第16話
「ノリスっ!」
ドナールの街の入り口付近に辿り着いた頃。何処とは言わないが立派な双子山を揺らして駆け寄ってきたベラがノリスに抱き着いた。
斥候職らしい地味で身軽な装備だと思っていたが、よく見たらボディラインがしっかり出てたりしてなかなかどうして、破壊力抜群じゃないか。眼福眼福。
そんな風に眺めていると何処からか「ヘンタイ」と酷く冷たい口調の罵倒が聞こえたような気がしたので一度小さく咳払いをする。
改めてベラとノリスに目をやると、目を赤くしているベラの頭をノリスが撫でているところだった。どちらも満更ではなさそうで、何だか
ベラさんが走ってきた方を見ると、武装した冒険者が数十名、後に続いているのが見えた。ベラは斥候として随分先行していたらしい。武装した冒険者の中には、護衛クエストの時にも見かけた新米の顔がいくらか混じっていた。なに、あいつらもベテラン勢だったの?
こそっとカウルに聞いてみると、別にそんなことはなかったらしい。
「直接戦闘に参加できなくても長期戦になれば拠点の防衛とかで人手がいるから、危険な討伐クエストは裏方専門の限定で新米も受注できるようになってんだ」
結構総力戦気質なんだね、冒険者ギルド。もっとモンスター狩猟ゲーム的に少数で動く感じ想像してたよ。
ごほん、とベラの後ろからギースが諌めるような咳払いをした。それで我に返ったのか、ベラが顔を赤くしてノリスから離れる。離れ際にノリスが何か囁いて、ベラが益々顔を赤くした。何言ったの?ねぇ。
「ご無事なようで何よりです、ノリス殿。……討伐された個体の頭部を確認させて頂いても?」
「おう。馬車に積んである」
ギースの質問に、親指で馬車を指しながら答える。俺は馬車に向かったギースの後に続いて、馬車の扉を開ける。ありがとう、とギースが俺の頭に手を置く。うん、ありがとうはいいんだけど子供扱いはやめてください。ミカエラはたしかに子供だけど。
馬車の中に入ったギースは片目の潰れたワイバーンの頭を何やら書類と見比べながら色々チェックして、うん、と大きく頷いた。ギースが馬車から出たのを見計らって扉を閉めて元の場所に戻ると、ギースは少し緊張がほぐれたらしい笑みでノリスに向かっていた。
「個体名『隻眼の紅』、討伐を確認しました。ありがとうございます、ダスティ・ハウンド」
そのギースの言葉には単に事務仕事以上の安堵と感謝が垣間見えて、その隻眼の紅とやらが彼らにとって特別だったのであろうことが伺える。後ろの方からワッという歓声と、何やら拍子抜けしたような落胆の声が聞こえた。そりゃそうか、仕事だと意気込んで来たらもう終わってるって言われたんだものな。
「ギルドも気が気じゃなかったって事ですよ、ミカエラ様。なにせドナールの冒険者の最高ランクはB級で、そのB級冒険者が一人、アレのせいで冒険者人生断たれたそうだから。あたしたちならともかく、C級以下の冒険者が活動するのにそんなのが闊歩してたら怖いでしょ?」
とモリスの耳打ち。うん、君、その発言俺がF級なの理解してないね?そのことを言ったらミカエラ様は自分の身は守れそうだし別にいいでしょ、とか返された。解せぬ。まぁビアンカ婆さんのお陰で防御と支援魔法ばっか沢山覚えてるからそこらのF級冒険者に比べたら防御力は高いんだろうけど。そういえば攻撃魔法一つしかしらないや。今度調べておこう。
そんな事をぼんやり考えながら帰宅ムードの集団に合流。馬車を引く馬とかワイバーンを運ぶ荷台は彼らも準備していなかったようなので浮揚の輪は解除しない。派遣されてきた冒険者がおっかなびっくりといった様子で馬車とワイバーンに引っ掛けてある縄を掴んで引っ張っているのが見えた。この人数ならちょっとくらい出力落としても良いかな。やっぱ出力の調整面倒だからこのままにしとこ。
カウルとヴィスベルはギースに呼ばれたらしく、先頭の方でノリス・ベラを含めた五人で並んで歩いている。ビリーとモリスは当然のように俺の両脇にくっついていた。……あ、そういやこいつら新米のフリしてるんだっけか。
「ミカエラちゃん!モリス!」
集団の真ん中の方に迎え入れられると、護衛クエストが一緒だった新米冒険者達がわらわらとこちらに寄って来た。
「お前らいなかったから逃げ遅れたかと思ったぜ!無事で良かった」
