第36話 やれることは全部やれ!
フォルトの身体の中に、それからかなりの時間をかけて1本の魔剣がすべて入った。
それからすぐに特訓は始まった。回復魔法を使い、本当に寝る時間を惜しんだ……
フォルトは練習をまじめに続けた。取り出せもしない魔剣を取り出せると信じ。
魔剣こそ取り出させる気はないものの、リオンは剣術、シオンは体術、ジークは魔法での足止めが雷魔法では何ができるかなど、それぞれ得意なものをフォルトに精いっぱい教えようとしていた。
メイドが準備した飲み物や食べ物を運ぶしかできない私は、どこか蚊帳の外だった。
私も何かできればと思うのに、私はフォルトに教えられることなど何一つない。
皆が一丸となって頑張っている中で、あまりにも私は無力だ。私が引き金で起こったことだから余計に、自分が嫌になる。
そんな私にフォルトは、「アンナとミリーのことは自分が勝って何とかするからレーナ嬢は心配するな。魔剣もそのうち出せるようになる」って私を心配させないように笑うのだ。
『どれだけ頑張っても、リオンは魔剣の取り出し方をフォルトに教えない!』そう叫びそうになるのをぐっと私は飲み込んだ。
時間は流れる、一騎打ちもいつまでも引っ張れるわけではない。この時間は必ず終わり、そしてはっきりと結果が出てしまう。
その時に私はこんな風に見ているだけだったら絶対に後悔する。
フォルトのことも、アンナのことも、ミリーのことも……
ジークは無駄だと言ったけれど、今の私にできることはこれしかない。
民意に訴える。
アンバー領の貴族の家々を回って、それぞれの家の当主にラスティーとフォルトの領主戦は今するべきではないことを支持してもらう。
フォルトは魔剣こそ取り出せていないけれど、動きは格段によくなったと思う。
まっすぐだけだったフォルトの剣に、勝つための剣が少しずつ加わってきた。
せめて、猶予期間が少しでも伸びれば、もしかしたらが加わるかもしれない。
それが私に唯一できることだ。
護衛を付け、覚悟を持って家を出ようとする私に、ジークが何か言いかけたけれど。
私の顔をみて、言っても無駄だと解ったようで。
「後悔しないように」と言ってくれた。
貴族の家々までは馬車で護衛に連れて行ってもらえるけれど、貴族の屋敷は門から家までの距離がやたら長い、おしゃれな階段も、ヒールの足にはきつい。
シオンが毎晩、ため息をついて足を治してくれるのに、あいまいな笑顔を浮かべながら。
私は連日今日は何かが変わるかもしれないと、家々を回り取り次ぐ気がないメイド達に必死に頭を下げ続けた。
「今は確かに足りないところがあるかもしれません。ですが、時間が経てばきっと変わります。彼は領主になるための大切なものをきちんと持っているのです。どうか、話しだけでも聞く時間を取っていただけないでしょうか?」
なんど言ったかわからないセリフだ。
でも、今の私にはそれしかできない。
何度目かの門前払いに下を向きそうになるのを、深呼吸をしてあきらめるなと青い青いアンバー領の空を眺めた。
何度目かの時だった。
「レーナ様。水臭いです」
私にそう話しかけてきたのはアンナだった。
「アンナ!?」
「もう、本当にそうですよ。レーナさまが連日貴族の家々を回っているって噂を聞いて本当に驚きました。領主戦の開催を民意でひっくり返すおつもりですね」
「それに、ミリーまで!? ……二人とも家は!?」
私が驚いてそう聞くと、二人は顔を見合わせて笑う。
「フォルト様が負ければ私とアンナの家はどうなるかわかりません。最後くらい好きなようにさせてくださいと……飛び出しちゃいました~」
ヘヘヘっとミリーは笑う。
「3人で回れば、3倍の家々がまわれます。レーナ様が望むことをできるようにフォローする。それが私たちの役割ですから。どうか、私たちをお使いくださいませ」
「レーナさまだけに下の身分の者に頭を下げさせるわけにはいきません! 最後まで足掻きましょう」
アンナとミリーはそういって、両膝を折り、私に最上礼をした。
私たちは3人で、説得に回った。
会ってくれる当主はやはりいない。対応するメイド達も、やんわりとあきらめるようにと言ってくるけれど。私は諦めない。
「ここで、彼を見捨てるということは、アンバーにとっての損失です。だから、私は説得を諦めるわけにはいきません」
これが私の今回の領主戦の戦い。フォルトが諦めないのだから、私が先に諦めるわけにはいかない。
直系がこれだけ、たった一人に肩入れをすることをよく思わないものは当然いるだろう。
前例がないからこれは今後の私のリスクになると、助言をくれる方もいらっしゃった。
「前例がないなら、これが初めてにしてしまえばいい」そう言い切って、私たちは回ることをやめなかった。
初めは門前払いだったのが、連日の暑さを心配して飲み物を出してくれる家々も出てきた。
私たちの訴えに、メイドや従者たちが少しずつ考えが変わっているようなことを感じた。
もう少し、もう少し、せめて私の訴えを聞いてもらえれば……
お願い、ラッキーネックレス様。事態をどうか好転させて!!!
