第17話
頭が痛い。胸のあたりがぐるぐるしてるのは、懐かしい魔力枯渇の感覚だ。身体を起こしてみると、どうやら宿屋までは帰って来ていたらしい。清潔そうなシーツやら心地よい風に揺れるカーテンが見える。昨日はクエストクリアの証明に札を貰って、それから祝宴があって……ダメだ、美味い肉を食った以外の記憶が無い。
ふと視界を部屋の隅っこにあるハンガーラックに目をやると、俺が昨日着ていた服が綺麗にして掛けてある。その隣には、真っ黒なローブと可愛らしいインナーっぽい服が掛かっている。あれ、俺の服があそこに掛かってるってことは、俺今何着てるんだろ。
寝ぼけ頭で視線を下に向けると、つるんとした真っ白な平原と、遥か下方には同じく純白の不毛の丘が見えた。文学的表現を抜きにしていえば、完全完璧もう言い逃れができないほど全裸だった。
羞恥で顔が真っ赤に染まる。
寝るときだからって下着まで脱ぐか普通?!昨日の俺は一体何を考えてるんだ!?
何だか居ても立っても居られなくなって、俺はシーツで身体を隠した。自分の身体とはいえ目に毒だ。いや、だってほら。まだ慣れないっていうか、慣れたらダメな気がするっていうか。
頭の中でお湯でも沸騰しているんじゃないかと思うほど羞恥心で顔が熱い。
——もうダメ、お嫁に行けない……。
そんな内言が心に浮かび、いや待てと思いとどまる。俺はミカエラで、ミカエラは俺だ。つまり、俺が自分の身体を見ることには何の意味もないということ。うん、ちょっと寝起きで混乱していたようだ。少し落ち着こう。
そう思ってベッドに再度寝転がると、手が何かに当たった。ふに、という擬音でも聞こえてきそうな塊で、マシュマロだか肉まんだかよくわからない、とにかく幸せがそのまま感触になったらこんな感じかなぁ、みたいな柔らかみ。しばらくそれに触っていると、その何かから、正確にはそれが繋がっている何かから「んっ」という音が聞こえた。
そちらに目をやって、俺はゆっくり目を瞑る。これは、多分夢だ。そうに違いない。だって、そうじゃなかったら俺の隣で俺と同じく生まれたままの格好で寝ているモリスがいるなんて……とてもじゃないが信じられない。こんな夢を見るなんて、欲求不満でも拗らせただろうか。そう逃避する俺に、トドメの一言が突き刺さる。
「あ、ミカエラ様。おはよう。昨日は凄かったけど、もう起きて平気なの?」
眠そうに目を擦るモリスの姿はその状況も相まってか非常に倒錯的で、何やら犯罪臭がするくらいに蠱惑的だ。というか、凄かったって何が。身に覚えがないんだけど。
「ごめん、モリー。私、昨日の夜のことほとんど覚えてないんだけど……」
「忘れたの?あんなに激しかったのに?」
待って、何その言い方。何があったんですかモリス先輩。俺、とても気になります。ていうか何もないよね?何もなかったと言って欲しい。
「んー、多分やり過ぎで記憶が飛んでるんだね。あんなに出すから……。いや、お酒のせいもあるか。ミカエラ様まだ12だもんね……」
「ややややり過ぎってなんですか?!あんなに出すってナニを!?しかもお酒のせい?!」
まさかヤッちゃった?!お酒の勢いでヤッちゃったの俺?!何で覚えてないの俺!
