第19話 恋はするものではない、落ちるもの
「馬鹿げている」
にっこりといつもの愛想笑いを浮かべてジークはレーナがまた変なことを言っていると流す。
「私はまじめにそう思っております」
「なぜ、そんなに早急に君を婚約させたいのかわからない。君の推理道理だとすれば、フォルトを選べば君の命も狙われる可能性があるから。婚約の相手として君の父があてがったのは私ということになる。『万が一君が学園を卒業するまで婚約者が見つからなかった場合、私が君と結婚をする』それで話がすでについているじゃないか」
私がジークとの婚約を白紙に戻す、そう宣言した時に私の父がゴリッゴリにジークにこの要求をのませたのだ。
「そうですね。そうお話はついておりますね」
「君に相手がいないと得をする人物がいることは事実。君を利用しようとする人物が現れるのも事実。でも、君の父ならそれらを最終的に黙らせることができる。君ならわかっているだろう」
「そうでございますね」
「気分を害さないでほしいが。レーナとの婚約を解消した後も、私がアンバー領に長期滞在しても父が何も言わないことも。私の住まいにレーナを匿っていることですら口を出してこない。それは……君に次の相手が見つかる可能性が極めて低く。最終的に君と私が結婚すると思っているからだと思うんだが……」
ジークは言葉を選んで気を使っているようだけれど。オブラートに包み切れてない。
なんとなく、わかっていた。次って見つかるのかなぁとか、厳しくない? とかさ。
でもはっきりと、元婚約者の口から、自分だけじゃなくて自分の父もそのつもりなんだけど……と言われたも同然で頭が痛くなり、ほんのりと目頭が熱くなる。
「私の父も同じように私が次の婚約者を見つけるのは難しいと考えたのだと思います」
「学園生活は後4年強。レーナの傍には変なのが寄りつかないように、友人が二人もつけられて寄ってくる人物を選別する。万が一婚約をしても君に近付けたということは、つり合い的にも問題がないと判断された相手だ」
ジークが真剣に考察をする。
私の父が心配したのは私が恋愛結婚をできるのかではないのだ。
「私の父が懸念したのは、ジーク様あなたのことです」
今はまだ学園でダンスを踊る機会がないので発覚していないだけで、婚約者の私がいた時から、ジークの傍には沢山の女の子が群がっていたのだ。
今までは、婚約者がいるからとルールを守っていた人たちも、婚約が解消されたとなれば話が違うのだ。
「私が約束を反故にする……と?」
ジークの顔から愛想笑いが完全に消えて、機嫌が悪そうに珍しく眉間に深いしわがよった。
「そうでございます。父が心配しているのは、ジーク様が恋をしてしまうことです」
現にゲームではジークは恋に落ちたのだ。
クライスト領には魔子がいて、ユリウス・アーヴァインの子孫であるレーナを切望していた。
中には過激な連中もいて、まだ在学中にも関わらず長い冬を終わらせるために私を領地にさらおうとした連中がいたくらいだ。
にも関わらず、彼はヒロイン マリアに恋に落ちた。
光魔法も浄化する力も魔子には通用しない。
レーナに気にいられたジークは家のために私と結婚しなければならなかった。周りが好きな女ができたからといって婚約の解消を認めるはずがない。
にもかかわらず、ジークは平民の少女を選んで。
レーナの品位を貶める方法で婚約を破棄したのだ。
私がなぜマリアとエドガーがくっつくことをあれほど望んだのか……今わかった。
マリアはゲームの絶対的なヒロイン。
マリアがこの人だと決めてしまえば最後、悪役令嬢である私がどれだけあがいても、彼らと仲が良くても、盟約というつながりがあっても。
ヒロインと恋に落ちれば私は選ばれないと思うからだ。
思わず手が震えた。
そんな私の手がギュッと握られたのだ。
思わず私は顔を上げて手を握った人物をみた。
碧い瞳が私を見つめ…………いや、睨んでいた。