皆口々に良かった良かったと囁き合う。短い間だったが、俺も仲間として受け入れてくれていたみたいだ。ちょっと嬉しい。あっちの学校とかだと既に出来上がってるグループに入るのは至難の業だったから心配していたのだが、この世界の冒険者界隈はそうでもなかったらしい。まぁ、行きずりで同じクエスト受けるとかありそうだものな。
「なぁ、俺もいなかったんだが?」
「ビル?あぁ、そんな奴もいたな。野郎の事までは見てなかったわ」
「てめっ!後で一遍シメてやっからな!覚えとけ!」
さっきまでの歴戦の勇士っぷりをかなぐり捨てたビリーの様相に思わず呆れる。横目でモリスを見ると、何やら彼女も「怖かったよー」と何やら初心者風の演技をしている。ただし大根だ。
「それで、カウルさんとヴィスベルさんが隙を突いてワイバーンの翼膜を切り裂いて……」
どうやらそのまま武勇伝大会に移行するようだ。気が付くと話もノリスがヴィスベルとカウルの協力の元ワイバーンを叩き落した所に差し掛かっていて、ノリスの一撃でワイバーンが落ちた所で歓声が上がった。
「……そういえば、ダスティ・ハウンドって三人のチームだったよな。何でノリスさんだけしか来てなかったんだ?」
「あー、それ? 何か、セダムで合流してから討伐に向かう予定だったんだって。でも途中で遭遇しちゃったから……」
白々しくモリスが言う。偽名とか使ってないみたいだからすぐバレると思うんだけど、どうやらモリスもビリーもよくいる名前だからかバレてはいないようだ。……いや、まぁ新人としてブロンズのギルドカード持ってる人がS級だなんて思わないよな。
ギルドカードはD級までがブロンズ、C,B級がシルバー、A級がゴールドでS級はプラチナと、その色が変化する。これ見よがしに首からブロンズのカードを下げている二人が実S級パーティの一員だなんて、普通は考えもしないだろう。因みにヴィスベルはシルバーでカウルはゴールドだった。地味にA級だったんだね、カウルって。
「そういえば、ミカエラちゃんは全然なんともなさそうだよな。怖くなかったのかよ?」
モリスの武勇伝に耳を傾けている俺に、ひとりの冒険者が聞いた。すると、ほかの冒険者も興味がそっちに移ったのか皆一様に俺の方を見た。
「んー、何というか、あまり実感がなかったんですよね。防御魔法とかで身を守ってる間に全部終わってたので」
実際、全力の硬き護りの殻を使っていればワイバーンの火球は無傷で受けられたし、一枚では止まらなかったとしても割れる前に二重三重の護りの殻を用意しようと思えばできた。あの強そうな爪とか尻尾とかが飛んできたら危なかったかもしれないが……まぁ、結局飛んで来ることは無かったしなぁ。
いうと、皆はどこか納得した様子だった。
「たしかに、ミカエラちゃんの防御魔法は凄いもんな。ブラッドウルフやファングラットの突進じゃあ傷一つつかなかったもんな」
ファングラットは牙が異様に発達したネズミみたいな魔物で、森の中で何度か遭遇した奴だ。素早く近寄ってきて大きな牙で噛み付くという結構面倒な魔物だったが、身体を覆える大きさの硬き護りの殻や広き守護の盾を使えば攻撃を防ぐのは簡単だった。
「防御が硬い回復魔法の使い手って、パーティに1人居たらかなり楽そうだよな」
「わかる!俺もヒーラーとパーティ組みテェー!」
「でも回復魔法使える冒険者って大体治癒院のクエストに回るだろ?清潔、安全、高給の超優良クエストだし、そんなの蹴ってお前のパーティに入りたがる奴はいねーよ」
「くっそ、ミカエラちゃんがフリーだったら絶対誘うのに!」
そこからは理想のパーティメンバー談義だった。何やら有名らしいA級以上のパーティの構成を挙げては俺ならどーだのお前はこーだのとどんどん賑やかになっていく。
周囲のベテランの人もそれを微笑ましく眺めていて止める気配はない。彼らにしても通って来た道、という事だろうか。普通に魔物も出てくる森の中だからもうちょっと静かに歩いた方がいい気はするんだけど。そんな風に思っていると、何故だか俺の思考を読んだらしいモリスが俺の耳元で囁く。
「ミカエラ様、この辺りはもうドナールの魔物除けの範囲内だからそんなに警戒しなくて平気だよ」
魔物除け。なんとそんなものがあったのか。言われてみれば、街から出て一時間くらいは魔物と出会うこともなかった気がする。そういう事だったのか。また今度ヴィスベルに聞いておかないと。神樹様暮らしだったミカエラには知らないことが多過ぎる。
