第7話 異世界勇者・勇者の悪夢
水晶湖の街周辺は魔物除けを配置しているので周囲5キロ圏内は、まず安全を確保できている。
強力な魔物や魔獣には魔物除けは効かないが、力を持ったものほど、かえって街には近づかない、その必要がないのがわかっているからだ。
その魔物除けの圏外にヒカルは居た。
この異世界に飛ばさててから、慌ただしく駆け回ったので、こうしてのんびりしているのは久しぶりだった。
「色々ありすぎだよなぁ」
元の世界で色々あって、トラックにひかれそうな子供助けたら逆に引かれて、目が覚めたら女神と言うロリ幼女に死んだからって言われて、そのまま成仏するか異世界に行くか言われて、気が付いたらどこぞの森の中にいて・・・
「ナココに出会って助けてもらったんだよなぁ」
正直、ナココに出会わなければ、スライムやらボーパルバニーやらオオカミやらゴブリンやらオークやらに殺されてたかもしれない、あと餓死とか。
そんなことを考えていると、どこからか聞き覚えのある明るい声がした。
「ヒカル!居た居た!みーつけたー!」
「宿屋を出たところ見かけたから、探しに来たー、何してるー?」
ナココだ、そうえばいつもそばに居てくれたっけ、トコトコと歩いてきて隣に座る。
「ナココ、いつもありがとうな、お前がいなかったらとっくに死んでたかもしれない」
自然にそんな言葉が出た。
「ニャ?!いきなりなんだよーテレちゃうよー」
顔が真っ赤だ。
「ホントのことだよ、こんなオレだけどこれからもよろしくな」
「へへへっ、ナココにお任せー」
ニッコリと幸せそうに微笑むナココを見て、ヒカルも微笑み返した。
グズッ
不意に何か音がした。
ゴボッ
ナココの口から赤いものが噴き出た、目は思い切り開かれ驚いたような顔をしている、胸から血まみれの刃が出ている。
ナココが、グンっと持ち上げられる、刃物で刺されてそのまま持ち上げられている、ガクガクと体が震えているが大きくガクンと動くと、それから動かなくなった。
もはや意識がないのか目は閉じられぐったりしている。
そいつは目の前に立っていた、手に持った刃物でナココを串刺しにして。
不意にそいつは、刃物を振るってナココを捨てた、ごみ屑のように。
ヒカルはブチ切れた。
ドドドドドドドド
削岩機が岩をえぐるような音がしている。
ヒカルは、目の前のナココを殺したモノに全開で拳を叩き込んでいる、もう何千発何万発にもなるだろう、勇者としてのステータス全開で殴っているのだ。
竜すらもミンチにできるほどの打撃なのだが、目の前のモノは立っている。
疲れとともに頭は冷静になってくる、目の前のやつはなぜ倒れない?
後に飛び退きゼエゼエと肩で息をする、頭が痛い息が苦しい拳がつぶれて血が出ている。
なぜ倒せない?
顔を上げ目の前のモノを見る、心臓が高鳴り汗が噴き出す。
「嘘だろ・・・」
そこには見覚えのある姿があった、もはや人では無くなったその姿を。
大柄で筋肉質な体格、汚れボロボロになり色の判別もつかなくなった緑のシャツと白いズボン、顔には汚れ傷だらけになったホッケーマスク、濁った眼でヒカルを見つめている。
俺はコイツを知っている。
何でここにいるんだ?何で?なんで?ナンデ?
顔から手から血の気が引いて冷たくなっていくのがわかる。
唖然としているヒカルの目の前で、彼はゆっくりと手のマチェットを振り上げていった。
気を取り直したヒカルが叫ぶ。
「【聖剣召喚】!!!!!」
刹那、紫電が飛んで来てヒカルの手の中で閃光を放つ、それは剣の形になっていく。
「聖剣グラムドリン」意思を持ち人化もするインテリジェンスアイテム、飾りのないシンプルな作りのロングソード、刀身は魔力で青白く光り、竜さえ輪切りにできる、これが真の姿である。
『どうした?!ヒカル!落ち着け何んじゃアレは!』グラムドリンが念話で話しかけてくるが、返事をする余裕がない。
今まさに閃光で目が眩んだのであろう彼が、再びマチェット振りかぶり振り下ろそうとしていた。
ヒカルは横殴りに聖剣を振るう、キンっと甲高い音がしてマチェットの刃が斬れる、方向を変え思い切り力を込め脇腹から肩口まで逆袈裟切りにしようとした、が、脇腹に刃が食い込んだところで動かない、竜の鱗すらものともしない聖剣が切り裂けないでいる。
「グラム!」
『いかん!ヒカル肉で挟み込まれている!このままでは動かんぞ!』
グチャリ
不意に音がする、手首が掴まれ握りつぶされている、そのまま・・・
ブツリ
手首ごと聖剣をもぎ取られる、血が噴き出し、痛みで呻き、傷口を抑えてうずくまる。
奪われた手から逃れようと、魔力の限り紫電を上げる聖剣グラムドリン、体をブルブルと震わせ肉が焦げる臭いをまき散らす。
「こんなの夢・・・悪い夢に決まってる・・・俺は勇者なんだ、強いんだ、何が来ても負けるわけがないんだ・・・」ブツブツとうわ言の様に繰り返す。
血を流し青白くなった顔を上げると、目の前に居るのは電撃をまとい聖剣を振り上げた異形の大男の姿だった。
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