第4話

 身体中を巡る熱、魔力を木の破片に注ぎ込む。破片は徐々にその色を変え、金属のような質感へと変わる。赤茶色だったものが銀色になり、虹色に輝き始めた所で俺は魔力注ぎ込むのをやめ、破片を机の上に放り投げた。


「おばあちゃん、あとどれくらいやらなきゃいけないの?」

「なぁに、あとほんの10個だよ」

「うぇ。ちょっと休憩してもいい?」

「仕方ないねぇ。お茶淹れるから待ってな」


 ビアンカ婆さんから魔法、というか、魔力操作を教わり始めて数日。今はビアンカ婆さんが錬金術に使う素材加工を手伝わされていた。


 あのあと、ビアンカ婆さんの口添えもあってクリスからの許可が下り、無事に魔法を教えてもらえるようになった訳だが、魔法を扱うのは簡単にはいかないらしい。


 完全に座学のみで使えると思っていたので少しがっかりだった。ファイヤーボールとかウィンドエッジとかなんちゃらバスターとか、そんな感じの奴をサクッと教われると思ってたんだが、見通しが甘かった。


 ビアンカ婆さんが言うには、魔法を使う為にはまず、各属性に対応する神々から加護を得る必要があるのだそうだ。生来神々から加護を得ているような奴らはその必要も無いそうだが、残念ながら俺はそういう人種ではなかったようだ。ちょっとガッカリ。異世界転生特典的なやつ期待してたんだけどなぁ。まぁ、神様にも出会ってないししょうがないか。


 話を戻そう。この加護を得るためにはちゎっとした儀式を行わなきゃならないそうで、これを行うのにまたちょっとした装置、というか儀式場が必要だというのだ。


 今作らされている金属片もその儀式場を形作る魔導具なる魔法のアイテムを作るのに必要なものだそうで、今日までに他にも気が遠くなりそうな程の中間素材を作らされた。


「クラフトゲーは好きだったけど、ここまでくると苦行だよ……」


 学生時代、その手のアイテム収集ゲームは存分にやり込んでいた自信はあったが、次々渡されるアイテムを完成図もわからないままに部品に加工し続ける、というのは思いの外苦行に感じられる。まぁ、部屋の片隅で着々と組み立てられている儀式場も観察できるし、魔力操作に関してはすごく慣れた実感があるから成果そのものは実感できてはいるのだが。


 俺は今日までの作業を思い出しながら、ようやく形になって来た儀式場を見やった。全身がカラカラになるかと思う程の魔力を流し込まされた大きな布の上に、これまたたらふく俺の魔力を流し込んだインクでビアンカ婆さんが複雑な幾何学模様を書き込んだ魔法陣と、その近くには小さなモノリスのような物体がいくつか。当然、そのモノリスも俺の魔力で染め上げてある。


 儀式自体は簡単で、魔法陣の周りの正しい位置にモノリスやその他の小物を配置して、魔法陣の上で祈りを捧げるだけらしい。あらお手軽、と思ったのは最初に聞いた時だけだったが。その小物から準備するとか思ってなかった。


 俺はビアンカ婆さんが淹れてくれた神樹様の葉茶を啜り、ようやく一息と脱力した。この魔力で素材を染めるというのが、魔力も体力も滅茶苦茶消耗する超絶力仕事なのだ。


 この神樹様の葉を煎じたお茶は、その消耗した体力を回復させるだけでなく使った魔力まで回復できるというスグレモノで、この作業を短期間で終わらせるためにとビアンカ婆さんが作ってくれた。何でもビアンカ婆さんのお師匠さんが考案したものらしい。誰かは知らないけどグッジョブです。


 ちなみに味の方はザ・緑茶って感じで、仄かな苦味と芳醇な香りが心地良い。元のミカエラには苦い不味い変な匂いの三連コンボだったろうが、今の俺にとってはむしろ懐かしさすら感じる味だ。


 神樹様茶をちびちび飲んでいると、ふと、遠くの方から人が話す声が近付いてくるのに気が付いた。しばらくして、ビアンカ婆さんの家の戸が叩かれた。


「おおい、婆さん!いるかい?」


 ビアンカ婆さんが迎え入れると、二十代後半くらいの厳つい男、ジャンが家に入って来る。ジャンはバンおとうさんの親友で、ミカエラも以前はよく遊んで貰っていた。


 ジャンはいつも気楽そうに笑っているのだが、今日に限っては何やら珍しく深刻そうな顔をしている。いつもと違う様子に、俺は自然、背筋を正した。


「なんだい、ジャン。また水呼びの魔導具でもイかれたのかい?」


 水呼びの魔導具というのは、ビアンカ婆さんが提供する水差しのような道具で、対になる魔法陣の上に置いておくと清水が一定量まで溜まるという優れものだ。これが無いとさっきも言ったかなり遠くにある泉にまで水を汲みに行かなくてはならないので、村の人間は皆重宝している。


 この村でこの手の道具を作ったり直したりできるのはビアンカ婆さんだけなので、これらの道具に何かあると皆、ビアンカ婆さんを訪ねるのが習慣になっていた。しかし、今回ばかりは違うらしい。