そんな感じでドナールの街に入ると、辺りに割れんばかりの大歓声が響く。あまりの大音量に頭の方が割れそうだ。俺が目を瞬かせていると、ほら、ミカエラ様も手を振って、とモリス。言われるがまま手を振ってみる。手を振るっていっても、前世でテレビ越しに見た某国大統領とか某国ロイヤルファミリーとかあんな感じのしか知らないからそんなのを見よう見まねである。いや、そもそも何の大歓声だよ。あ、ワイバーン討伐のか。だって後ろに思いっきり死体引いてるもんな。
そのまま冒険者の流れに付いていくと、広場的な所でしばらく待たされる。馬車は馬を連れた人が来た時点で魔法も解いてどこぞに運ばれていったし、ワイバーンは広場の真ん中で放置されたのでこちらの魔法も解除しておく。魔法を解いた時にどしん、という振動が少し離れたここまで伝わって来て、ワイバーンがどれだけ重かったのかということが伺える。そんなものを簡単に運搬することを可能にする魔法って凄い。
そのまま待つこと数分、どこかから運んでこられた朝礼台、まぁ小学校とか中学校とかの運動会なんかで校長先生が登る感じの、何か台みたいな奴に壮年のおっさんが登壇する。ざわ、と新米冒険者の間で衝撃が走った。
誰?とモリスに聞くと、「ドナールギルドのギルマス」と実に簡素で素っ気ない返事が返ってくる。あんな筋肉ダルマより副ギルマスのエディさんを連れてきて欲しかった、とモリスが続ける。
そのエディさんてどんな人?綺麗系のお姉さん?マジか。それは残念だ。
「あー、大体の奴は知ってると思うが、俺はこのドナールギルドのギルドマスターを任されているバレル・マスクールだ。
まず、今回の緊急クエストに参加してくれた冒険者諸君に感謝を。平均ランクがE級、中には偶然巻き込まれてしまったF級冒険者もいたそうだが、皆怪我もなく無事に帰還してくれたことを喜ばしく思う。そして、憎き隻眼の紅を下してくれたダスティ・ハウンドのノリス・ウェイン殿、並びこの場には居られない他のメンバーと、A級冒険者カウル・ラローシュ殿、B級冒険者のヴィスベル・ライトマン殿には特上の感謝と御礼を申し上げる。
さて、今回の緊急クエストだが、関わった全ての冒険者に報酬を用意しているから、この場で配布される札を後で受付に提出してくれ。それじゃあよろしく頼む」
バレルの言葉で、ギルドの制服だろうカッチリした服に身を包んだ人達が札を持ってやってくる。中には昨日見たミアもいる。ヴィスベル達に札を渡していたミアは、遠目でもわかるくらい目元を赤くしているように見えた。
俺の所にも優しげな風貌の男性職員が札を持って来たので受け取る。俺は殆ど何もしてないけど、貰えるというのだから貰っておこう。便乗と協調、ついでに流行りに乗っかるのは楽しく生きるコツだって死んだ祖父も言っていた。……あ、前世の方ね。ミカエラの祖父はミカエラが物心つく前にお逝きになっているので面識はない。
札は乳白色の金属っぽい質感の小片だった。失くさないようポーチの中にしまっておく。
「札を貰っていない者は……無いな、よし、それでは諸君!改めて、今回の任務、ご苦労だった!今日はギルドの出資での祝宴を予定している!酒も肉も飲み放題食い放題だ!隻眼の紅と遭遇した者もしていない者も、自らの幸運と明日からの功績を祈って奮って参加して欲しい!諸君ら肉も酒も好きだろう?!」
バレルが宣言すると、冒険者達が一斉に沸いた。
祝宴はまさにお祭り騒ぎと言った様相だった。会場はどこかと思いきや、バレルの掛け声一つで広場が宴会場に早変わり。街の人達が皆、とんでもなくいい笑顔で料理と机を運んできた。無駄に統制が取れた動きで実にテキパキと準備を進めていたことから、多分このような祝宴は頻繁に行われているのだろう。お酒も、俺は知らないしミカエラは未成年なので飲まないが上等のエールだのビールだのが持ってこられたのか皆すごく喜んでいる。いや、冒険者はタダで飲めるのが嬉しいだけかもしれないが。
俺はひとまず近場にあったブドウジュースをちびちび飲みながら、巨大な骨つき肉、まぁ所謂マンガ肉とかこんがり肉とかそんな名前がついてそうな肉を齧る。ミカエラの口は小さいので全力でかぶりついても虫が食べたような可愛らしい噛み跡しか残らないんだけどね。良い感じの塩加減で焼かれているのでとても美味しい。しかも柔らかい。豚っぽい味だけど何の肉かな。ちょっと気になる。
