第14話
「ほい、これがお嬢ちゃんのギルドカードと、あと通行許可証ね」
朝。朝食を取ってから馬車の方に向かうと、すでにノリスが待っていた。ノリスは俺を見付けると、ブロンズっぽい色のカードとコインを渡してくれた。
どちらも端の方に穴が開いていて、チェーンが通されている。
ブロンズっぽい色のカードには、『ミカエラ』という俺の名前と『F級冒険者/魔導師』『クエストクリア数0』『昇級まで1000GP』などといった情報がつらつらと刻印されている。
そして、コインには盾、剣、弓と杖を象ったエンブレムが刻まれていて、『ギルド発行国家間通行許可証:SC.5437,6,14』という文字が刻まれていた。最後の方の数字が年号だろうか?
「このギルドカードがアンタの身分証代わりになる。通行許可証は検問所を通って国を跨ぐ時とか、ギルドの拠点があるが通行が厳しい国や街に入る時に必要になる。失くすなよ?」
「はい」
ノリスに念を押されたので、しっかり答えておく。チェーンもついてるし、首からかけてたら無くさないだろう。
そうこうしている間に残りの冒険者たちも集まったらしい。ノリスが点呼をとって、順番に馬車の中に入っていく。こうしてると修学旅行みたいだ。俺達も馬車に乗り込んでしばらくすると、がたんと音を立てて馬車が動き出した。そう、この馬車はとにかく揺れる。だがしかし、それを考慮しない俺ではない。俺は馬車の床に手をついて魔力を流す。昨晩、寝る間を惜しんで見つけ出した馬車の揺れを少なくするための魔法。
「《浮揚の輪》」
主な効用は物品の軽量化と足音の消音、ついでに水上歩行という使い勝手がいいのかどうだかという魔法だが、『対象を地面からやや浮かす』という特性を持つ魔法なので、多分揺れも多少はマシになるだろう。
そんな俺の予想通りに、一度ガタンと大きく揺れた馬車は次の瞬間からフラットな走り心地に早変わりだ。馬車一台浮かし続けるということで魔力を放出し続ける必要はあるが、今の魔力消費だとこのまま半日以上連続で浮かせたとしても消費する魔力は微々たるものだろう。
俺は自分の魔法の効力に満足すると、魔導書に目を落とした。
人が増えて戦いやすくなったからだろう。出発してもう4度目の戦闘になるが、多少の怪我こそあれ順調な旅路が続いている。その多少の怪我については俺が回復魔法の練習がてら治療しているから、本当に順調な旅路である。
「えっと……《優しき癒しの光》っ!」
「んー、式のイメージがちょっと甘いかな。こことかほら、綻びがあるし」
俺は、モリスが目の前に広げている優しき癒しの光の展開式を指差して指摘する。新式魔法は、基本的には魔法式を頭の中で組み立て、それに魔力を注いで出力する魔法だが、不慣れな内は目の前に魔法式を展開して発動することもできる。これを新式魔法の展開式と言うのだが、何でも新式魔法を練習する上ではこの展開式を用いるのが良いのだと魔導書に書いてあった。
事実、展開式と魔導書に記載されている魔法式とを見比べて修正して、と繰り返すと結構楽に覚えられる。俺にはまだ記憶転写のスクロールは作れないからこうして地道にやっていくしか魔法を覚える術はない。
何故モリスが俺の隣で優しき癒しの光を練習しているのかと言えば、彼女から教えてくれと必死に頼み込まれたからだ。一応ノリスにもお伺いを立てたら構わないとの返事を頂いたので、教える事にした。
「ミカエラちゃんが頑張ってるとこ悪いけどさ。やっぱりモリスにはムリだって。攻撃魔法とかは得意だけど、防御魔法も使えないし、治癒院の授業は追い出されるくらい筋がなかったって話だぜ?」
モリスの展開式の粗探しをしていると……だって正確な式が構築できないと魔法は発動しないし……さっきから妙に小さい怪我を作ってくる少年冒険者が笑いながら寄ってくる。
「魔法に筋も何もありませんよ。誰だってやればできるのが魔法なんです。それに、皆さんがあんまり怪我するから私一人では見切れないのが一番の問題なんですよ?」
半分嘘だ。別に一人でも見切れる。とはいえ、俺一人だと時間がかかるのも事実なので、もう少し手が欲しいというのはある。
カウルも一応下級の回復魔法は使えるはずだが彼らを看る気は無いらしく、ミカエラに任せる、とぶん投げられてしまった。まぁかすり傷程度にあんまり魔力を使うのも勿体ないからな。俺は少しでも練習したいからするけど。
怪我が多いことを指摘すると、何人かの冒険者達がそっぽを向いた。回復役がいるからって今まで以上に杜撰な動きをしている自覚はあるらしい。ね、だって最初のブラッドウルフの時とかほぼ無傷で抜けた人が頰とか手の甲に傷作ってるんだもんな。ったくもう。
なんてことをしていると、ガタン、馬車が大きく揺れた。うっかり浮揚の輪を解除してしまったろうかと思うが、浮揚の輪に注いでいる魔力は健在だった。とするなら、これは別の異常事態だろう。俺がそう判断すると同時、馬車の外から大きな咆哮が響いた。
「おいおい……。ドナール・セダム間の道にアレが出んのかよ」
俺たち含め、冒険者が全員で馬車の外に出る。それと同時に目に入ってきたのは、空を覆い尽くすかと思えるほど大きな翼。細くしなやかな脚部は立派な馬車の屋根をガッチリと掴んでいる。
ヘビのような顔の左目は完全に潰れているようで、開かれた眼窩の中は黒ずんだ塊だけが収まっている。残った右の縦長の瞳がぎょろり、俺達を見下ろしていた。真っ赤な鱗に全身を覆うその生物は、俺達を認識するなり甲高い咆哮を上げる。
「スカーレットワイバーン。翼竜の中でも気性が荒い。討伐推奨種に指定されてる」
剣を抜きながら、ノリスが言った。
「ベラ!アタシ達がワイバーンを引きつける!アンタはギースと一緒に新米どもを連れて先に行け!新米ども!死にたくない奴は二人と一緒に走れ!死にたいバカだけ残りな!《ハイ・ブースト》!《ウォーリアー・ハウル》!」
ゾワリ、ノリスの全身から強烈な気配が放たれた。その気配にワイバーンも驚いたらしい。ワイバーンは、立派な馬車から飛び退いて近くの木の上からノリスを警戒するように見下ろした。
「行け!」
ノリスの号令で、立派な馬車が走り出す。馬車に繋がれていた馬はともかく、先行していた護衛二人が乗っていた馬は逃げてしまったのだろう。二人の冒険者が、新米に激励を飛ばしながら馬車の横を並走する。多分、身体強化の魔法を使っているのだろう。
「ノリス!安全地帯に着いたら、必ず戻って来る!生きろ!」
ベラと呼ばれた褐色の女性の叫び声。それに反応したワイバーンが、苛立たしげに口を開いた。
不味い。ワイバーンが俺の想像する通りの魔物だった場合、この次に起こるのは!
