第38話 開幕

 早朝フォルトは、プライベートビーチを練習に貸してくれたことを、律義に私のお父様に頭を下げにいった。

 その後は、正装に着替える必要があるらしく、一度家に戻ってから、領主戦が行われる全力で戦っても被害の少ない今回の開催場所に向かうという。

 くしくもその場所は、私たちがかき氷の屋台の出していたビーチだった。



 何か、何かいわなきゃっていう私に。

 フォルトは、装飾品を沢山貸してくれてありがとうって頭を下げてきた。

 そして、こわばる表情の私の前に、第二関節あたりまでしか入らない沢山の指輪を付けた手を見せてきて笑った。

「どうやって剣を握ろうか……」

「これなら、邪魔になりませんわ」

 私は、首に下げていたラッキーネックレスを外してフォルトの胸に押し付けた。



「――勝って」

 思わずそう言ってしまった。

「あぁ、どんなことをしても勝つ」

 フォルトはそういうと、去っていった。





「あーーーーやれることは全部やりきったー。手っ取り早いからって、海入って汗を流すは何日もしたらダメだって学んだ。いくら透き通ってても海は、海!」

 我が家のシャワーを当たり前のように借りて、私の部屋のリビングのソファーにシオンはボフンっと飛び込んだ。

 いつもなら、そんなシオンをやんわりとたしなめるジークだったけれど、彼も疲れているのか。

 そんなシオンの隣にそっと座りぽつりと言った。

「勝ってほしいな……」

 リオンもジークの言葉を聞いて、悔しそうな顔をしてつぶやいた。

「あと一年、せめてあと半年あれば……」と。



 フォルトがいないからこそ、一番フォルトの実力をわかっていそうなリオンに私は聞いた。

「フォルトは勝てそうですか?」と。

「今の段階では難しいです。せめて半年あれば、ある程度形になったと思います。何か大きなきっかけがあれば……一撃が通るでしょうし、そうすればもしかしたら……ですが、そんな機会おいそれとないでしょう。さて、レーナ様寝ませんでしたね。その顔のままだと、フォルト様を心配させてしまいますよ」

 リオンはそういって、私の手に触れて治癒魔法を使う。

 じんわりとした温かさが私の身体を満たす。

 寝てない疲労はあっという間に無くなる。




 結局私は何ができたんだろう……

 もう、逃げも隠れもできない、領主戦が――――始まる。





 会場にはすでに多くの貴族が来ていた。

 アンナとミリーも元気のない顔で会場の一角でたたずんでいた。

 立ち合いを見れる場所も地位で決まっているようで遅れてきたけれど、直系令嬢の私が見れる場所はお父様お母さまについての良席だった。

 ご丁寧に砂を固めた椅子と日焼けしないように天幕まで張られている。



 私はここでかき氷を販売していたけれど。今日は庶民がうっかり迷い込むと危ないので、護衛が幾人も配置され、ビーチの様子は一変していた。

 ラスティー陣営はラスティーを中心に私から向かって右側に塊り、ラスティーの友達だろうか……彼のもとに集まり何やら話し込んでいる。


 私からみて左側にはこの常夏のアンバーの地で襟元までかっちりとした白の正装着でフォルトが剣を腰に下げ立っていた。

 不安そうな顔をしたフォルトの両親がその傍に控え。

 リオン、シオン、ジークがフォルトに何か最後に話しているようだった。

「ずいぶんと多くの貴族の家々を回ったようだね、レーナ。噂は届いているよ。だが、紋入りの馬車が来れば訪問者は会う前から誰かわかってしまう……さて、フォルトを勝たせることはできそうかい?」

 優しい声色でお父様が話しかけてきた。

 がんばったと言ってくれるけれど。お父様に届いたのはあくまで私が説得に回っていた話で、領主戦を延期にという申し入れはなかったのだろう。

 私は悔しくて下を向く。



「弱みの一つでも握って、それを交渉材料に領主戦に反対しろと言って回るかと思っていた。レーナもフォルトと同じまっすぐな方法での交渉だったようだね。思いつかなかったか、弱みが握れなかったか……もう少し年を重ねていれば、結果は違っただろう。残念だよ」

