第37話 優しさと救い
「私の商会は、領境を超えるような大きな取引はしていないのですがね」
事件のことなど私は知らないだろうと、得意げな顔でハンスは話し出した。
「昨年領境でトラブルがありましてね。それを収めたのが、領主様ではなく娘のレーナ様とはとこのフォルト様だったんですよ」
知ってる。だってレーナは私だもん。
昨年の夏休み、クライスト領に続くオルフェの森には教会の残党が残っていて、沢山のケシの花が栽培されていた。
大量の麻薬を持ち出したい彼らは、大胆なことに土砂崩れが起きたように見せかけ二つの領地をつなぐ街道を封鎖した。
それも、領主不在のタイミングを狙って……
領地を行き来できるような道は、防衛の関係で意図的に少なくされており、一つの行き来できる街道が封鎖されることは。
海産物の輸出業者に大打撃を与えることは明白だった。
13歳の子供が領主不在時に先頭に立ち、ことを収めたことは商人や運搬業者の間でそれは話題になったそうだ。
足止めされたせいで、鮮魚の多くはやはり輸送に耐えることはできず、廃棄することとなり、それなりの額の損害がでた。
商会と運搬業の間で、どちらがどれくらのいの割合で負担をするかの話し合いが行われた。
運ぶ鮮魚の大半がダメになるような不測の事態は、流石に運送業者で想定されておらず。
負担する金額次第では人が首を吊るには十分すぎる額だったそうだ。
輸送を依頼した商会も、どんな理由であれクライスト領の商会に納品できなかった賠償金の支払いが重くのしかかり、簡単に負担などできる状況ではなかった。
それゆえに、ピリピリとした空気の話し合いが行われることになった。
負担額によっては、商会か運送業者どちらかが傾く。
領主様からの、補填が入るだろうが即時ではない。
一つの業者が傾けば、影響は他の業者にもでる。
今回影響のなかった小さな商家も話し合いに加わり、領主様から補填金が入るまでどうすれば、お互いがつぶれないかの話し合いにハンスも参加したらしい。
とはいえ、どこもそんなに余裕があるわけではないし。今回の影響がどこにでて、どうなるかわからないなか、どれだけの金を出せるかの話し合いは難航したらしい。
そんな時だ、話し合いの場に、金貨の入った袋が届いたそうだ。
アンバー領の貴族の家々から、このタイミングで寄付金が届いたのだ。
寄付金は、誰かが首を吊るかもしれない状況を救った。
そして、その寄付を集めるためにアンバー領内の貴族の家々に頼んで回った人物――それが、フォルトだった。
フォルトが、動かなければ返さなくても済む寄付金がこれほど集まることはなく。
結果フォルトは商会、運送業者の誰の首もつらせなかった。
「お会いしたことはもちろんありませんが、いざというときに我々のような者のことを考えて動いてくださる方にこそ上に立っていただきたい。まぁ、実際庶民が領主様を選ぶことなんかないのでしょうがね」
ハンスはそういって笑った。
フォルトの優しさは、顔も知らない誰かを救ったのだ。
全く、フォルトらしい。
フォルトの優しさは領主にとってはふさわしくないかもしれない。だけど、状況を判断し。行動に移し誰かを救ったフォルトほど領民に慕われている候補者はいないと思う。
フォルトに領主になってほしいのは、私だけではない。
貴族は私の話を聞いてくれないだろう、でもフォルトを支持し領主になることを望む人がいる。
そんな人たちの希望を何もせずつぶすわけにはいかない。
「ど、どうされましたか?」
涙がたまっている私をみて、ハンスがおろおろと声をかける。
「ありがとう。私も彼が領主にふさわしいと思います。優しいところはフォルトの短所でもありますが。短所はおいおい克服すればいいのです。だって、まだフォルトは14歳なんだもの」
私は、立ち上がった。こんなところでくよくよしている場合じゃない。
彼を必要としている人がいる。
こんなところで、めそめそしている場合ではない。まだ領主戦の開幕まで時間がある。最後まであきらめるな、レーナ!
「覚悟が決まったわ。まだ回ります。馬車を早く回して頂戴」
「かしこまりまして」
護衛が頭をさげ、別の護衛に指示を出す。
「本当に、ありがとう。私も最後まであきらめません。今日会えてよかったわ、じゃなければ私は諦めてしまっていたと思うわ。とてもいい話をありがとう」
護衛が差し出す手に、慣れたように私は手を重ね。馬車へと少し早足で向かう。
「は、はい……」
私の様子に戸惑ったようでハンスはそう返事をし、私が乗る馬車を茫然とした顔で眺めていた。
まぁ、かき氷売ってる女が高そうな馬車に乗るだなんて思わないわよね。
その時私は知らなかった、私の乗る馬車の後方に、小さく小さくアーヴァイン家のハイビスカスの紋が入っていたことを。
「紋入り……それも、直系五輪」
あの馬車に乗れるのは、今は公爵様と直系の娘のみ……ハンスは自分が誰に得意げに話したのかを理解してその場にへたり込んだ。
きっと皆のことだ。
今夜は寝ないに違いない。最後の最後までフォルトが魔剣を使わずに勝負に勝てるようにと粘るだろう。
魔剣はリスクがあるから、フォルトには使ってほしくないが。皆きっとフォルトに勝ってほしいのだ。
「約束もないのに夕方から訪問するのは……」
護衛が苦言をしめす。
「明日は領主戦。家々の当主が見に来ないはずはありません。夜になればなるほど、在宅してないの言い訳は通じませんし。アンバー領にとって、大損出になるかどうかの瀬戸際。寝ている場合ではございませんわ」
アンナとミリーは帰ってしまったけれど、私は粘った。その結果、なんとか3人もの当主と前日になって会うことに成功した。
もちろん苦い顔をされたし、たしなめられた。
けれど、今後を左右する重大な局面だと思っていることを言うと、皆苦笑いをした。
大きな成果はぶっちゃけなかった。聞かないと帰らないだろうと苦笑いではあったけれど、話しは聞いてもらえたくらい……
私ができることは後何があるだろう。
願わくば、たった1%だとしても。どうか、領主戦に勝ち、領主になることを彼に諦めさせないでください。
私は真っ暗な夜道、馬車の小窓から見上げた夜空に流れる流れ星に願わずにはいられなかった。
遅く帰ってきたことはもちろん怒られた。
「いくら紋付の馬車とはいえ、襲われたらどうするのですか」
とクリスティーはお気持ちはわかりますがといいつつもカンカンだった。
親ばかなお父様だから、今日はどうだろうと思ったけれど。今夜ばかりは何も言われることはなかった。
ビーチでは、まだ特訓が続けられていた。
リオンの言う通り、フォルトは魔剣を取り出すことはできなかった。
それでも、出せないならどうすべきか。
格上のリオンと剣を交えることで、何かを掴もうとフォルトは必死に何かを学び取ろうとしていた。
私は領主戦のことを思うと寝れなくて、かといって、うろうろすると心配させて邪魔になるからと、寝室の窓からビーチを眺め続けた。
夜が明けるまでに流れるいくつもの星々に、私は何度も何度も願った。
どうか、彼を勝たせてください。
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