「《身体強化・中》!《硬き護りの殻》!」
ワイバーンと馬車の中間に躍り出て、俺は全力の魔力を込めた防御魔法を展開する。琥珀色の盾の向こうで、予想通り、ワイバーンの口元から火の粉が飛び散るのが見えた。一拍置いて、ワイバーンの口から火球が飛んだ。
着弾。衝撃。しかし、身体強化まで掛けた俺には軽い反動だ。爆炎が晴れた先には、忌々しげに俺の防御魔法を睨みつけるワイバーン。全力を込めただけあって護りの殻には傷一つ付いていない。
「アンタの相手は……」
ふわり、ワイバーンの背後に、ノリスが飛び上がる。
「この、アタシだ!」
叩きつけるような一撃。魔力が込められた一撃は、ワイバーンの不意を突いてその側頭部に直撃。ワイバーンは一瞬怯んだが、しかし即座に翼と一体化した腕を振るってノリスを振り払った。体勢を崩したノリスを、着地点に居たカウルが受け止める。
立派な馬車と大多数の冒険者が走り去り、この場にはヴィスベル、カウル、ノリス、俺、そして名前も知らない大盾を構えた茶髪の冒険者と、最後にモリスが残っていた。
「ヴィスベル!お前は右翼側に回れ!ミカエラは防御と負傷者が出た時の治療!俺は左翼をやる!」
「モリー!全力でいけ!アタシらに構わずぶっ放せ!ビル!モリーを頼んだぞ!」
手早くカウルとノリスが指示を出し、同時に駆け出す。俺もそれに合わせて駆け出して、モリスと盾の冒険者……ビルと合流する。
「ちょっと盾貸して下さい。《付与・衝撃軽減》《付与・強度上昇》《付与・魔力防壁》」
補助魔法に分類される魔法の中でも、最もメジャーであるらしい付与魔法を三種類、盾にかける。ビアンカ婆さんが記憶転写のスクロールにしてくれた魔法だ。あの時は何でこんな微妙な魔法をと思ったものだが、今の状況を見ると知っていて良かった。今日も神樹様でのんびり過ごしているであろう我が師にちょっぴり感謝の念を送る。
魔力の光を帯びて立派になった盾を見て、ビルがありがとうと言って構える。どういたしまして。頑張って俺たちのこと守ってね。
と、俺が盾に魔法を付与している間にも、モリスは杖を構え、ワイバーンを睨みつけて魔力を高めている。
「——落ちよ、千の雷!《ライトニング・バースト》!」
轟音。モリスの杖から放たれた雷が、ワイバーンに向かう。ワイバーンの背で何度も剣を叩きつけていたノリスは接近する雷に気付き、空中に逃れる。それと同時に、巨大な雷の柱がワイバーンの胴体に突き刺さった。身体が痺れ、一瞬硬直したワイバーンの翼膜を、カウルとヴィスベルの剣撃が切り裂く。トドメと言わんばかりに、空中に留まっていたノリスの一撃がワイバーンの背中に叩きつけられた。
慌てて離陸しようとしていたワイバーンは、翼膜が断たれた事と背中に受けた衝撃で風を掴むことができなかったようで、そのまま体勢を崩し、地面に落下する。
地面に這いつくばったワイバーンはモリスの事を睨みつけると、先程よりも大きな火球を吐き出した。
「ウラァァァァアア!」
火球に向けて、ビルが大盾を構える。火球はビルの構えた盾に直撃するも、ビルは僅かに後ろにずり下がっただけでその一撃を耐え切った。
「ナイスガード!」
ビルにグッと親指を立ててやると、ビルもこちらに親指を立ててくる。良いノリしてるぜ。
火球を防がれた事で激昂したワイバーンに対し、ヴィスベルが剣を振り上げた。
「《フォトン・セイバー》!」
ヴィスベルの剣が、光を纏う。強烈な加護が込められた、必殺の剣。眩い光剣は何の抵抗も無くワイバーンの首を斬り落とした。
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