第20話 歴史修正力

 ジークはカミルにたしなめられると、再び椅子に座った。

 座ってしまえばもうよけれないでしょ。

 私は、今しかないともう一つのクッションを振りかぶったが、ジークに片手で受け止められてクッションを掴まれてしまう。

「こんな時間にすまないねカミル。ところで、眠っていたアンナは起きたかい?」

 ジークはにこやかな笑顔でカミルと会話を始める。

 ただ、ジークの右手が私が振りかぶったクッションを握って私とギギギギっと無言の引っ張り合いになっているというだけで……

 目の前で起こっている攻防にカミルは気になってしまうようで視線をちらちらと向ける。


 クソっ、この手を離しなさいよ。

 私が両手で引っ張り出したことでクッションの形がかなりいびつな物となるが、ジークが手を離さない。

 涼しい顔をしちゃって。中性的な整った顔の系統の癖に握力、腕力共ゴリラかよ? あっ、身体強化か……

 こういう、ささやかなことにまで、できるからって身体強化を使うのは卑怯じゃないの? と思ったけれど、それを言葉にすれば「レーナもしてもかまわないよ」と私ができないのを知っている癖に言ってきそうだから私は黙る。

 もう、いい加減に離しなさいよ!

「はぁ……」

 ジークはため息をつくと、チラリとカミルに目配せをしたその時だ。パッとクッションからジークが手を離したのだ。

 もう全体重で引っ張っていた私は当然後ろに倒れ……なかった……



 私が倒れないように私の背にはカミルが回りこんでいた。

 ポフンっと胸元に抱きとめられて、上を見上げたらいつもは主であるジークとおなじで表情が乏しいカミルが……笑っていた。

 この人笑うんだ……

「……フフっ。これは失礼いたしました。お二人は仲がよろしいのですね、あんな風にムキになられるジーク様を初めて見ました。子供らしい一面をおもちでほっといたしました」

 フフッと上品に笑いながらそう言ったのだ。



 仲がいい? どこをどうみたらそう見えたのかと私はうんざりとした表情になる。

 私の顔をみて、カミルがコホンっと咳を一つした。

 私は、くそったれと思いながらも、乱れた髪を手でとかすと、表情をもどして何事もなかったかのようにジークから遠い位置に座った。

 ジークから意識して遠いところに座ったのをちらりとみたジークがこういったのだ。

「まったく、取り繕うつもりなら顔だけじゃなくて、態度も取り繕わないとばれるよ」

 私の大人の対応が不十分だとジークに指摘されてキッとにらみたいのをグッとこらえて。

 ジークの隣に私は腰をおろし、スカートのふんわりとした膨らみで隠しながら、カミルから見えない位置でジークの脇腹をつねった。

「これは、失礼いたしました。わざわざご指摘ありがとうございます。それで、アンナの様子はいかがなのですか?」


 ジークがニコっとこちらを向くけれど、気にせず私はカミルに話しかけた。

「先ほどの音でお目ざめになりました。身体が魔力切れの状態ですので、意識はあり口もきけますが、動くことができるようになるのは明日の昼ごろとなると思われます」

 アンナが目覚めたようでよかったと思うと同時に、寒さを感じる。

 思わずぶるっと身震いをして、ちらりとジークをみると素知らぬ顔をしているけれど、絶対故意に私の周りの温度を下げているなぁ……寒いじゃないのよ。

 負けるもんかと歯がガチガチしてきても、耐えていると、ジークが一つため息をついた。

 すると、私の周りの冷気が一気に無くなった。



 勝った! 勝利を確信して私はジークの腹をつねるのをやめた。

 それにしても、こんな大人げないことをしている場合ではないんだった。



 時間の残りが少ない。でも、なんとなく私の父の思惑はわかった。

 ジークは私と再び婚約することになっても異論はないようだけれど、そんなことになれば、せっかく婚約を解消した苦労が水の泡だし。

 それこそ、またヒロインがジークルートに入らないかにおびえる日が来るかもしれない。

 だから、私としては婚約を再びしたくない。



 ジークは自分が恋に落ちて、恋を成就するために動くなどということありえないと完全に思っている。

 何か手を考えないといけない。だけど、ジークは私の言うことを信じてくれない。

 このままじゃ本当に、父の思惑通り元通りだ。



 どうしてなの……運命から逃れられないの?

 まるでタイムリープ作品なんかによくある、歴史修正力みたいなのが作用してレーナとジークを元の関係に戻したいみたい。

 思わずこぶしを握り締めてしまう。


「不本意だが……レーナの父の目的が、私と再び娘を婚約させることだとしよう。パーティーでそれならどうするのが一番いいか考えよう。まだ夜は長い。君はこれまで何度も無理なことをひっくり返してきたじゃないか」

 ジークは取り合ってくれないと思ったのだ。それが意外なことに私の意見に譲歩してきた。

「信じてくれるのですか?」

 思わず目を見開いて隣に座るジークにそう言ってしまった。

「信じなくても、対策しておくにこしたことはないし。私が恋に落ちたとしても、約束を反故にしないかどうかは、あと4年強で結果がわかることだ。恋に落ちた時に私の婚約者でいるとまずいと考えているようだから、無理に今婚約をする理由が私にもないし君の意見を尊重しよう。時間もないし、何とかしないといけないことだらけだな。さて、レーナ。君はどうしたい?」

 ジークはそういって、笑った。


「私は……」

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