第10話 お可愛らしいこと

 こうして私の一部授業ボイコットは始まったのだ。

 当然のようにアンナとミリーは私と一緒に授業をナチュラルにさぼろうとしたのだけれど、それは私が止めた。



 ゲームでは二人はレーナがヒロインを虐めよう! って決めたら一緒に虐めるし。夏休みもジーク様が学園に残るから帰らない~ってやると、二人も夏はアンバーに帰らない使用だもんね……


 生徒の意思を無視し危険な授業に強制参加するのはおかしいことへの抗議ですとか言ってたけれど。

 アンナとミリーをほっておくと、また新たなる面倒な論争に巻き込まれそうで、私としては何としても阻止したかった。




 今回のことは、私と先生の問題で二人に立ち入ってもらうべきことではないとかそれらしいことを言うことで、渋々二人には納得してもらった。

 その代わり授業をサボるのは寮か社交室のどちらかにすること。

 寮か社交室までは一人では行かずに、アンナとミリーと行くこと。

 授業が終わり次第迎えに来るから、それまで待機することということになった。



「レーナ様、メイドも誰も呼ばないおつもりでしたら、私かミリーのどちらかがやはり社交室に残ったほうが……」

 メイドが社交室にいたのでは、ソファーに横になってお菓子をつまみつつ小説を読むようなことはできない。

 背筋をピンと伸ばし、テーブルマナーを守りつつお茶をたしなみながら本を読むのではなくて。



「今回のことで考えたいことがあるから。二人が心配する気持ちはわかるのだけれど……今回はそっとしておいてほしいの」

 なんてそれらしくいうことで無事私は社交室のソファーに転がっちゃってゴロゴロしつつお菓子を食べながら小説を読むという素敵な時間を過ごすのだ。



「誰もいないってサイコー」

 思わず声に出して言ってしまった。

 マナー、マナー、マナー。わかるわよ、レーナはお嬢様だもん。

 でもね、こういう風にだらしなくする時間というのはたまらないのよね。


 


 「そーれ」

 思いっきり走って、ふかふかの大きなソファーに飛び込むと、横に積んであるクッションが崩れて床に落ちる。




 今日はここで時間を過ごすといったら、事前にいろいろ準備してくれたのよね。

 甘い物しょっぱい物、冷たい飲み物~

 そして気がまぎれるようにとアンナとミリーの手配によって、ものすごく沢山の小説が届けられて本棚は未読の面白そうな本でパンパンだ。

「これはもう、すごく豪華な満喫と言っても過言ではないんじゃないかしら」



 さて、さっそく何か食べ物をいくつか用意して、本を見繕おう~

 ふんふんと思わず鼻歌までこぼれるくらい私は上機嫌だったのだ。



 しかし社交室の扉がノックされ、私は顔をしかめた。

 先生が説得にでも来たのかしら?

 でも社交室には社交室のルールがある、貴族の世界でそれはかなり強いルールなようで、前日も先生は私が中に入ってからはなすすべ無しだったものね。



 無視よ無視無視。

 まぁ、よほどマナーを守らないやつでもない限り社交室にずかずか入っては…………


 カチャっと音がして、ドアノブが動く。

「え?」

 私は片手にはおやつをもち、本棚に手を伸ばそうとした姿勢で入り口をみて固まった。



 いやいや、いやいや……



 ガンっという音がして、長い脚が見えた。

 ドアを蹴って開けるような人物が、なんでここに?

 私は完全に予想外のことに固まっていた。


 耳たぶには数えきれないほどのピアス。

 ポケットに突っ込まれた手……

 さらりと黒髪が流れて、その下にある紫の瞳が私を不機嫌そうにとらえた。



「おっ、ここにいるじゃん」

 公爵令嬢ゆえに、学園でかけられたこともない口調にたじろぐ。

 待ってよ、私不良は申し訳ないけれどごめんなさいなのよ。

 ゲームの中ならともかく、リアルで関わり会うのはちょっと遠慮したいっていうか……

 


 というか私からあなたに関わろうとしたことは一度もなかったじゃない。

 第二王子リジェットにしろ、目の前の不良にしろ。

 どうして私が望んでいないのに勝手に寄ってくるの!




――ビリー・ヘバンテン。

 天才の姉マルローネにどれだけ努力しても努力しても絶対勝てないことを突きつけられて、ぐれることで心の均衡を保とうとした狂犬。



「社交室のルールを御存じありませんの?」

 目の前にいる人物は攻略対象者の一人。まぁ、ヒロインはカツアゲされたりするようなことがあったけれども……

 ヒロインは平民。私は公爵令嬢。

 ゲーム本編ではレーナに絡むことは多分なかっただろうし、公爵家にたてつくようなことは流石のビリーもしないはずという思いはあっさりと打ち砕かれた。


 ズカズカと社交室へとビリーは入ってくると、私との距離を詰める。

 そして何の迷いもなく彼は私の胸倉をつかみ上げると軽く持ち上げ私の嫌味にようやくあった返事は……



「それが?」

 のたった3文字だった。


 

 お菓子を乗せていたトレイがおちて、音がたつ。

 完全に持たれているわけではなく、つま先が付く程度持ち上げられているが、襟元が詰まって息が苦しくなるし、体制がつらい。

 見下ろす紫の瞳は冷たい。

 不良に絡まれたらきっと恐ろしいと思っていた私は、苦しいながらもビリーの顔をマジマジと見つめた。


 そう私がマジマジとビリーを認められた理由は簡単。

 胸倉をつかまれてはいるが強い恐怖を感じていなかったからだ。


 体制はきついし。確かに苦しい。

 だがそれだけだ。

 このきつく苦しいことを、20分も30分も流石にしないでしょと思ったのだ。



 なぜ不思議と冷静でいられたのかなんて理由は簡単だ。

 ちょっとこっちにきてから、死があまりにも近すぎたのだ。

 私を殺そうとした人、私の死を願った人そんな人と対峙した経験が、まさかまさかの不良に絡まれるという人生初の経験でめっちゃ役立っていたのであった。

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