第26話 浅はかな子供

 私がパーティー会場で倒れたことは連絡が来ていたようで、クリスティーをはじめとして、メイドたちが心配そうな顔で門前にずらりと立っていた。


 馬車が止まり従者によって扉が開けられると、いつもは作法や礼儀にうるさいクリスティーが我先にと飛び込んできた。

「レーナ様、ご容体は?」

「クリスティー心配かけてごめんなさいね。ちょっと寝不足で倒れてしまったみたいで、今はこの通り大丈夫よ」

 私がそう告げると、クリスティーはほっとした顔となった。

「すまないけれど、皆の分もいつもの飲み物を部屋に用意してくれる?」

「レーナ様、すみませんが。私とミリーはご容体も安定されたようですので、一度家に戻ります。いろいろ話をしなければいけないことがありまして……」

「レーナさま、どうぞゆっくりとお休みくださいませ」

 二人はそういって頭を下げると馬車に乗って行ってしまった。



 自室でしばらくリオンと二人で待っていると、私との約束通り、ジークはフォルトを連れてきた。

「領主戦は!?」

 入ってきた二人に思わず私は詰め寄った。

「領主戦は今日は行われないこととなった。君が倒れたことで会場は騒然、それどころではなくなった」

 ジークがさらりと答えたけれど。

 その隣に立つフォルトの顔は浮かない。



「レーナ嬢……事情はすべてジークから聞いた。もう、こういうことはやめてほしい」

 フォルトの口からは、とりあえず延期させたことに対する感謝の言葉ではなく、私をたしなめる言葉が出た。

「でも」

 だって、フォルトが領主戦を受ける羽目になったのはきっと私のせい、だからこそ私は何とかしたかったのだ。


「フォルトの言う通りだよレーナ……お前の行動はフォルトのためにはならない」

 私たちの話に割って入ったのは父だった。



 なぜ、今私の部屋に父がいるの? そう思ったことが私の顔に出ていたのだろう。

「娘が倒れたんだ、駆け付けない親はいないさ。たとえ、それが仮病だとわかっていも建前というものがある。クリスティー、私の分も飲み物を用意してくれ。リオン、お前は席をはずせ」

 リオンは、私に軽く会釈すると退出した。

 父は私の部屋のリビングのソファーにどっかりと腰を下ろすと、ネクタイを緩めた。

 ネクタイを緩める父とは反対に、私もジークもフォルトも緊張の面持ちで、依然として部屋の入口のドアの前に突っ立っていた。


「いつまで、そこに立っているつもりかな? このままではよくないから一度ちゃんと話をしよう。幸いレーナが倒れてくれたおかげで私もこうして時間がとれた」

 父にそう言われて、私たちは顔を見合わせた後、ソファーへと腰を下ろした。



 ちゃんと話せる場を設けてもらったからこそ、お父さんがどうして静観しているのか聞かなきゃと思った私は、父の緑の瞳をまっすぐと見つめて疑問をぶつけた。

「お父様は、今回の領主戦どうして静観されているのですか?」

 私のストレートな質問に隣に座っていたジークが明らかにギョッとした。しかし、その顔は、すぐにいつもの愛想笑いに取り繕われた。

「どうしてかだって? それは私が中立を保つように公爵としてふるまっているからだよ。そうじゃなかったら、娘の部屋に押しかけた男などすぐにひねりつぶ……」

 レーナの父らしい親ばかな顔がちらりと除いたが、般若のような顔は、すぐに父の咳払いで元のまじめな顔となる。

 やはり、私の部屋にラスティーが来たことを父は知っていたんじゃない。



「どこが中立なのかわかりません。領主戦を挑まれたフォルトはまだ14歳。同じ学園に身を置くからこそですが、魔法の実技の授業はまだまだこれからです。そんなフォルトが、すでに学園を卒業した人物と決闘を行うだなんて……勝敗がやる前からわかっているではありませんか!」

 ダンっと思わずテーブルを叩いて身を乗り出し、父に思わず詰め寄った。

 そんな私に父はやれやれといった顔をすると、私の鼻先を指でぷにっとおした。

「領主戦は、お互いの合意がないとできない。14歳のフォルトが領主戦を引き受けないことを責め立てるものはいなかっただろう。だけど、領主戦を今やると決めたのは、他ではないお前の隣にいるフォルトだよ」

