第13話 アンナとミリー

 明日も明後日もこのままでは、シオンにこき使われる夏休みになってしまう……

 きっと、明日の朝もシオンはめちゃくちゃいい笑顔で、私が逃げないように迎えに来るに違いない……

 せっかくのアンバー……青い海はすぐ目の前にあるのに。

 つい、片づけの手が止まり目の前の青い海を眺めてしまう。

「よもや、一人だけ……サボろうなんて考えないよね? レーナ様」

 ついつい、青い海に視線がいった私にシオンがズバリ鋭く指摘してきた。

「そんなことは……」

 顔に出てたかしらと、表情を意識する。

 サボりたいなぁとは思っていたけれど。

 後ろめたさから言い訳をと思った肩にポンッとシオンの手がおかれる。

 にっこりと浮かべられた天使の笑顔……目が笑ってない。



「1から10まで説明するのって、ものすごーーーーくめんどいんだけど。めんどくさがって、もーーーーっと厄介なことになると後々余計に大変な思いをがするから、レーナ様もご理解いただけるようにしっかり説明するね。ちゃんと、その頭に叩き込んで、極力僕を巻き込まないでゆっくりとした夏休みを僕におくらせてもらえればって思ってるからね……」

 シオンの言葉には重みがあった。

 なんだかんだで盟約してしまったこともあり、わりと面倒見がいいシオンはこれまで数々の事件に巻き込まれてきた。

 クライスト領の魔子問題を解決するときは、私に擬態して攫われるおとり役までシオンがするはめになった。

 返却されたシオンに貸していた私の血みどろの寝巻はまだ記憶に新しい……

「……はい」




「はい、よろしい。できのよくない頭にしっかり詰め込んでおいてよね。レーナ様を連日かき氷屋さんに参加させる一番の目的は安全のためだよ。ジーク様を餌にぼったくり価格でかき氷屋さんをすれば、僕たちだけじゃなく、観光客が集まるでしょ。アンバーの人間ではない人が大勢集まるってことが、どういうことかわかる?」

 はっきりと、ジークを餌に人を集めている宣言をシオンはシレッとした。

 後、ぼったくってるって実感はあったのね……

「大勢の目のある場所では、相手も無茶なことをしにくいってことはわかるけれど……」

「レーナ様の家で無茶が通ったのは、僕以外の人が、アンバー領に家族がいて仕事を持つ人だったから。レーナ様に失礼で無茶なことをしても、次期領主になるかもしれないってことで、レーナ様のメイドや従者たちは忖度しないといけなかった……でも観光客は違う。いくら貴族相手とはいえ、そこで暮らしていかないといけない領民ほど忖度する必要はないし。

銀貨3枚ものかき氷をポンッと購入できる人は、自分の領地である程度稼ぎがある立場のある平民以上の身分の可能性が高い。もし、何かに巻き込まれた時、目撃者も大勢いる場で、他の領のそこそこ上に顔がきく人が怪我をしたとなると、確実に領どうしの問題になるから、相手もうかつに此処じゃ暴れられないってわけ」

「なるほど」

「というわけで、明日も僕のために頑張って働いてくださいね、レーナ様。あっ、大事なこと言い忘れていたけど」

「他に何か?」

「営業が終わったらレーナ様にかき氷出すとか言ったかもしれないけれど、シロップ売り切れたんでないから。お疲れ様です」

 最初に1杯分シロップ避けておきなさいよぉおおお! と思っていたところ、私達の会話に人が割って入った。



「お取り込み中すみません、納品のことで伺ったのですが責任者の方は?」

 おずおずと、テントに人が入ってきたのだ。

「あっ、僕です」

 私のかき氷どうしてくれるのよ!? と襟元を掴みかかった私の手からシオンはスルリと逃げてしまった。

「私今回の納品の担当をしております、ハンスと申します。沢山のご注文ありがとうございます。あの……フルーツの搬入なのですが、本当にあのクラエス家が運営されてるという、高級ホテルと……あの、アーヴァイン家で間違いないのでしょうか?」

「あぁ、うん。そうそう。厨房の人とも話がついてるから。届いたやつから加工してねって伝えてもらえると助かるんだけど」

「おはずかしながら、家の商会はクラエス家が直接運営に携わるような高級ホテルとも、アーヴァイン家とも直接取引をしていなくてですね……あの、本当に間違いないんですよね? 今、クラエス家の嫡男様もホテルに滞在されていると噂を耳にいたしまして。万が一、その時期にですね、狙ったかのように注文してない商品が聞いたことがない商会から大量に届いたとなると大問題になる可能性がありまして……

 私も、搬入先の確認をしっかりとしていなかったのが悪かったのですが、両家に搬入となりますと。きちんとした許可書をいただければと……」



 私の家に出入りできる外商は決まっている。誰もかれも家にこれるわけではなかった……

 おそらくジークのホテルもそうなのだろう、嫌がらせをしたと万が一公爵家から睨まれてはというのがあるのかもしれない。

「許可書ってすぐ出せるの?」

 シオンが振り返って聞いてくるけれど、私はそんなのわからなくて、ジークを見つめた。

「出せないことはないが……この場で、適当な紙にサラサラッと書いてというわけにはさすがに……」

 ジークが困った顔になる。

「そうですよね……今日の夕方の搬入なのに、今から許可証は流石に難しいですよね……えっと、申し訳ありませんが、どなたか顔の効く方がいらっしゃいましたら搬入の際に一度付いていただければと。名家の搬入に関しては、係員が優秀ですので、一度きちんと顔見せを行えば、次からはスムーズにできるとおもわれますので……」

「なら、私が付き合おう……それが一番スムーズに事が運ぶだろう」

「あぁ、助かります」

 ジークがそういうと、ハンスはほっとした顔をした。

 ついてくることになった人材が噂の嫡男であることに、きっと驚くことだろうと思いながらも面白そうだから黙っておく。


 ジークがハンスと共に行ってしまって、私はテーブルを拭いていたときだった。

 様子をうかがうかのように、ちらちらとこちらを見ているイケメン……に気がついた。

 そして、その顔をみて私は走り出した。

 だって、男性ものの服を着ていたけれど、あのイケメンはアンナだ。

 散々男装して遊んだんだもの間違いない。

 私だって髪と瞳の色を変えている、アンナもミリーも私に手紙で会えないと言ってきていた。

 私同様、いつもの格好ではレーナと仲のいい二人は出歩けなかったのかもしれない。



 思わずアンナに向かって白い砂浜を必死に走った。

 駆け寄る私に気がついたアンナが、一瞬躊躇して背を向けて走り出す。

「待って、アンナ私よ」



◆◇◆◇



「レーナ様、机を拭くのにどんだけ時間かけてんの……さ」

 一向に戻ってこないポンコツ主に小言の一つでもいってやろうと、テントから出て僕は状況を理解した。

 ゆっくりと、辺りを見渡す。

 拭けと頼んだテーブルはテントのすぐそばにしかなかった。

 なのに、姿がない。



 いない、いない、いない



 机の上に残された布巾。

 悲鳴などはなかった。

 僕がレーナ様から離れて10分もたっていない。

「リオン」

 すぐにテントの中に作業していたリオンを呼ぶ。

「シオンいったいどうかしましたか?」

 リオンが慌ててテントの外に出てきた。

 白い地面に残る真新しい足跡は一直線に砂浜をかけてテントから離れていっている。




 あーーーのーーーーポンコツ……

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