第12話 偉そうなレーナ

 胸倉をつかむ手は緩められ、足がようやく地面についた。

 物理的な苦しさからは解放されたが、心臓は早い鼓動を打ち今度は別の意味で胸が苦しい……かも。


 これから私はどうなってしまうの?

 もしかしたら恋愛小説的な展開がまさか今から繰り広げられるかもなーんて思ってたのに、ビリーときたら私に何も言わずに社交室から出て行こうとするではありませんか。

 

 待ってこれで終わり? というか終わって大丈夫? と思った私の頭に思い浮かんだのは、ニコルマッカートの小説を読んだ心無い者たちがいった名言だった。

「会いたいならさっさと会いに行けばいい(のに)」と。

 なんでこんなまどろっこしいことを? と言われたときに恋愛小説のことを全然解っていないとはねのけたけれど。

 実際の恋愛で考えると変な駆け引きをあえてしたり、誤解をなぜか解かないようなことは悪循環でしかない。



 これはものすごいチャンスかもしれない。

 ビリーとは初めて会ったけれど、とにもかくにも私がビリーを好きになれるかどうかは時間をかけないとわからない。


「待って」

 とりあえずこのまま終わらせたら、恋愛小説じゃないから終わるかもしれないと思った私はビリーを引き留めた。

 無視されるかしら? と思ったけれど、ビリーは私の呼びかけにこちらこそ振り向かないものの歩みをなんと止めたのだ。



 あの不良キャラが、私が呼びかけたら止まるだと!?

 なんとかもう少し接点をと思ったけれど。まぁ、不良キャラだし無視していくわよねという気持ちが強くて何を言うか考えてなかった。



「素行が悪いままでは得られるものは何もありませんわ」

 とりあえず素行が悪いと皆に反対されるかもしれないと思った私は、ビリーの素行を注意してみた。

 まぁ、ビリーとのフラグがもしほんの少しでもあるとするなら、素行不慮って理由で私の過保護な周りの人たちにはねのけられるにはあまりにも惜しかった。



「言いたいことはそれだけか?」

「へ? えぇ……」

 もう一回胸倉掴まれるか!? と思ったけれど、ビリーはそうだけ言ってすたすたと社交室から出て行ってしまった。


 


 授業が終わって急いできたのだろう、アンナとミリーが社交室に現れたんだけれど……

 私はビリーのことを二人に言うべきかどうかを考えあぐねていた。

 ビリーの反応を見るまでは、さもすごい恋愛経験をしましたのよ~と、少々話を盛って自慢しようと思っていたのだけれど。

 実際にもしかしたら、もしかするかもとなると。


 

 こんな初動で下手に報告したことで、うまいことビリーと鉢合わせなくなるようなことをされたら私の恋愛フラグが折れるかも。



 アンナとミリーは信用したい。

 アンナとミリーを筆頭にアンバーの人間は私にものすごー--く過保護だ。

 いろんなことにおいて、とにかく私が危ない目に合わないように先回り先回りは当たり前。

 そのおかげで、私は2年生になったにも関わらず友達はいつものメンバーのみ、知り合いすら両手で数えられるほどしかいない。

 まさに鉄壁のガード。


 私とあまり仲が良くなかったときのフォルトでさえ、私が怪我をしないように配慮する徹底ぶり。

 フォルトと関係性が改善し友人になった今。

 不良で有名。でも顔はいいビリーを紹介しようものなら、あいつとくっつくなら、俺のほうがマシじゃないか? 理論で本当にわが身を犠牲にして私と結婚してくれそうな感じがあるし。



 シオンは私のことを面食いの金食い虫だと思っているし。ビリーを紹介すれば、あんた顔さえよければなんでもいいわけ? うわっという顔で見つめられそう。


 ジーク様にいたっては、あ~よかったねとは言いそうだけれど。

 これは本当に結婚までいくかな、怪しいな。一応無理で保険のパターンも考えておこうとか腹の中では思われるに違いない!



「レーナさま、どうかしましたか?」

 こういう時私の表情の変化に敏感なミリーがずばり聞いてきて、私は笑顔を浮かべた。

「いいえ。それでは参りましょうか~」


 

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