「いやぁ、水差しは大丈夫でさぁ。いやね、下から上がって来たモンが神樹様の祠に行こうとするんで、今村の衆で引き止めてるんですわ。そんで、巫女のお嬢と婆さんを呼んでくるようにってバンさんが」


 下から上がってきた。ビアンカ婆さんと同じように神樹様を登ってきた変人……もとい、超人的な人が今の時代にも居たらしい。


「ふぅん?ま、バンの奴が呼んでるなら、行かない訳にはいかないねぇ」


 ビアンカ婆さんがよっこいせ、と面倒臭そうに立ち上がる。どのみちビアンカ婆さんが居ないと作業が進まないので、俺も一緒に立ち上がった。


「ね、ジャンおじさん、私も行っていい?」


 聞いてみると、ジャンはそこで初めて俺の存在に気付いたらしい。


「んん?なんだ、ミカ。お前もいたのか。ちっこいから気がつかなかった」


 いつもの気楽な笑みを浮かべ、ジャンが言う。気を遣われているのか、本当に笑っているのかは判らない。まぁ、からかわれているのは事実なんだが。


「ジャンおじさんは無駄に大きいからね!足元見えてる?」


 からかってくるジャンに皮肉たっぷりに言ってやると、ジャンは微笑ましいものを見るような目をして、態とらしく俺の身体を持ち上げた。体が浮いて、ぐいと視線が高くなる。


「おおっと、足元をちょろちょろするおチビちゃんを捕まえたぞ?どうしてやろうかー?」


 どうやらいつも通り、首根っこを掴まれて持ち上げられたらしい。こう言う時、下手にもがく方が苦しいのは学習済みだ。俺は脱力し、そのまま身をまかせる。


「ちょっと、首の後ろ掴まないで。首が締まる」


 手足をぶらんと下げたまま抗議すると、ジャンは笑って俺を下ろした。


「ま、良いだろう。見物は構わんが、くれぐれも邪魔だけはするなよ」

「はーい」


 なんて事をしていると、ビアンカ婆さんが急かすような声をかけてきた。


「アンタらいつまでじゃれついてんだい。ジャン、早く案内しておくれ」


 俺とジャンが遊んでいるうちにビアンカ婆さんは準備を終えて家の外に出てしまっていたらしい。俺とジャンは慌ててビアンカ婆さんの後を追い、ジャンの案内で下界からのお客様の所に向かった。


 神樹様の祠に続く広場の前で、バン達「戦士」が集まっているのが見えた。その戦士達に囲まれる形で、二人の人影。その手前にいたバンに呼ばれ、ジャンとビアンカ婆さんがそちらへ向かう。俺も同行しようとすると、ジャンに肩を押されてしまった。


「ミカはここまでだ。危ないかもしれないからな」

「はぁい、わかりました」


 ジャンの真剣な声音の制止。俺はそれに大人しく従って、少し離れた所から二人の男の方を見た。


 一人はアンリエッタと同じくらいの青年で、もう一人はもっと年上に見える。だいたいバンと同じくらいか、もう少し年下だろうか。とにかくそのくらいだった。二人とも旅慣れた雰囲気の男達だった。

 ミカエラの記憶にも三日月の記憶にも無い服装の二人組を、俺はまじまじと眺めた。


 片方、青年の方は比較的軽装で、少しくたびれた青っぽい色の旅装束に身を包み、その背中に使い込まれた片手剣を背負っている。


 もう一人のおじさんは革のような質感の鎧の上にマントという格好で、腰に片手剣を帯びている以外はよく見えない。目が合うと、ヘラっと笑って手を振ってきたので、俺も愛想笑いを浮かべて手を振り返しておく。


 しばらく眺めていると、アンリエッタとクリスが歩いて来るのが見えた。二人は怪訝そうな顔でやってきたが、二人の旅人の方を見てハッと表情を変えた、気がした。何だろうかとそのまま見ていると、二人は旅人の前で小さく一礼した。


 クリスが二人に微笑みかけると、青年が少しどぎまぎした様子で頷く。クリスは美人だからな、仕方ない。


 緊張した様子の青年と違って、マントのおじさんは飄々とした様子だ。

 バン達が驚いたような顔をしているのが見えるが、ここからでは何を話しているのかも聞こえない。そのうち何か話は纏まったようで、バンがクリスとアンリエッタを連れて俺たちが普段生活しているウロの方に向かって歩いて行く。二人の旅人もそれに同行するようだ。下からの来客らしいし、長老の家にでも行くんだろうか。


 ビアンカ婆さんはもう用事が終わったらしく、少し疲れた様子で此方に歩いて来た。

 俺はビアンカ婆さんに肩を貸そうとしたが、ビアンカ婆さんは老人扱いするんじゃないよ、と言って俺を小突く。


「少し疲れただけですぐこれだ、最近の若いのは……」

「その発言が既に若くないと思うんだけど」

「屁理屈だけは一丁前になったねアンタは」

「いたっ!」


 こつん、頭に小さな痛み。俺はビアンカ婆さんに抗議の視線を向ける。 ビアンカ婆さんはふん、と小さく鼻を鳴らして歩き始めた。


「ほら、さっさと帰って続きやるよ。予定通りいけば明日の朝には儀式ができるんだから」


 そう言われて、俺は慌ててビアンカ婆さんの後を追った。

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