遠くの方でビルが半裸で裸踊りをしているのが見えて、つくづくノリが良い男だと呆れる前に感心した。……隣でカウルまで脱ぎそうになっているのは見なかった事にしよう。
ヴィスベルは半分引きながら近くの冒険者達と談笑しているようだった。
ノリス?あぁ、祝宴が始まった瞬間にはベラと二人でどっかに行ってたよ。どこで何してるかは知らないけど、会場から出るときにはビールの入ったジョッキと料理の皿を持っていたので抜け目ないなぁとだけ思った。
でもって、ノリスの妹のモリスだが、彼女はなんか俺の隣でひたすら俺が展開した優しき癒しの光の展開式を模倣しようと自分の展開式と重ねてみたり眺めたりと忙しそうだ。といっても、目なんか新しい玩具を貰った子供みたいにキラキラさせててとても楽しそうである。ちなみに、食事のために両手が塞がっているので展開式は肩の辺りから出力している。魔法の出力はイメージと魔力操作次第なので少し慣れればどんな所からでも出力できるのだ。
「うーん、ここがこうで、ここがこうでしょ?この式がこの意味だからー……あ、こうか」
「楽しそうな所悪いんですけど、食べないと無くなりますよ?」
「あたしのご飯はコレだから」
「左様で」
まぁ、せっかくだから肉のひと塊くらいは取っておいてあげよう。
「ミカエラ様はさ」
とうとうメモ帳を取り出してスケッチを取り出したモリスが俺に声をかける。俺は「なに?」といってその言葉に耳を傾けた。
「うん、失礼とは思うけど、あんまり旅しそうな感じじゃないよね。どっちかっていうと、教室の隅っこで本読んでそうな感じ。お上品っていうか、なんていうかさ」
それは多分勘違いだと思う。少なくとも俺は上品とは程遠いし。それに、確かに前の
アンリエッタが拐われてなかったとしても、いつかきっと神樹様からは降りていただろうとも思う。あそこは、贅沢な話にはなるがミカエラにとってあまり居心地のいい所ではなかったから。
よく出来る兄姉と比較される、というのはよく聞く話だが、比較すらされないというのはそれはそれで苦痛なものだ。少なくとも、
「私は別にお上品でもないし、教室の隅でじっとしてられる程大人しくもないよ。それどころか、多分男子と混じって校庭を駆け回ってると思う」
「ふふっ。確かに。よく考えたら、カウルさんやヴィスベルさんより先に飛び出して来たのはミカエラ様だったっけ。馬車で本ばっか読んでる印象が強過ぎて忘れてた」
初対面の印象がその後の印象を決めるとかって聞いた事があったが、どうやらちょっと違ったらしい。
「このレーリギオンで、ううん、旧ロンディオ領全部含めても
場違いな感想にはなるけれど、これだけの内容を噛まずに一息で言えたモリスは凄いと思う。推測の内容は、半分くらい大きくズレているけれど。
多分、この子はとても優秀な魔法使いなんだろう。話し振りからして、ちょっと良い学校も出てるのかもしれない。俺にしてみれば、この世界観でモリスが旅をしている方が不思議だ。俺はカウル達から聞きかじりの、本当に僅かな事柄しか知らないけれど、多分ただの平民が学校に行けるほど進んだ世界ではない……と思う。それはさておき、旅の理由か。アレって言っても良いのかな。良い気もするけどダメな気もする。聞こうにもヴィスベルやカウルはあんなだし……。ちょっとぼかして伝えるくらいなら平気かな?
まぁ、まずはモリスの誤解を解く所から始めようか。
「うん、旅の理由についての話の前に、モリスさんの……モリーの誤解から解いておかないとね。
大前提、私が生まれ育ったのは何処にでもある……訳はないと思うけど、大きな樹の上なんだ。それで、魔法はそこのお婆ちゃんに教えてもらっただけ。だから、モリーが思ってるみたいにやんごとないお家の出身って訳じゃないんだよ。それで、旅の理由だけど——」
これなぁ、何て説明しようか。世界を救う旅?なんて言ったらダメな気がするし、邪神討伐なんて言ってもダメだと思う。だってヴィスベル達から「言ってよし」の許可貰ってないし。俺はもう二人から許可されてないことはやらないって決めたんだ。俺が勝手にやろうと思った事は大体全部迂闊な気がするし。となると、言えるのは……こんな感じか?
