第29話 1%

「いくら早く気が付くことができても、民のために動くことができても。今勝てなければ意味がない。レーナ嬢だって勝つにはどうすればいいか一つも思いつかないだろ……。慰めの言葉も、発破をかける言葉もいくら掛けてもらっても勝てないんだ。それだけの差が残念ながらあるんだ」


 だって、だって……私のせいでフォルトは領主戦を受ける羽目になったし、フォルトが勝たなきゃアンナとミリーの家ごと処罰されるのは明らか。

 普段親ばかである父は一向に動かないし、今回の件で私だけが何もリスクを背負ってない。



 レミナリア家とスペンサー家の2家がラスティーを支持しないと表明した。

 民主主義的になんとかならないかしら? 

 他の家を巻き込んで大勢で支持しないとやるではどう?

 アンナとミリーの家だけでは、通らないことも大勢の貴族がこぞってラスティーを支持しないと表明したら?

 


「レーナ嬢もういいんだ」

 そういって、フォルトは困ったように笑った。

「……ラスティーを支持しない家がもっと増えれば流石にお父様も黙ってはいないやも「これ以上アンバー領内の他の家を巻き込むのはお勧めしないね」

 ほんのり浮かんだ案を口に出したけれど、その案は実にあっけなくジークによって却下された。

「「ジーク(様)!?」」

 会話に割り込んだジークに思わず驚いて私とフォルトがジークの名前を呼んでしまった。

「一向に戻ってこないから、様子を見に来たんだよ。声をかけただけで、そのように驚かれてしまうなんて、心外だね」




「民意では領主戦はひっくり返せないと?」

 私が聞き返すと、ジークは首を横に振る。

「ひっくり返せないとは言ってない。そうだね……影響力がある階級の貴族達がこぞってフォルトの肩を持てばひっくり返せる可能性はある。ただ、レミナリア家とスペンサー家がフォルトを支持したのは、あくまで権限を子供が握っていたからにほかならず、当主が支持をしたわけではない」

 口元に手をやるお決まりの考察ポーズで否定をするかと思えば、ジークはあっさりと民意でひっくり返せる可能性はあると断言した。



「では、領主戦が始まるまでに影響力のある貴族の家を回って説得してはどうでしょうか? フォルトが領主戦を受けなければならなくなった理由、それを知れば……」

「それは無理だ……レーナ嬢。俺の肩を持つメリットがない。あるのは領主戦を周りを説得し、回避しようとしたというデメリットだけだ」

 否定したのは、ジークではなくフォルトだった。

「フォルトがわかっているようで安心したよ。それぞれの家の当主を説得しようにも、フォルトの肩を持つ特別な理由がない。流石に私はその説得には加われないし、レーナとフォルトの二人で回ったところで、結果が回る前から目に見えている。最悪、とんでもない条件をレーナとフォルトに飲ませようとしてくる輩がでるかもしれない」

 ジークのまっとうな意見に思わず私は下を向いた。



「ジークはっきり言ってくれてありがとな。とりあえずレーナ嬢のことは、まだ何があるかわからないから頼ん「まだ、君は負けていないじゃないか」

 頭を下げるフォルトをジークははっきりと否定した。

 さんざん先ほどまで私がフォルトに言ったことだ。



「その話は、さっきもレーナ嬢がさんざん」

 フォルトが不快そうに眉をしかめて、どうしてわかりきっていることを蒸し返すと言わんばかりにジークを見つめた。

「君は領主になったとしても、困難なことがおきれば『自分には無理だ。しかたのないことだ』と逃げるのかい?」

「今の俺は領主じゃない……」

 ぼそりとフォルトがつぶやく。



「そんなことを言っているから――君は領主になれないんだ」

「今回の話と、領主になってからの話は関係ないだろ!」

 カッとフォルトの目が開いて、私がヤバいと思うより先にフォルトはジークの胸倉を掴んだ。

 フォルトのほうが体格もいいこともあり、胸倉を掴まれると、ジークの足が少し浮く。



 ジークは胸倉を掴むフォルトの手に両手を添えると、フォルトをまっすぐ見つめて口を開く。

「関係ある。勝てないとわかっていても、みっともなくても諦め悪く足掻くのが領主だからだよ。欠点を指摘され、そこで退くものは領主にはなることはできない。まだ勝負はついてない。領主になりたいのだろう? なら勝算が1%にも満たないとしても、君は戦いの舞台から自ら降りることなど許されない」

「ちょっと、二人ともいったん落ち着きましょう。ほら、ね?」

 ホホホと笑いながらまぁ、まぁと二人をなだめにかかる。



「綺麗ごとを通したいんだろう? なら負け戦だとしても、最後まで信念としてここまで来たら突き通せ」

 私の仲裁など一切無視して、ジークはさらにフォルトに言葉をぶつけた。

「勝算が1%もないとしても立ち向かう場面なんか、直系のジークにはないだろ」

 フォルトの声は小さく震えていた。

「あるさ。レーナを時計台に呼び出した人物から逃げる際、避難した先でフォルトだって見たはずだ。私がみっともなく領地にいる魔子を退治するための答えを探し、必死に救いを求め本を読み漁りあがいた学園のを」

 幾重にも詰まれた本の山、山、山。

 ニコル・マッカートの偽物から逃げるために、私はフォルトと秘密の部屋に逃げ込んだときに、秘密の部屋に逃げ込んだに違いないと出入りの方法を知っており私たちを迎えに来たジークにフォルトが詰め寄っていたのは、昨年の冬の話だ。

 心当たりがあったようで、フォルトの表情が急に冷静になり、ジークの胸倉を掴んでいた手が緩み離れた。



 ジークはフォルトの手が離れるとすぐに乱れた胸元を手で正した。

「魔子のことが明らかになった今、フォルトなら私があの部屋でなんで足掻いていたかわかるだろう? 私だって、直系であることに胡坐をかいているわけじゃない。クラエス家が代々魔法での攻撃に長けているのはなぜか知っているかい?」

 冷静になったフォルトは、弱弱しく首を横に振る。

「氷魔法は応用がかなりきくから便利ではあるけれど、持続性に欠けるんだ。術を使えば使うほど身体が冷えて術者の動きがどうしても鈍くなる。聖魔法とは違い疲れや冷えた体を癒す術はないし。雷魔法のように、身体魔法のリミッターを外すことができない分、どうしても速さで劣る」

「そんなこと教科書には……」

「自分の弱いところがばれるのは皆避けたいものだよ。私だって普段は動きがだんだん鈍くなること、身体強化で動かそうとすることとのズレが出てくるのをうまく隠しているだけだよ。不思議と使い手は、欠点を取り繕うのがうまい人物が多いんだ」

 敵なしだと思っていた、ジークにそんな欠点があったの!? 確かにジークが感情が高ぶったときに魔力がうまく制御できないのか寒い思いを度々していたことを思い出す。

 氷魔法の使い手といえどしょせん人……長時間の冷えに抵抗し続けるすべなどなかったのだろう。


「さて、時間が無駄だね。幸いレーナが抱えているシオンとリオンは優秀な治癒師だし、寝なければ睡眠にあてるはずの時間も使えるね。そして、癪ではあるがリオンに至っては国で指折りの強さだろうし、師として学べることはたくさんあるのではないかな? 正攻法で相手を遣り込めろとは公爵様はおっしゃっていない。とにかくどんな卑怯な手を使ったとしても、サシで勝てばいいんだ」

 寝なければとかサラリととんでもないことを爽やかな笑顔でジークはぶっこむ。

 そして、言葉をすべて言い終わるとトンっとジークはフォルトの胸元を叩いた。


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