第39話 領主戦

「勝利は強請るな、勝ち取れ!」

 のお父様の合図とともに、フォルトは前進した。剣同士がぶつかる音が鳴るたびに、目をふさぎたくなるのをこらえて、私は二人の戦いの行方を見守った。



 といっても、今後がかかるこの一戦。

 当然開幕から二人は身体強化してしまっているので、私の目では二人の動きを追うことはかなわない。

 雷魔法の使い手は、属性の中で一番早い。

 身体強化に雷の魔力を応用し、自分の能力値以上の速さを出すことを可能にするため他の属性の中で、一番早い。



 この目がもどかしい。もっともっときちんと見たいのに。

 私では残像を追うことしかできない。



 初撃で決着がつくと思っていた人が多かったようで。20分以上にわたる、攻防にあたりがざわつきだす。

 フォルトの年齢を考えると完全にこれ以上ない踏ん張りを見せてはいる。

 これほどできたのかと、驚きの声があちこちで上がる。


 しかし、一見互角のようだが、次第に戦況は変わっていく。

 フォルトはこれから伸びるところ、すでに完成形に近いラスティーとは違う。

 その証拠に、これまでは人の残像と時折刃同士がぶつかる音だけだったのが、砂浜にぽたぽたと鮮血の後が付く。



 この血がどちらのものかは私には見えないけれど、ジークの表情をみてすぐにどちらのものかわかった。

 フォルトが負傷したのだと……

 時間が経つにつれ、砂浜が赤く変わっていく。

 残像ですら、フォルトの正装着を赤く染めてしまい。腕を怪我したのだとか、太腿がどうかなっているとか私でもわかりだす。


 その時は、とうとうやってきた。

 二人の動きが止まった。

 砂浜におちた剣は一つ。


 それはフォルトのものだった。

 白色の衣装のため、ところどころ赤く染まり実に痛々しい。

 何より、ラスティーの剣はフォルトの脇腹に食い込んでおり、フォルトは剣を捨てこれ以上肉体を切られまいと、ラスティーの剣を握っていたのだ。



 悲鳴が上がり。目を背けるものもいた。

 私も思わず口を覆った。

 だけと、私は目を背けるわけにはいかなかった。

 明らかに苦しそうな表情でフォルトはラスティーを睨んでいた。

 脂汗がフォルトの頬をつたう。



「いい加減に諦めろ。これだけの致命傷を負ってはもう戦えない。降伏しろ」

 ラスティーはフォルトに降伏するように要求する。

 フォルトはすでに肩で息をしていて肩が激しく上下する。

 食いしばった表情でフォルトはどれほどの痛みに耐えているのだろう。

 ラスティーも何か所か切り付けられたようだが、フォルトほど深い傷は一つもない。



 フォルトが刃を握る手を離せば、胴に深いダメージを負う。

 だから、ぼたぼたと血が落ち続けるなか、刃を握り続け険しい顔でラスティーを睨み続けていた。

 でも、フォルトの片方の膝がガクっと崩れ落ちた。


 かろうじて、刃をはなさなかったのでまだ深いダメージを負ってないけれど。もうフォルトは立つことが困難なほどのダメージを負っているのだ。

 勝敗が付くのはもう時間の問題なのは明らかだった。

 フォルトの目にあきらめの色が浮かんでいるのがわかる。




 その時だった。

「立て! 諦めるな」

 私の隣で、ジークが席から立ち上がり大声で叫んだ。諦めるフォルトにカツを入れるように。

 いつまでも、どこか他人事のようにふるまっていたジークが静寂を打ち破って大声でフォルトにカツをいれるとは思わなかった。

 フォルトが一瞬こちらをチラリとみると、フォルトののどぼとけがごくりと動いた。そして、ラスティーの剣に捕まりながら、立ち上がろうと動きを見せる。

 もう見ていられないと目を覆おうとしたとき、ジークが私の手をを掴んだ。

「逃げるなレーナ・アーヴァイン、フォルトは君をかばった。その結果から、君が今目をそらすことは私が許さない」

 ジークの怒声に私は生唾を飲んで、フォルトを見つめた。

 ジークの言う通りだ、フォルトは私をかばってこの戦いを受けたのだ。他の誰が目をそらしても私だけは目をそらすわけにはいかない。

「フォル「フォルト様!! 立ってください!!」

 私の声にかぶせるように、野太い声が響いた。


 え? 誰の声!?


