第24話 タルト食べとけばよかった

 流石にこれはまずい。

『私の体調の悪さを心配し過ぎて、つい言ってしまったのよ』と、フォローをしなきゃとミリーのほうに歩み寄ろうとして、私は立ちどまった。

 だって、ラスティーにはっきり言い切ってしまったミリーの顔は、完全に腹を決めたようで、穏やかにほほ笑んでいたから。

 私が動けば、友人の覚悟が無駄になる、ジークはそう言って先ほど私を制止した。


 ミリーはまだ14歳であるが、これまでアンナとミリーといろんな場面で私が恥をかかぬように、さりげなく動いてくれていたことを私は知っている。

 内容的にも冗談ではすまされないことがわからないほど、ミリーは子供ではない。


 家名を賭ける、それはどれほどのリスクがあることなのか私にはわからない。

 けれど、ミリーは家名すらも賭けるほどの覚悟を決めてしまったのだ。


 周囲のざわめきは消え、群衆が明らかに、ミリーとラスティーの一挙手一投足も見逃すまいとしているのがわかる。



「……ミリー」

 思わず私はミリーの名を呼んだ。

 ミリーは私のほうにゆっくりと向き直ると、いつものように柔らかく返事をした。

「はい、レーナさま」

『ミリーは自分がしたことをわかってるの?』なんて言えない、ミリーはそれを明らかにわかっていて言ったのだから。

 なんて声をかければいいのかわからず言葉に詰まる。




「レーナさま。やはり顔色が優れませんね。後のことは私に任せてお下がりくださいませ。レーナさまのフォローは私がしませんと。――後はよろしくお願いしますね。ジーク様…………アンナ」

 ミリーはジークをみた後、間をおいてアンナを真剣な顔で見つめた。

「……ミリー」

 アンナは震えた声でミリーの名を呼ぶと、ぎゅっと自分のドレスを握りしめた。

「アンナ、背の高いのを気にして吟味したドレスがしわになりましてよ」

 ミリーはそういって、いつものように失言をしてふふっと笑った。



 その光景がゲームと重なる。

 ゲームでは、先に退場したのはヒロインを虐めイベントで突き飛ばしたアンナだった。

 ヒロインを虐めたことを追及されたときに、アンナは背筋を伸ばし、それを否定せず、すべて自分一人で考えやったことだと言って、私やミリーに罪が問われないようゲームから退場するのだ。

 レーナ様のことは後は任せたわよとミリーに頼むかのように最後にミリーの名を呼んで。



「それでは、すみませんが。レーナの体調がすぐれないようなので、今宵はせっかく招待していただきましたが。これで失礼いたします」

 ジークがミリーの気持ちをくみ取り、ラスティーに声をかける。

 アンナは目にはこぼれそうなほどの涙をためて、口元を押さえ、ミリーを見つめたまま立っていた。

 ここで、ミリーをこの会場に残せばどうなる?

 私はラスティーに魔力では敵わない、けれど地位だけは直系ゆえにラスティーに勝る。



 父や母の思惑がわからない。

 でも、親バカである父は間違いなく領主で、きちんと線引きをして切り捨てることができる人間。 

 今回もこれだけのことが起こっているのに、動かないのは故意に違いないのだから、きっと私の力になってくれないだろう。

 どうする、どうする私。

 そうしている間にも、ジークはラスティーに会釈をして来た道を引き返す気満々だ。

 


 慎重に……慎重になるのよ私。私が今すべきことは、ジークと一緒にこの場を離れること……

 でも、ミリーはどうなるの? ミリーは私の友達じゃないの? 友達がこんなに身体を張ってるのに、私だけが安全な場所に今回も行くの?

 公爵令嬢として、私も割り切らないといけない、でも友達を見捨てる……そんなの私らしくない。

 私は、ジークの腕に添えていた手を離した。


 ジークが離した私の手をもう片方の手で押さえ、にっこりとした笑みで私に笑いかける。

『わかっているよね?』と笑顔が語っているのがわかる。

 取捨選択をしろ、君は公爵令嬢だろう? ジークはそう言いたいのだ。



 ジークが言わんとすることが公爵令嬢として正しい。これまで、ジークはあまたの選択を自分の意思ではなく、公爵家の嫡男として考え動いたはず。

 でも、私の中身は公爵令嬢のレーナじゃない。

 ジーク、私のためにしてくれているのにごめん。そういう気持ちでジークの顔を見上げた。

 一瞬ジークの顔から笑顔が消えて、離そうとする私の手をギュっと握りしめてきた。

「レーナ、戻ろう。具合がすぐれないようだし、私は

「ごめんなさい、ジーク様……」

 ジークの手は緩まない。そりゃそうだ、普通に考えて私をいかせるはずがない。



 笑顔のまま静かに始まるジークと私の攻防戦は、すぐに終わった。

「レーナ様、お傍を離れることを先にお詫び申し上げます。私とミリーがいなくとも、今のレーナ様はお一人にはなりません。レーナ様のことを考え、傍にいてくださる方が他にいらっしゃるので、大丈夫です」

 ドレスのすそを持ち上げてアンナは私に丁寧にお辞儀をした後、ミリーの傍に駆け寄った。

「アンナ!? レーナさまの傍にすぐに戻って!」

 ミリーが駆け寄るアンナにそういった。

「ミリー、それはできないわ。公爵様はこうも言っていました『二人で協力してレーナを守りなさい』と。いつだって、二人でやってきたじゃない。一人だけいいところをレーナ様に見せるなんてずるいわ」

「アンナ……でも……」

「レーナ様には信頼できる人が私たち以外にもできましたから、大丈夫です。だから、私たちは私たちに与えられた権利でやるべきことをしましょう……レーナ様のために」

 アンナはそういうとミリーにウィンクをした。



「アンナ・スペンサーです。私もレーナ様を守るように公爵様からミリーと同じ命を受けております。家名を賭けまして宣言いたします」

 ちょっとまって、アンナまってちょうだい……


「――あなたを支持いたしません」



 会場が先ほどとは比べ物にならないほどざわついた。

 スペンサー家とレミナリア家、二家も支持しないだとだの。

 レーナ様を守る命を受けた二家がだの……



 どうしたらいいかわからないなかで、ジークが私に向かって言った。

「本当に素晴らしい友を持ったことを、君は誇りに思わなければいけないし。これでフォルトは負けれなくなったぞ」と……

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