第15話

「いやに手際が良かったなぁ、ノリスさんよ?」


 ワイバーンが倒れて数分程。長い沈黙を破ったのはカウルだった。何やら剣呑な雰囲気でノリスを見ている。一触即発数秒前という雰囲気で、俺は慌てて二人の間に入った。


「ストップ、ストップ!カウルさんも何でそんな険悪な感じで突っかかってるんですか!ワイバーンは倒せたんだからいいでしょう?!」

「倒せたから良かった、は結果論だよ、ミカエラ。僕も少し聞きたいかな、ノリスさん」

「ヴィスベルさんまで!?」


 剣を納めたヴィスベルもカウルと同様、ノリスに厳しい視線を向ける。マジかよ。


「最初っからおかしいとは思ってたんだ。ただの護衛クエストにしては不釣り合いなやり手が三人。しかもその内二人は実力に不相応に安っぽい装備だ」

「え?」


 カウルの言葉に、俺は首を傾げる。カウルがやり手と称したのは、ノリスとベラ、それからギースの隊長格三人の事だと思っていた。だが、三人は見るからにいい装備だし、見る限り安っぽいというのは思わなかった。


「流石はカウル殿。説明不足は悪かったよ。でも、確証が無い事を同業者とはいえ行きずりの旅人には話せないだろ?」


 何だか悪戯っぽくノリスが言った。話について行けないんですが?ね、わかんないよね、と遠くのモリスに目をやると、モリスは申し訳なさそうに小さく微笑む。


「騙したようになってしまって申し訳なかった。最初から説明するよ」


 こちらに歩いてきたビルが、何やら訳知り顔で言った。


「改めて自己紹介を。俺達はドナール・ギルドからの依頼をうけたS級パーティ、『ダスティ・ハウンド』。

 俺がリーダーのビリー・ローガン。こっちがノリス・ウェインで、こっちがモリス・ウェインだ」

「え?ええええええぇ?」



 何が何だかわからない。だれか俺に分かるように説明してくれ。


 まず、カウル達と情報共有をしてわかった事。カウルがやり手と評価したのは、ビリー、ノリス、モリスの三人だったという事。


 次に、これはダスティ・ハウンドから得た情報。

 最初にブラッドウルフに襲撃されていた時、モリスが硬直しているように見えたのは実は魔法の詠唱をしてただけだったってことと、彼らはこの真っ赤なワイバーンを討伐しに来ていたということ。


「はい質問」

「うん、何、ミカエラ様」


 モリスは変わらない笑みを浮かべて俺を見ている。何で様付けなんだろうと思うのはもう諦めた。


「何でビルさんとモリスさんは新人冒険者のフリをしてたんですか。あとノリスさんはA級だって昨日は聞いたような気がするんだけど」

「アタシのは必要な措置だよ。今回ダスティ・ハウンドが活動してるのは内密だったから、ノリス・キエルっていう架空のA級冒険者のカードをギルドから渡されてたんだ」


 S級冒険者が来てるなんて知ったら街がパニックになるだろ、とノリス。なるほど、たしかに言われてみれば。


 冒険者ギルドが規定している階級は基本的にはF〜Aなのだが、相当功績を積んだ歴戦の英雄達には更にその上の階級であるS級が与えられることになっているのだと、昨日ミアから聞いたのを思い出す。


 S級冒険者は全冒険者の中でも1%にも満たない少数精鋭だそうで、全冒険者の憧れの的であり、何かあった時には真っ先に頼りにされる戦力なのだとか。つまり、彼らが活動しているという事実そのものが「何かあった」という証左に他ならない。そう考えると、そういう特別な措置は必要なのだろう。


「それじゃあお二人も?」

「いや、コイツらの場合は……」

「趣味です」

「趣味だな」


 ノリスの言葉を遮って、二人が殆ど同時に答える。実に理解に苦しむ趣味だ。もう少し詳しく説明してほしいな、という目で二人を眺めてみたが、どうやら察してはくれないらしい。ノリスの方を見やると、彼女ははぁ、と深刻そうなため息を吐いた。