「私は約束を忘れたりしない。君が心配するように恋なんてしない。やってもいないことで私の貞操を疑われたようで気分がいいものではない」
今のジークは本当に嘘偽りなく私にそう言っているのだと思う。
でもゲームをプレイした私は知っているのだ、彼は恋に落ちるのだ。
そして、社交界の場でレーナの悪行を暴き、婚約者としてはふさわしくないと引きづりおろすのだ。
私の鼓動が速くなるのがわかる。
「ジーク様、恋はするものではございません、落ちるものなのです」
「言葉のニュアンスを変えて何が言いたいんだい?」
声のトーンはいつもの通りだけれど、ジークは不機嫌そうに私を睨みつけたままだ。
「意味が全然違います。恋はするものではなく、落ちるものです。一度落ちてしまえば最後、ジーク様は約束を反故にしたいと思うかもしれない。だから、私の父は婚約という形でジーク様に足かせをつけたいのでしょう」
婚約していても駄目だったのだから……私は婚約を解消したのに。皮肉な物だ。
「だから、私は約束を反故にしない」
「恋に落ちなければそうでしょうね。でも恋に落ちれば話は別です。ジーク様、失礼ですが恋をしたことは? 魔子の問題がありましたし。私という婚約者が物心ついたころにはすでにいたわけですから。恋という感情をろくに知らずに今まで来たから、そう言えるのです。恋なんかしても理性でねじ伏せれると」
「レーナ、私は公爵家の嫡男だ。本来愛だの恋だので相手を選べる立場ではない」
ふーっと深呼吸をすると、ジークの眉間からしわがなくなり。私と目線を合わせてまるで小さい子に言い聞かせるように優しい声色でそう言われる。
ジークは嘘をつくのが私よりはるかに上手いことを私は知っている。
だからだと思う、私の口から思わず言葉がこぼれおちたのだ。
「嘘つき」と。
「はぁ!?」
ジークの眉間に漫画だったらきっと怒りマークが入ったことだろう。笑顔がぴきっと固まったのがわかった。
そこからはもう、完全にいい合いだった。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき」
「だから、あれは誤解だし。どういうつもりで接していたか君はしっかり聞いたはずだ。頭がよくないとは思っていたが、もう忘れてしまっているのかい?」
「誰の頭がよくないですって、こっちだってね。これでも一生懸命勉強してんのよ。自頭にたまたま恵まれたからってそれはないんじゃないの」
ソファーの上にあったクッションをもって振り回すのに、1発もあたらないのがさらにムカツク。
「はいはい、気がすむまで振り回せばいいよ」
ジークも振り回しているクッションがあたらないことに私が凄く腹を立てているのに気がついたようで、ニコニコと笑顔でよけながらそう言うのだ。
「悪いと少しでも思ってるなら、1発くらいあたりなさいよ!」
「普通にしていたのでは1発も当てることができないから、イライラするんだね。可哀そうに……そこまでいうなら私が止まってあげるからよーーく狙いを定めて1発当てたらどうだい?」
完全におちょくっている。
私はもう一つクッションをつかむと二刀流でクッションを振り回す。
二つになったにも関わらず1発も相変わらずあたらず、私の息だけがきれる。
息が一つも上がらないジークとぜーはーっと肩で息をする私。
くそったれと適当な方向にクッションを投げた。
するとジークがさっと動いてクッションを受け止めると、パンパンと手で形を治してソファーに置きなおす。
それがさらにムカツク。
1発……1発当てないと気が済まない。
そして、こう言ってやるのだ。まぁ、わざと甘んじて1発受けてくださったんですねと。
私たちの攻防戦は1時間後カミルの仲裁によって止まった。
「バタバタと騒がしいと思えば、一体二人でこんな時間に何をされているのですか」
カミルのツッコミが最も過ぎて何も言えなかった。
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