第11話 少女はひるまない
ずっと避けてきた。
でもビリーも流石攻略対象者の一人だけあるわね。
ツンとした小鼻。
不満げな口。
少し釣り目の目元、菫色の瞳には私の顔だけが映る。
ビリーの顔は不機嫌そうなのだけれど、それがいい。
ちょっと苦しいし。足もつま先立ちでどうしたらいいの? って感じなのだけど。
瞳に私だけを映して、このイケメンは一体何をしたいのだろう? ってことを考え始めていた。
これまでの経験で死の恐怖を何度か味わった私には――不良の威嚇は全くきかなかった!
怖くないとなれば、胸倉をつかまれ近くで不機嫌な顔のイケメンの鑑賞会が始まるというよくわからない時間となっていた。
ビリーは私に愛想は一切ふりまいてない、不機嫌全開。
なのに顔がいい。
これまで攻略対象者とはなるべく関わらないように、特に不良はまっぴらごめんだと思っていたけれど。
いざ対面してしまうと、彼は彼の良さがあるし、スチルイベントをこなすことで、彼の苦悩を分かち合って恋に落ちていく女子たちの気持ちがほんのりとわかってしまった。
それどころか、ビリーは不良キャラゆえにダンスパーティーはサボるので踊れるのは最終学年、それもビリールートを選んだ時のみなのだ。
となると今胸倉をつかまれていることは、ダンスを除くと最も彼に近づけるある意味イベントのようなものではないかしら。
それに私なんだかんだいろんな不幸が重なったせいで、ダンスをちゃんと踊ったの元婚約者のジークくらい……かも。
今回のパーティーでは特にひどい目にあった、私は親友だと心を許した相手によって椅子に括り付けられた挙句。
遅れを取り戻そうとダンスパーティー会場でイケメンと踊ろうとした結果。
目の前の人だかりがモーゼのようにわれ現れたのは、私がハメたせいでひどい目にあったジークだった。
とにもかくにも、胸倉をつかまれているとはいえ、距離感はほぼダンスと一緒じゃないかしら。
いつもアンナとミリーからイケメンの先輩と踊った話をうらやまし気に聞いてばかりだったけれど。
ビリーはダンスパーティーに出ないが間違いなくこの学園で指折りのイケメン。
胸倉をつかまれているってところだけ消去すれば、そんな先輩が私だけを瞳に移してまっすぐと見つめてきているし。
私も見つめ返せば、もう見つめあってしまったと言っても、ウソではない。
そう、胸倉をつかまれたさえちょっと言わなければ。
「どうしてそうなったんですか、レーナ様」とキラキラとした瞳で、私が胸倉を省略した話をして聞き返すアンナの顔が浮かんだ。
「ビリー先輩は素行が少々悪いですが、間違いなく顔はイケメンじゃないですか~!」そういってうらやましそうな顔をしたミリーが浮かんだ。
これだけでは二人に話すのにはちょっと弱い。
そう思った私は、胸倉をつかまれてしばらくしてから、ビリーの手にそっと自分の手を添えた。
手を重ね合わせたといっても、一応嘘ではないわね。
なんて実にあほなことを私が考えている間、ビリーはかなり動揺していた。
素行が悪くなってから、同じ領の出身の者にも距離をとられるようになった。
視線をそらされるのも日常茶飯事。
廊下などでは、自分とぶつからないように反対側を歩く生徒は珍しいことではなく、踵を返すようなやつもいた。
なのに、目の前の自分よりもはるかに小柄な少女は怯えることなく、自身を見つめ返してきていたのだ。
どれだけ努力してもかなわなかった姉を遣り込めた相手。
そんなの嘘だと思っていた。
ほんの少し威嚇すれば、怯える。実際に行動に移すまではそう思っていた。
公爵令嬢だからこそ、身分の高さを笠に着ているだけで、こいつ自体は大したことがないと思っていた。
なのに、胸倉をつかんでも彼女は悲鳴一つすら上げない。
それどころか多くの人間が視線を逸らすのに、緑の瞳は臆することなくこちらを見つめ続けた。
公爵家の人間に本気で怪我をするようなことを行動に移すほど俺は無鉄砲じゃない。
胸倉をつかんでほんの少し怯えた姿をみて、姉を遣り込めるのにやっぱり家の力を使っただけだと納得したかった。
彼女の胸倉を掴んだ手が時間の経過とともにつらくなる。
でもこれ以上の無茶なことはできない、だからといってどう手を引いていいのか考えあぐねていたその時だった。
胸倉をつかむ自身の手に相手が動き触れたのだ。
胸もとを掴む手をはがすためではなく、ただ本当に添える程度に。
そんな些細な動きに思わず身体がこわばった。
害をなす相手に相手は怯えない、そんな人物が動いた一手に最大限に警戒した。
相手はあの姉を遣り込めた人物……
でもここでの幕の下ろし方など思いつかない。
そんな時だ。
自身の手に添えられた小さな手が離れ、小さな手が顔に伸びた。
身体強化をしてブツつもりかと、頬に魔力を集めたのだが……
その手はまるてそんなことする必要もないと言わんばかりに、魔力に覆われることなく俺の頬に触れた。
身体強化を使われることはなかったのだ。
なのに、俺ときたら殴られるのだと勝手に身構えた……俺が怯えた……俺の負け……強烈な羞恥に思わず顔が赤く染まった。
そんなビリーをみて私は大きな勘違いをしていた。
これ頬にも触れられるんじゃないかしらと軽い気持ちで伸ばした手は、実にあっさりと不良キャラであるビリーの頬に触れることに成功してしまったのだ。
それどころか、なんと私が頬に触れるとビリーは赤面したのだ。
顔どころか、首や耳までもたちまち赤く染まった。
えっ、待って。待って待って待って。
不良に絡まれたと思っていたけれど、胸倉をつかむって、壁ドン、顎クイ、胸倉ギュみたいなこの世界では同ジャンルなの?
なんで私と一切絡んだことがないのが現れたのとか思ったけれど。
待って、待って。
これまでアルバイトでビールを運んでいた時くらいしか、かわいい扱いを受けたことなどなかったけれど。
レーナだって、それなりに整っている部類にはいる。
これまでは恋愛的なことはご縁がないと思っていたけれど、世の中にはタイプの顔っていうのもあるし。
もしかしてえ? 私が気が付かなかっただけで恋愛フラグなの!!!!!
大きな勘違いが始まっていた!
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