「……コイツらは行く街行く街で新人冒険者のフリして遊ぶのが趣味の変人なんだ」

「えぇ……?」


 変人。その一言で片付けてしまうのはどうなのか。

 そんなノリスの言に真っ先に食い付いたのは、ノリスの妹であるモリスだった。モリスは憤慨したという様子で頰を膨らませている。何だお前可愛いな。


「変人なんてやめてよ、お姉ちゃん。私はただ、色んな人と仲良くなりたいだけだもん!変人なのはビリーだけだよ!」


 びし。自分の隣に立つ男を指差して、モリスが言う。ビリーは自分の方に向いたモリスの指をどかすと、やれやれと首を横に振る。


「ばっか、俺はだな、俺の噂を聞くのが趣味なんだ。だから別に変人じゃない」


 いや、どっちも変人だよ。間違いなく。これ以上突っ込んでも疲れるだけな気がするのでこの件についてはもうおしまいにしよう、そうしよう。


「あっ、でもミカエラ様の新式魔法モダンが凄いってのは本当だよ。最初の防御魔法なんて、奇跡かと思うくらい完璧なバランスだったし、さっきビルの盾に掛けてた付与魔法なんてもう、最っ高過ぎて魔法の詠唱忘れちゃったもん!」


 うっとりした様子のモリス。なんだろう、凄いマッドな雰囲気がする。


「あれは凄かったな!スカーレットの火炎をあそこまで軽く受けられたのは初めてだった!」


 がん、盾を叩いてビリーが言う。ソウデスカソレハヨカッタデスネ。何だか二人はそのままよくわからない事を語り始めたので、俺は二人から目を離し、ノリスに視線を戻す。普通に情報交換するならノリスが適任だろう。


 現に、ヴィスベルとカウルはさっきからビリー達に見向きもしていない。そのスルースキルを俺にもちょっと分けてほしい。


「ベラさんとギースさんは?」

「ありゃギルドの職員だな。冒険者上がりなんだろうが、ただの冒険者には品が良すぎる」


 カウルの言葉にその通りだとノリスが頷く。


「おうよ。アンタの言う通り、アイツらはギルドから派遣されてる職員でアタシのダチだ。元B級冒険者だから、いざという時に新米どもを逃がせるように付けてもらった。こんな辺境にスカーレットワイバーンが出現なんてコトだからな、こっちに来て二ヶ月、二重三重に策を重ねてきた訳よ。しかもアンタらの加勢のお陰でかなり楽になったしな!」


 ガハハと豪快に笑うノリス。対するカウルは、呆れてものも言えないと言った様子だった。


「ったく、スカーレットワイバーンが道中に出るなんて知ってたらもうちょい準備したのによ」


 カウルがボソリと言った言葉にノリスが苦笑する。


「まだ不確定な情報で街を混乱させる訳にはいかないだろ?」


 まぁ確かに。スカーレットワイバーンがどの程度の脅威なのかは知らないが、S級冒険者が派遣されたということは相当の脅威なのだろう。先にも述べたが、S級冒険者が動く時というのは彼らでなければ対処できない非常事態の発生を意味する。つまり、ギルドの人たちはこのスカーレットワイバーンという魔物を相当危険視していたという事だろう。


 ……あれ、そう考えると俺、結構危ない橋渡った?カウルやヴィスベルがそのまま戦う感じだったから残ったけど、もしかしたらベラやギースに連れられて逃げるのが正解だったのかもしれない。慎重に行動しようって決めたばっかりだったのに全然ダメじゃん。今更後悔しても遅いんだけどさ。


「その割には、随分と都合よく事が運んだんじゃないか?」

「……さて、それは運命の女神のお導きってヤツじゃないかな?」


 何だか怪しい雰囲気で言うノリス。カウルはもう引き出せることは無いと悟ったのだろう。彼はヴィスベルに「他に聞いておきたいことはあるか?」と聞いた。


「聞きたい事は聞けたかな。それより、このワイバーンの死体と馬車をどうするかだけど……」


 ヴィスベルがちらりと横転した馬車に目をやる。馬車を引いていた馬はいつの間にやら何処かへ消え去っていて、仮に馬車を立て直したとしても動かないだろう。動くとしても、俺はこんなの引いて歩くのは嫌だ。


 ノリスも今の今まで気が付かなかったのか、ワイバーンの死体と馬車を見てあちゃー、といった顔をしている。何も考えていなかったらしい。どうしようかと皆で頭を悩ませていると、それまで少し離れた所でずっと盛り上がっていたモリスがはい、と言って手を上げた。


「うん?モリー、何か妙案があるのか?」

「いや、妙案っていうか、ミカエラ様がさっきまで馬車に使ってた物を浮かす魔法?あれでワイバーンと馬車を浮かして、強化魔法掛けて走ればいいんじゃない?」


 モリスの言葉に、皆の視線が俺に向く。その目はモリスの言葉の真偽を確かめようとするものだ。一斉に視線が集まった事に驚いたが、俺は「まぁ、可能だと思いますけど」と答えておく。ヴィスベルとカウルが何やら呆れた様子で俺を見た。


