第25話 名演技

 フォルトが負ければ、二人はどうなるの?

 会場のざわめきの大きさは、見守っていた貴族達すべてが負ければ2家がどうなるかを知っているからだ。


 ラスティーは、アンナをにこやかな顔で見つめ二人にはっきりと言ったのだ。

「君たちの決意はよーくわかった」と。

 私とフォルトと同じ系統の顔つきだけれど、その笑顔には私もフォルトも出せない押し殺した怖さがあった。

 それに臆することなく、アンナは微笑み返しながら言葉をつづけた。

「わかっていただけてよかったですわ、ねぇ、ミリー?」

「全くです。ねぇ、アンナ」


 リオン全く何やってんのよ。

 私は何も明暗が浮かばない自分を棚に上げて、すべてを丸投げしたリオンを探した。

 パーティー会場の奥にリオンはいた、私の父と共に。

 何かを必死に訴えるリオンとは対照に、私の父は涼しい顔で、明らかにリオンの話を取り合っていない。

 リオンはいろいろ考えた結果、公爵である私の父を説得するしかないと思ったのかもしれない。

 その時、かなりの距離があるけれど、父がこちらを向き私と目があった。




 アンナとミリーはレーナを守るために、あなたが二人に命じ傍に付けたのでしょう。だからこの場に出てきて何とかしてという思いですがるように視線を向けた。

 しかし、ただならぬ状況は一目瞭然なのに、父はレーナと同じ緑の瞳を細め、腕を組み挑発的に、『そこにいるラスティーを領主にしたくないのだろ? ならレーナが何とかしてご覧』と言わんばかりに笑ったのだ。

 そして、明らかな会場のざわめきにも関わらず、一番奥から1歩たりとも動くことはなかった。

 



 だめだ、父を頼ろうとしたことが間違いだった。今まであえて動いていないことはわかっていたけれど、このような状況になっても動かない。

 とりあえず、このまま帰れば、アンナとミリーも心配だし、何よりフォルトとラスティーの領主戦が始まる。

 どうすればいいの、どうしたら?

 あれこれ、考えるけど頭がうまく回らない。

 そういえば、昨日はよく眠れたかというと、パーティーの準備で忙しく睡眠時間が前日徹夜したわりにあまりとれていない。

 徹夜した影響がまだ残っているから頭の回転がいまいちなの……いや待って、このまま私が倒れてみたらどうかしら。

 リオンにはパーティーをぶっこわ……うまく中止にできないか命令を出しているわけだし。



 他に案も浮かばない。

 きっと、私が倒れても、ジークがそばにいるから頭を打ち付けるようなことになる前に抱えるなりするだろう。

 アンナとミリーのせいで大ごとになった会場にさらに大ごとを起こす!



 私は会場の奥から一歩たりとも動いていない、父を見つめた。

 ニッコリと父はその場から動かず私に笑いかける。

 後は任せたわよ。リオン、ジーク。

「ジーク様……」

 私はあえて弱弱し声を出し胸元を抑えた。

「レーナ?」

 先ほどとは様子が変わった私をジークが不思議そうな顔で覗き込む。


 私はゆっくりと目を閉じ、横に倒れた。

「レーナ!」

 慌てた様子で、ジークが私が地面に頭をぶつけないように支えた。



「「レーナ様!!!」」

 倒れた私にアンナとミリーが駆け寄ってきた。

「いかがなされました。治癒師、治癒師をすぐに」

 アンナがすぐに声を上げる。



 すぐにリオンがやってきて、私の様子を見る。

 けど、私は仮病だし、意識のない振りをしている今、後のことはリオンにかけるしかない。


 リオンはすぐに私が仮病だということに気が付いた。

 でも、てきぱきと大げさに周りに話し出す。

 ストレスからくる疲労でしょうとその場ではっきりと告げると、会場にいては休めませんので一度家に戻るようにと手配を進める。

 その中で、リオンはさり気なく、私が不安になるからとアンナとミリーにも、私に付き添うようにと声をかけ、会場から引っ張り出すことに成功。

 かつ、ジークを使い、はとこであるレーナ様が倒れられたのだからフォルトにも連絡し、心配事の原因でしょうし顔をすぐに見せるようにと指示を出した。



 アンナやミリーにレーナ様に付き添うようにお願いするのはともかく、婚約者で階級の高いジークにフォルトを呼びに行けなどと、失礼な話だが。

 この会場で他にフォルトを連れ出せる人物などいない。

 ジークも意図に気が付いたようで。

「レーナも連日心配していた、そのほうがいいだろうし。私以外が声をかけても会場から今日は出ることができないだろう」

 とリオンの申し出を受けたのだ。



「先延ばしにしても無駄だ」

 ざわざわとする会場で、ラスティーがそう告げる。

「今はレーナ様の体調が一番ですので、どうかご理解いただきたい。領主戦ですが、レーナ様が悩んでいたことは今回のこと。どうか日を改めることをご理解いただきますよう」

 周りの目もあり、ラスティーは流石に、今日フォルトと領主戦をすることを断念したようで、それ以上言わなかった。

私たちはばたばたと会場を後にしたのだった。




 ジークに抱えられ私は馬車の座席に横にさせられた。

「レーナさま、大丈夫でしょうか?」

 とっても不安げな声でミリーが馬車に乗り込んだ。

「大丈夫よ、ミリー。治癒師であるリオン先生も一緒に馬車に乗られるから、何かあってもすぐに対処できるはずです」

「えぇ、そうよね。大丈夫よね、アンナ」

 馬車にアンナ、ミリー、リオンと乗り込んだ。

「すまないが、レーナを頼むよ。フォルトを必ず連れてこよう」



 ジークがそういうと、馬車の扉が従者によってしめられた。

 扉が閉まると、馬車に運び込まれる私を心配そうに遠巻きに見つめながら話していた他の貴族たちの声が聞こえなくなる。



 馬車が走り出し、しばらくしてから私は目を開けた。

「リオン、合わせてくれてありがとう」

「「レーナ様!」」

 私が起き上がると、アンナとミリーが大丈夫かと詰め寄る。


「大丈夫よ。実はあれは演技なの……」

 私がそういうと、二人はよかったよかったと口元に手をやり泣きそうになっていた。

「とりあえず、うまく言ってよかったわ。ジーク様ならきっとなんとかうまいこといってフォルトを引っ張ってくることでしょう」

 私はそう言って二人に笑って見せた。


「レーナ様、公爵様より伝言がございます」

 神妙な顔でリオンはまっすぐと私を見つめた。

「伝言?」




『子供浅知恵では、一時的に先延ばしはできても、領主戦はなしにはできないよレーナ』

 すべてお見通し、その上でお前じゃ止めることはできないよ。と父ははっきりと私宛に言い切ったのだ。

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