私は胸元のネックレスとぎゅっと握った。
領主戦の日がいよいよ決まった後も、私たちは諦めなかった。
どうか、今からでも日を伸ばすように共に私の父である公爵に掛け合ってほしいと訴えるために。
それでも、時間は無常で。結局当主にあうことなく、領主戦の前日。
私はこのまま、まっすぐに家になんか帰れなくて。
かき氷を売った海岸で美しい海を見ながら泣いていた。
なんて、無力なんだろう。
民意でひっくり返そうと必死に説得しようとした。
でも、私の声は届くどころか、届けたい人に会うことすら叶わなかった。
「そんなところで膝を抱えて誰かと思えば。あなたここでしてたかき氷のお嬢さん? あれ? 金髪でしたっけ?」
「何者だ」
私の元に寄ってきた、おじさんとの間に護衛が当然入る。
あっ、このおじさん知っているわ。
「あなた確か、かき氷のシロップに使うフルーツの仕入れの……確かハンスさん?」
「はい、そうですが? え? 護衛? え?」
ハンスさんは私と護衛を交互に見やる。
かき氷の売り子がこの領地の領主の娘だと誰が思うだろうって話よね。
「彼はアーヴァイン家やクラエス家に卸もしている商会の方だから大丈夫よ」
シオンのかき氷関係でしか付き合いはないけれども……って言葉を私は飲み込んだ。
けれど、家やジークのところに出入りしている商会の方というのは、護衛をそれなりに安心させたのか。
くれぐれもご注意くださいと、いざとなったら駆け付けられる程度の距離に離れて二人で話をできるように取り計らってくれた。
「その節はどうも。おかげさまで、公爵家に出入りをしたということで、少し新しくうかがえる家も増えて助かりました」
ハンスはそういって頭を下げた。
大きな家に出入りできたということは、商会として信頼につながるのかもしれない。
ハンスは頭を上げるとこういった。
「ここらのお貴族様が最近ピリピリしてるから、屋台を開いても、お客さんがあんまり入らないだろうし。価格帯がかなり高い設定だったので心配しておりました」
ピリピリの原因は、迫る領主戦と。私たちが貴族の家々に領主戦を何とかするために回ったせいだ。
大きな家への出入りはないみたいだけれど、彼も商人。繋がりでいろんなことを耳にすることもあるのだろう。
「噂をあなたも聞いたのね」
「領主戦が近いからでしょうね。アーヴァイン家は一人娘ですでにクライスト領の公爵の子息と婚約している。領主教育を受けられた人が何人いるかはわかりませんが。領主戦をするってことは、確実に一人が脱落する。今後のことを考えるとお貴族様は大変でしょうね」
「そうね。本当に大変でしょうね」
「まぁ、私たちみたいなのはあまり関係がないのですが。ここだけのお話ですが、商会一同はフォルト様を押しております。まだ14歳と年齢がお若いので、今回の領主戦とは関係がないでしょうが……この領主戦を見て、ご自分が挑まれるときの糧になればと陰ながら応援しておりま「なぜ!?」
思わず立ち上がってしまった。
護衛も慌ててこちらにくるから、私は護衛の大丈夫の合図をしてハンスに詰め寄った。
かき氷の屋台にはフォルトはいなかった。
ハンスはこれまで大きな家々に出入りしたことのないシオンがみつけてきた商会の人物だ。
なぜ、そんなところから、フォルトの名前が好意的に出るのかだ。
現にハンスはこのアンバー領の領主の娘が目の前にいるということにちっーーーーーとも気が付いてない!
「お嬢さんは知らないでしょうが、実は昨年の夏。ちょっと大きな事件がありましてね」
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