 鼻をぷにっと触る父の手を掃うと私はさらに抗議の言葉をつづけた。

「フォルトが領主戦を引き受ける原因になったのは、私のせいです。ラスティーが私の部屋に来たのはお父様もご存じだったでしょう」

「もちろん、知っているとも。ずいぶんと私も腹を立てている。だが、これはレーナが決めたことだろう?」

 父はそういって困ったように笑ったのだ。

「私が……決めたこと?」

 思わず父の言葉に首をかしげてしまう。



「魔力量は少ないがレーナが直系であることは変えられない。にもかかわらず、お前が自由恋愛をしたいなどと言ったのだ。周囲が止めるのも聞かずにね……

自分に降りかかる火の粉を自ら掃いのけることができるから、婚約解消を強行したのだと思っていたが、違ったのかなレーナ?」

 私の婚約解消が及ぼす影響は、次の相手が見つからないだけではなかった。直系という立場であることを考え、ふるまわないといけなかった。

 でも、今の私には自分に降りかかる火の粉を払う力はない。

 私は思わず言葉に詰まった。

「領主戦で負けたものは、領主になる権利を失う。ラスティーもフォルトが勝負に負ければ、お前と結婚したとしても領主にはなれなくなるから、フォルトが自分との領主戦を行うことで納得したのだろう」

「そこまでわかっているならば何故!?」



「フォルトには領主に向かない致命的な欠陥がある」

 父は私から視線をそらし、フォルトを見た。

「致命的な欠陥……」

 フォルトは愕然とした顔でつぶやくと私の父を見据えた。

「領主戦を引き受けた今知っても遅いが、教えておいてあげよう」

 愕然としたフォルトの顔をみて、父がクツクツと笑うとフォルトを真っすぐ見据えて言い放ったのだ。





「フォルト――お前は優しすぎる」





 父は言葉を続ける。

「レーナを守るために、領主戦を引き受けたことは父として礼を言う。だが、お前は領主としては失格だ。領主とは、いざというとき取捨選択をしなければいけない。お前に力がないなら、領主になりたいならレーナを見捨てなければいけなかった違うか?」

 はっきりと言われた父の言葉に、フォルトは唇を強く噛みしめ、その瞳は潤み反論の余地はないとばかりに下を向いた。

 泣くのをこらえるかのように、自分の太もものあたりで手をぎゅっと握りしめるフォルトをみて、私はたまらず、父に言い返した。



「では、お父様は、私がラスティーとどうなってもよかったというのですか!」

「そうならないために、私は準備をした。お前の隣を見てごらん」

 下を向き、声を殺すフォルトと反対側には、困った顔で、父のほうを見ず、テーブルを見つめるジークがいた。



「さて、ジーク。娘に君の考えを聞かせてほしい。もし、フォルトが領主戦を受けずに、ラスティーがレーナを諦めなかったら、君はどうしたのかを」


 ジークは私をちらりと見ると、視線を私からそらしたうえで答えた。

「……ラスティーを受け入れるか、私と再度婚約をするかの2つを提示してレーナに選ばせていたでしょう。少なくとも私と婚約を再びすれば、クライスト領との関係の悪化を恐れ、レーナに手を出せなくなるのは明らかでしたから」

「ということだよ、レーナ。アンナとミリーとは思ったよりもうまくやっているようで安心したが、二人もレーナの傍仕えがいなくなれば新学期は困ることもでてくるだろう。領主にはなれなくとも、持ち前のやさしさで、学園で娘を気にかけてくれ。頼むよフォルト」

 父は残酷なことをあっさりと言ってのけた。




 私の中にいろんな感情が込み上げた。ふがいない自分への怒り、悔しさ。今まで感じたことのないほどの、いろんな感情が混ざる高ぶりだった。

「さて、私は時間があまりないんだ。話を聞きたいこと、言いたいことはすべて言い終えただろうから、そろそろ終わりにしよう。可愛いレーナ。そのような顔をしても無駄だ。力のないものは何も守れない。学園に入学してからのレーナの動きは領主として一目置いている。さぁ、悔しかったらフォルトを勝たせてみなさい」

 私の流れる金の髪を一束掬うと、それに軽く口づけをして、父は部屋から退出した。



 悔しいけれど、父の言うことはもっともだった。

 鼻をすする音に私は横を向いた。

 フォルトは座った状態で、両手を太腿においたままぎゅっと握りしめていた。

 太腿のあたりには、ぽたぽたと水滴の跡があった。



 思わず顔を覗き込んだ。

 フォルトは、唇を噛みしめ、瞬きもせずにぽたぽたと涙を落とし泣いていた。

 ぐいっとフォルトを覗き込む私の襟元をジークによって引っ張られた。

 そしてジークは私に軽く首を振って見せた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る