「馬車の揺れが少ないと思ったら、お前そんな事してたのか?!」


 ガツン、俺の頭に理不尽な拳骨が落ちる。意味が分からず目を白黒させていると、カウルは「あー」と言ってガリガリと頭をかいた。それを見て苦笑していたヴィスベルが補足してくれる。


「常時発動させるタイプの魔法は魔力消費が激しいだろ?魔導師はいつでも魔法を使えるようにしておかなければならないから、勝手にそういう事をしてたのを怒ってるんだよ、カウルは」


 なるほど、魔力の無駄遣いをして回復魔法が必要な時に使えないと困るってことか。確かに俺は回復役を買って出たのだから、あまり無駄遣いするのは良くなかったかもしれない。


「あれ、でも擦り傷とかに回復魔法を使うのは止めませんでしたよね?」

「それは回復魔法の練度を上げる貴重な機会だと思ったからだ。だから適度に魔力の残りがどんなもんか聞いてたろ?」


 言われてみれば、確かにカウルは道中しつこいくらい俺の魔力残量を気にしていた。まだまだたくさんある、と答えた時に満杯の何割くらいかと聞き直されたのは、カウルが俺の魔力残量を管理するためだったのだろう。俺が理解したのが分かったらしいカウルが「分かってなかったのか」と小さく呟く。いや、だって目に見えて減らないんだもの。今だって九割七分くらい残ってるしさ。


「はぁ……。まぁいい。それで、ミカエラ。その魔法で馬車とワイバーンを浮かせつつ身体強化魔法をかけてドナールまで突っ切る訳だが、魔力はどれくらい保ちそうだ?途中戦闘は可能な限り避けるつもりだが、そうだな、二、三回ほど戦闘も交えるつもりで」


 カウルの言う状況を想像してみて、魔力残量の試算を行う。


「んー。ぶっ続けで発動しつつだとして?……うーん、二、三日くらいかな……」

「……何だって?」


 あれ、ちょっと声が小さかったかな。俺は一度咳払いをして、再度しっかりとした声量で答える。


「二、三日くらいは連続で使えると思いますよ」

「……見栄張ったりはしてないか?」


 はて、見栄もなにも、随分余裕を見て見積もったつもりだったのだが。何処かで計算ミスでもしたろうか?もう一度最初から計算し直してみる。


「えーと。うん、間違いないはず。だって今朝から今までずっと馬車浮かして来た感じでワイバーンまで浮かすだけでしょ?身体強化はほとんど魔力使わないし、戦闘時だって硬き護りの殻で身を守ってる間に終わるだろうし、戦闘終了後に全員の傷を治すとして……」


 大雑把に魔力の消費量を計算し、指折り数えてみる。浮揚の輪の消費量は今日の感じで大体分かったし、ブラッドウルフ程度の攻撃を防ぐ防御魔法であればそこまで魔力も要らない。このメンツで負傷者が出る事は考え辛いが、もし仮にさっきの新米達くらいのペースで回復しなければならないと仮定しても大した負担にはならないだろう。


「うん、やっぱり二、三日は保ちそう」


 完全に無休で行くと睡眠不足やら空腹で集中力が切れてしまう事はありそうだが、ドナールの街くらいまでなら余裕……だと思う。道もガタガタとはいえ多少整備された道だろうしね。


「さっすがミカエラ様!それじゃあ早速行きましょう、善は急げといいますので!」

「そうだね、早い所ベラ達と合流できればそれが一番だ。カウル殿、ヴィスベル殿もそれでよろしいか?」


 ノリスの確認に対し、二人は頷く事で了承の意を示す。俺はさっきまで馬車に掛けていたよりも少し出力を上げ、ワイバーンの死体と馬車に向けて浮揚の輪を発動した。

 ふわり、ワイバーンの死体と横転した馬車がホバリングする。

 む。ワイバーンの死体は思ったよりも少し重かったようだ。少し沈み気味である。なら、もうちょい出力を上げてやって……うん、完全に浮いたな。


「これもミカエラ様の魔法……はぁ〜、やっぱり美しいわぁ〜」


 モリスが頰に手を当てて、恍惚のため息を吐く。そのモリスの様子に僅かに悪寒を感じ、俺は彼女からそっと視線を外した。あれは多分、踏み込んだり関わったりしてはいけない類のものだ。そうに違いない。


「それじゃ、早く出発しましょう!善は急げ、ですよ!」


 なんて俺が言うと、皆は馬車とワイバーンに何処からか取り出したロープを括り付けて引っ張り始める。ガッツリ魔力を込めた甲斐あってかかなり軽そうである。俺は「私の言葉を引用してくれるミカエラ様ッ!尊い!」なんて言い出したモリスのことは見なかった事にして、歩み始めた皆の後に続いた。

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