとかそんなんだそうだ。あとは、魔導師が弟子を連れ歩くのにとりあえず登録させたりするとモリスが言っていたような。


「俺がそんなことするか。……まぁ、事情があって預かってるんだ。それより魔力量は足りてんのか?」


 カウルが言うと、アスベルはそれもそうか、と納得した様子だった。やっぱり信頼関係って凄い。


「む……あー、足りとるどころか充分すぎる位だな。前回の測定値でB+なら余裕も余裕。……ん、属性が光?おい、カウル。このガキ半日借りれるなら少しまけてやらんこともないぞ」


 アスベルが俺に冒険者カードを返しながらカウルに言う。俺は冒険者カードを受け取って首にかけ直す。カウルは突然のアスベルの提案に、少し首を傾げたようだった。


「それは……まぁ、考えないこともないが。何かあるのか?」

「光属性の魔力がちぃと入り用でな。あまりありふれた属性ではないからの。ギルド経由で依頼は出しておるのじゃが、適格者がなかなかおらんのか受注がなくての」


 魔力が入り用とは、ビアンカ婆さんみたいな事を言う人だ。いや、あれの場合は俺の儀式のためだっけ。……いや、何個か全然関係ないものも魔力込めさせられた気がする。


「ベル爺には世話になってるからな……ヴィスベル、構わないか?」

「僕は構わない。ミカエラは?」


 言われ、俺も頷く。魔力を限界まで吐き出すというのは魔力の質や量を向上させるには最も効果的な方法の一つだと魔導書にも書いてあったし。


「私も構いませんよ」


 頷くと、交渉成立と言わんばかりにいい笑顔になるアスベル。あ、そういえば今晩の宿どうするんだろう。滞在するなら必要だよね?


「ところでカウル、今日の宿はもう取ってあるのかね?」


 俺の思っていたのと同じ疑問をアスベルが効いてくれた。ありがたい。カウルの方を見ると彼は「いや、これからだ」と首を横に振った。それを見たアスベルは僥倖と言わんばかりに大きく頷く。


「それじゃあ今夜は泊まって行きなさい。何、部屋は弟子どもが独り立ちしちまったから余ってんだ。それに、ミカエラ嬢には仕事の内容も伝えておきたいことだしの。いくら割り引くかは嬢ちゃんの仕事次第だ」


 アスベルが言うと、一瞬カウルの目の色が変わった、気がした。


「……ミカエラ、無理のない範囲で限界まで頑張れよ」


 先程までと違って何だか優しげな雰囲気でカウルが言う。あまりに現金な態度に、俺は思わず「ええ……」と声を漏らした。


「いや、まぁやりますけど……。そういえば、アスベルさんって何やってらっしゃるんです?ただの店主なら光属性の魔力なんていりませんよね?」


 俺が聞くと、アスベルは「おう、言っとらんかったか?」と首を傾げた。ええ、何も聞いてないですよ、少なくとも俺は。


「うむ、それじゃあ改めて自己紹介をしておこうかの。儂はアスベル。このアスベルの旅装店のオーナーであり、副業で錬金術師と魔導具職人をやっとる。……といっても、最近は副業の方が指名も稼ぎも多いがの」


 どっちが本業かわかったモンじゃないわい、と、アスベルは快活に笑った。

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生まれ変わったら世界樹の巫女……の、妹でした。(仮称) のりにゃんこ @oscar_nyankov

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