 お父様はそういって腰を下ろす。

 お父様の言う通りだ、もし私が何かしらの弱みを見つけることができていれば、それが貴族の過半数に達することができたら、この事態を私が回避させれたかもしれない。


 お父様であれば、弱みを使うことで自分の意見を通させただろう……

 これが、きっとお父様の言う「何とかしてみなさいレーナ」のなんとかするということだったのだ。

 当主の方々に何人かあったけれど、皆最初はすごくピリピリしていて、私の話を聞くと苦笑いに変わっていた。

 あれは、私が弱みを握って交渉をしてくることを想定していたとすれば、納得がいく。




『楽に勝てるだろう』そういう、ラスティーの声が聞こえるのが耳障りだわ。

 でも、ラスティーはそう言えるほど油断しているのだと思う。

 きっと私のお父様であれば、勝敗が付くまでは絶対に油断しないと思う。

「試合は最後までわかりませんよ」

 チラリとラスティーを見つめ、バスケ部顧問の名言をお父様にそういうと。

 お父様はニッコリと笑って『そうだね』と私に言った。




 会場の空気が次第に張りつめる。

 それぞれの領主候補の周りにいた、友達や家族も皆順番に激励して傍を離れる。

 フォルトの両親はフォルトの肩を叩いた後、私たちの近くの席にやってきた。

 ジークもフォルトの肩をバシッと叩いて激励するとこちらにやってきた。シオンは何発も叩いていた。

 最後にフォルトの元を去ったのは意外なことにリオンだった。

 真剣な顔で何かを言うと、フォルトの背を叩きシオンと共に末席へと向かった。



 お父様が椅子から立ち上がると、ざわざわとした会場が静まり返った。

「どちらが領主にふさわしいか……。これより、領主アーシュ・アーヴァインが立会人となり。二人の領主候補による領主戦を開始する。皆もすでに知っての通り、今回の領主戦でも双方の暗躍があった。だが、いつだって最後に椅子に座るのは強者」

 魔力の少ない弱い私を使い、領主戦に未熟なフォルトを引きづりだし、早々につぶそうと暗躍するラスティー。

 ラスティーはお父様の言葉の通り、もっと強い人物に、この試合に勝っても倒され、領主の椅子にはきっと座れない。

 領主の椅子に誰が座るのかは、圧倒的強者が決めることなのだ……

 そして、民意でひっくり返そうと家々を回り暗躍した私も同じだ。

 結局どれだけがんばったところで、領主の椅子に座るのは、強者のみ!



「この場には優秀な治癒師もいる。生きてさえいれば後は何とでもさせる。ルールは簡単。これ以上の続行を不可能にするか、相手に負けを認めさせればいい。

魔法も武器の使用も自由だが、一人で戦い己の力をこの場で示すこと。両者質問は?」

 お父様は年長者のラスティーをみる。

「ありません」

 次にフォルトを見る。

「ありません」

「では、私の合図をもって、領主戦を執り行う。では、準備を」



 フォルトとラスティーは向かい合って、剣を抜くと、刃先を合わせた。

 キンっと澄み渡った音が、ビーチに場違いに響いた。

 そんなわずかな音が聞こえてしまうほど、これだけ大勢の人がいるにも関わらず、会場は静まり返っていた。

 きらりときらめく真剣に、あれで切り付けられたと考えて、自分に向けられた刃ではないのに、ぶるっとくる。



「大丈夫、フォルトは今の自分でやれることを一つずつしている。後は見守ろう」

 自分が戦うわけではないのに、ビビる私に、ジークがフォルトを見つめながらそういう。


 二人は数歩下がって一礼をした。

 いよいよ、フォルトの運命が決まる一戦が始まる。


 




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