「——遠くに行ったお姉ちゃんを連れ戻す。連れ戻して、お父さんとお母さんの所に二人で帰る。それが、私の理由かな」
うん、見事に俺の個人的な理由だけだな。でも何かこれで良い気がする。そうだよ、俺はアンリエッタさえ助けられればそれで良いんだから。
「あれ?」
何だろう、急に地面が揺れてきた感じがする。地震だろうか。いや、でも他の人たちはみんな平気そうだし……?なんだろ。取り敢えずカップに残ったブドウジュースを飲み干す。それにしても美味いブドウジュースだよな、これ。何かもう香りが凄くいい。味は、ちょっと苦めだけど風味が凄く、なんていうか、なんだろう。芳醇?とかそんな感じだ。
「……ミカエラ様?大丈夫?顔赤いよ?」
「へ?ぜんぜんヘーキだけどぉ?」
なんだか心配そうにモリスが俺の顔を覗き込んでくる。なんだよ、俺がそんなに元気なさそうに見えるのか?うーむ、別に体調が悪いなんてないんだけど。むしろ調子はいいくらいで。
「そんな元気なさそうにみえるぅ?」
「いや、ちょっと待って。ミカエラ様お酒臭い……ってまさか!?ちょっと、ミカエラ様のカップにワイン注いだの誰!?」
「あは。あはははははは!」
モリスが何か言ってる。何だろう、何でもない事だと思うんだけど、面白くって仕方がない。祝宴が始まってどれくらい経つかな。ちょっと日が落ちてきた気がする。せっかくのお祭りなのに暗くっていけねーや。
「暗いなぁもー!明るくしてやるー!《明るい導の光》ぃ♫!」
全力の魔力を込めて、導の光を頭上に打ち上げる。これも色変えられるんだよね。赤とか青とか緑とか黄色とか。せや、花火にしよう。そうだ、それがいい。
「たーまやー!あはははは!」
遥か上空で爆ぜる光。魔力の残滓がぱらぱら光って落ちてくる。とても綺麗だ。二発、三発、四発、五発。魔力の続く限り花火を打ち上げる。楽しくて楽しくて仕方がない。あたりは弾けた導の光のかけらで明るく光っていて、このかけらは多分夜通し光り続ける事だろう。導の光は燃費が良い照明魔法だが、体から切り離してもしばらく、というか結構な時間光を発し続けるのだ。
遠くの方から「いいぞ、もっとやれ」と囃し立てる声。いいぜ、やってやろうじゃねぇか。
「んー、《広き守護の盾》ぇ♩、《明るい導の光》ぃ♫、詰め込めるだけ夢詰め込んでー……《浮揚の輪》ぁ♬から、はいどーん!」
球形に展開した広き守護の盾の中にありったけの明るい導の光を詰め込んで、浮揚の輪で浮かせて身体強化魔法まで使って大空に蹴り上げる。魔法に質量なんて無いので、浮揚の輪と身体強化魔法に押し上げられて夢の詰まった守護の盾は雲の手前まで跳ね上がる。俺が効果を維持できる距離を離れたことにより、守護の盾が瓦解していくのが見える。するとどうなるか。中にたらふく詰め込まれていた導の光が、押し出されるように外に出る。あとは、さっきまでとは比べものにならないくらいの光が空を染め上げる。雪のような光のかけらが落ちてきて、世界を明るく染めてゆく。
愉快愉快!はっはっは、これだけ豪快に魔力を使うと気持ちいいなぁ!
くらり、小さな目眩がする。いや、体調は絶好調の筈だ。それじゃあ、これは何の目眩だ?
「あ……」
魔力、どれくらい残ってるっけ。身体は何だかポカポカしているが、それは魔力が循環しているあの感じでは無い。何というか、体温が上がっているだけみたいな。あれ、これもしかして、魔力使い過ぎた?
硬き護りの殻でも出して残量を把握しようと手を伸ばしてみると、ぶすん、という(多分)幻聴と共に体に残った僅かな魔力が吐き出される。途端に、胸の下あたりでぐるぐるとした飢餓感とも吐き気ともつかない嫌な感覚がする。視界が歪み、意識がぐにゃりと捻じ曲がるような感覚。
「きゅう……」
結局意識を保てなくなって、俺はその場に崩れ落ちた。
「ミカエラ様ー!?」
意識の途切れる瞬間、そんな風に叫ぶモリスの声を聞いたような聞かなかったような。ともかく、俺は白とも黒ともつかない意識の空白に落ちていったのだった。
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