 野太い誰かの声を皮切りに会場がバタバタとざわつきだす。

「フォルト様、どうか負けないで下さい」

 また違う声が後方から上がった。



 なにこれ、どうなっているの? この声の主は誰? いったい誰が言っているの?

「何が起っている……」

 ジークが異常事態を察知し、私の手を軽く引きあたりを警戒する。


 公爵の手前。フォルトを大っぴらの応援できるのは、私と平民のシオンと、他領のジークと、家をかけているアンナとミリーくらいしかいない。

 でも、このメンバーの中で野太い声が出せる人物などいない。

 じゃぁ、いったい誰なのか? 会場中が疑問に包まれ声の主は誰かとざわつく。

 勝敗がつこうとする土壇場で、負けようとしている人物の肩を持つのは誰かと……


 

「領主にふさわしいのはフォルト様です」

「負けないでください。フォルト様より民のことを見てくれる者は他におりません」

 大きな声はあちこちから聞こえる。

「何事だ……」

 お父様も眉をひそめあたりを見渡す。

 お父様の様子からして、これはお父様すら予想しなかった完全なイレギュラー。


 私の横に座るお父様のもとに警備の偉そうな人物が現れ報告を始める。

「公爵様、報告いたします。領主戦を応援させろと平民が詰め寄ってきております」

「平民?」

「それがかなりの数です。……武器を持たない魔力も使えないアンバー領内の平民です。女子供もおり、数が何分多く。攻撃を目的としているわけではないので、武力で制圧するわけにはいかず……いかがいたしましょう」

「俺たちを真っ先に助けてたのはあんただ! だから首をつらずに済んだんだ。こんなところで負けないでくれ」

 最前列までとうとう、声の主はやってきた。

 貴族の私たちと比べると、あまりにもその格好はみすぼらしい。

 でも、警備の人間に肩を掴まれても、腕を掴まれても、大人の男が声を張り上げるのだ。



「今は神聖なる領主戦の真っ最中だ。庶民が入っていい場所ではない。下がれ」

 フォルトに激励をいれた男の首根っこを警備が掴んで後ろに引き下がる。

「あっ」

 私は思い当たることがあって、思わず口を覆ってしまった。

 これは私が引き起こしたのかと驚きの表情でお父様は私を見つめた。



 昨年の事件で一部商会、運送業者に大きな被害が出た。

 領主不在で補填金の配布はいつくるかわからず、采配によっては誰かが首を吊る羽目になる。そこに貴族の間に頭を下げまわってフォルトが寄付金を集め、丸く収めた。

 ハンスが教えてくれたことだ。

 今ここに詰め寄っているのは、おそらくあの時フォルトの優しさで助けられた人々だとしたら……

 商会、運送業者、その家族上げたらきりがない。老若男女の声が、フォルトの勝利をのぞみ、声を上げたのだ。

 


 私も民意でひっくり返せないかと貴族の家々を回った。

 試合は無効だと複数の人が言えば、領主戦と言えども中止は無理でも延期くらいにならないかと考えたのだ。

 でも、私の声は貴族の家々の当主たちの誰にも届かなかった。

 私の肩を持ち、私のお父様を敵に回す理由もなければ、私に借りもなかったからだ。



 ビーチに風が吹く。その風に乗って、無数の声が届く。

 フォルトの勝利を望む、沢山の声が……

 これは、まさしく――――民意だった。





 会場を包むフォルトを応援する声に、貴族たちは驚きを隠せなかった。

 王立魔法学園内でも、平等とは口だけで貴族と平民の間には高い高い壁がある。

 それがどうだ、今会場中にフォルトの名前が何度も呼ばれ感謝の言葉が鳴りやまない。

 それほど多くの人が、処罰を恐れずフォルトのために動き声を上げている。

「すごい……」

 思わずその熱気にあてられつぶやいてしまう。

「レーナこれは君の仕込みか!?」

 馬車であちこち回っていたことを知っていたジークが、驚いたように私に声をかける。

「私は仕込んでなんかいません……フォルトのこれまでの行いを見ていた民が、フォルトが領主を諦めることを望んでいないというだけ。フォルトの優しさは、これだけの多くの民意を動かしたのです……」



 しかし、すでに、勝敗はほぼついたようなものだ。

 フォルトはかなりの傷を負ってしまっている。

 腹部の傷など他の傷とは比べ物にならないほど深いのは明らかだ。手だってラスティーの剣を握ったダメージは測りしれない。

 それに、フォルトの武器である剣は砂浜に落ちてしまっている。


 フォルトはすーっと息を吸い込んで、空を見上げた。


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