何とも言えない悔しさが半分と、もう半分は激しい自己嫌悪が俺の中でじんわり広がった。何故だろうか、何だか誰かに蔑まれてるような気がする。いや待って。本当に身に覚えがないから。
身に覚えもないだし俺がそんなことするはずないし、お酒が入ってて責任能力が云々、と、誰だかわからない弁護人兼原告兼裁判官兼検事さんに告げる被告人俺。果たして告げられた宣告は……
「ほんと、自分の魔力が空っぽになるまで魔法を使うなんてさ。お酒で気が大きくなったのは分かるけど、そういうところ制御できないと技量はあっても魔導師としては二流以下だよミカエラ様」
「……へ?魔法?あっ」
言われてだんだん思い出してきた。そうだ、確か俺は昨日、心が昂ぶるままに花火を模した明るい導の光を大量に打ち上げて……何だかよくわからないうちに倒れてしまったような気がする。
無罪だった。やった、やっぱり俺は無罪だったんだ!身の潔白が証明された!俺はホッと息を吐いて平らな胸をなで下ろす。
「……どうしたの、ミカエラ様?」
「あ、いや……。何で裸なのかな、とか、ね?ちょっとほら……恥ずかしいし」
「あぁ、ミカエラ様睡眠時は着衣派なんだ。服なら、洗浄の魔法かけるのに脱がしただけだよ。……あ、ナニもしてないから安心して欲しいな」
ナニかって何でしょうね?ベッドで寝る以外に何をするというのか、ミカエラさんには思い付きません。きょとんと首を傾げていると、モリスは少し顔を赤くして俯いた。
「ミカエラ様がまだ子供なの忘れてた……。もうっ!何であんなこと言っちゃったかな、あたし! ごめんなさい、ミカエラ様!さっきのあたしの言葉半分くらい忘れて!」
「え?うん、わかった」
早朝一番の修羅場を切り抜け、着替えた俺達は階下に降りる。モリスが洗浄の魔法をかけてくれたからか、服は新品のような着心地だった。今度魔導書で洗浄の魔法探しておこう。アレはきっと精神的にも物理的にも衛生面に優しい魔法に違いない。
持ち物も確認したが失せ物とかもなし、乳白色の札もしっかりポーチに入っていた。
俺達が宿泊していたのはギルドの女子寮だったようで、モリスに連れられるまま食堂まで行くとミア、ノリス、ベラといった面識のある女性の他にも何人かの綺麗なお姉さん方が迎えてくれた。女性ばかりで少し緊張する……かと思ったが、よく考えなくてもミカエラの家は女所帯。慣れてしまっているのか特に何も思うことはなかった。何だろう、ちょっと寂しいような。まぁいいや。
朝食は昨晩と違って実に質素なものだった。塩で味付けしたきのことかのスープとパン。あとはベーコンと大きな卵の目玉焼き。結構美味しい。
食事を終えて、俺達はギルドの窓口に向かう。女子寮はギルドの建物の裏に建っているようで、従業員以外立ち入り禁止と看板がかけられた扉からギルドの裏口に到着。用意周到なモリスがヴィスベル達には連絡しておいてくれたようで、二人はギルド一階の食堂で待っていた。俺はモリスと別れ、二人の元へと駆け寄る。
「すいません、心配をおかけしたようで」
「なに、祝いの席じゃよくあることさ。体は大丈夫か?」
「ええ、まぁ。ちょっと魔力切れの気持ち悪さが残ってるくらいです」
気を付けろよ、とカウル。俺は面目無い、とだけ答える。おっかしいなぁ、酒なんか飲むつもりはなかったんだが。
そのままギルドで昨日の札を提出し、報酬を受け取る。渡された小袋の中には銀貨や銅貨が入っていたが、貨幣の価値は解らないので全部ヴィスベルにお任せである。とは言え、お金の数え方とかも教わらないとだな。
道中暇があったら教えてもらおう。
ギルドの建物から出ると、よう、とノリスに声を掛けられた。後ろの方に見たことの無い鎧の冒険者と、あと綺麗なローブを着たモリスが控えている。
「昨日は助かった。改めて、礼を言わせてくれ」
鎧の冒険者が一歩前に出て言った。誰だっけこの人。三人で顔を見合わせていると、彼の後ろでノリスとモリスが吹き出した。
「そいつはビリーだよ、ヴィスベル。ったく、だからビルの方で来た方が良いっていったのにさ」
「うっせぇ!いちいち着替えんの面倒くさいんだよ、ったく……」
言って、鎧の男、ビリーがフルフェイスの兜を外した。
「俺達も次の仕事があるからよ、こうして出会えたのも何かの縁だろ?挨拶くらいしとこうと思ってな」
「ああ、それはわざわざありがとう。僕らもちょうど出発しようと思っていたから、ちょうど良かった」
「お前らはセダムに行くんだったな。あぁ、セダムといえば、冶金国家に行くなら気を付けな。最近魔物が凶暴化してるそうだから」
言われ、俺は少し驚いた。冶金国家ヘパイストス。俺達が目的地にしている、火の大神の聖地がある場所だ。何で俺達の目的地が分かったんだろう。
「情報ありがとう。助かるよ」
「おう。そんじゃ、またどっかで会った時はよろしくな!……あぁ、くれぐれも俺達の趣味は内密にな?正体を知られないことに意味があるんだ」
それだけ言って、ビリーは兜を被り直した。
「じゃあな。おう、あとちっこいの。昨日のアレ、面白かったぜ」
昨日のアレというのは多分花火もどきの事だろう。それはどうも、と言っておく。本当に用件はそれだけだったらしく、ダスティ・ハウンドはそのまま街の出口に向かって行った。
別れ際、モリスがこちらを向いて、小さく手を振ってくれたのでこちらも手を振り返しおく。短い間ではあったが、何だかんだでモリスと居るのはなかなか楽しかった。またどこかで会うことがあれば、その時はまた魔法の話でもして盛り上がろう。……その時までには、もう少しこちらから振れる話題を作っておきたい所だ。
「……それじゃあ、僕らも行こうか」
ダスティ・ハウンドを見送って、俺達は彼らが出たのとは別の出口に向けて歩き出した。
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