第14話 乙女ゲー的展開

 私と目があって逃げ出したのだから、声をかけたら逃げ出すに決まってると思った私は、途中から静かに後ろをついて走っていた。

 ビーチでは夕日が海に沈むのをみるため客が再び集まってきていて、アンナは人ごみを避けながら走っていく。

 私も見失わないように、アンナを見つめながら走る。


 これが、ジークやシオンやフォルトだったら身体強化を使われてしまえば見失ってしまったけれど。

 アンナはまだ身体強化を使えないようで、私でも追うことができる速度で走っていた。



 私の息が軽く上がるころ、ようやくアンナが立ち止まった。

 ここが一番肝心よ! 私は立ち止ったアンナに細心の注意を払って距離をつめて、一気に飛びかかった。

「ひゃぁ」

 可愛らしい悲鳴と共に、私の体重を受け止められなかったアンナが白い砂浜に私と共に倒れ込んだ。




「痛ったた」

 砂浜に転がったアンナが顔をあげた。

 男装してるアンナはやっぱりイケメンだった、この至近距離で見つめると思わずドキドキしてしまうほどの完成度の高さだった……

 あぁ、夕日がゆっくりと海に沈むのをバックにしているこの光景は完全にスチル。

 自分にタックルを入れてきた人物が誰かわかって、アンナの顔が一瞬で真っ青になった。

「アンナでしょう? どうして、逃げたの?」



「なっ……なんでついてきているんですか!? どうしま……どうしよう」

 どうしましょうといつも通り言いかけたアンナが、今の自分が男装していることに気がついたようで、言葉を言いなおした。

 おろおろとしながらも、アンナの指が私の顔についた、砂と髪を優しく掃う。

 あぁ、アンナが女性じゃなければ此処から恋がスタートしたかもしれないのに……

 


「そんな格好までして……私に会いにきたのではないの?」

「――遠くから、一目御姿を拝見したらすぐに去るつもりだったのです」

 アンナはそういって少し泣きそうな顔で私の頬の砂を払いながら困ったような表情をした。

 私が乙女ゲームの世界に入って、1年がたっていた。

 初めて感じる、裏表、利用を感じない乙女ゲー的な展開。

 ただ、相手がものすごくイケメンだけど、女の子というだけだ。

「グッ」

 心臓がこうキュンっとした。

 遠くから一目姿を拝見したらとか……完全に今恋愛ゲームのようだった、アンナの正体を知らなければ、危うく恋に落ちるところだったわ。

「いかがいたしましたか?」


 久々に湧きあがる萌えの感情に悶えそうになるのを堪えている私に、アンナはとても心配した表情で背中に手を回し優しくさすってくれる。

「大丈夫、大丈夫です」

 心配そうに私の顔を除き混むアンナの顔は整っていた。

 切れ長な瞳、女の子ゆえの肌のきめ細かさとつやっぽさ……

 なんで、アンナは女の子なのだろうと思ってしまう。

 きれいな海に、夕日が沈むのを誰もが見つめる中、私とアンナは見つめ合っていた。

 中性的でキリッとした顔立ちだと思っていたけれど、こうしてみるとかなりレベルの高いイケメンだ。実に惜しい。

 私のことを誰よりも心配してくれて、優しくしてくれて、壊れ物を触るかのように触れるのは女の子である現実。

 アンナにお兄さんか弟さんいないのかしら……そんなことを考えながら整った顔をみているとアンナが口を開いた。




「お話しないわけには。いきません……よね。私とミリーに会えず、手紙も碌にこないというのは、友達としてはあまりにも不自然ですものね」

 アンナはポツリとそういった。

 砂浜に並んで、夕日を見つめながら、アンナはどこから話せばいいのか考えているようで、それでも言葉を選びながら話を始めた。



「まずは私とミリーのことからでしょうか……レーナ様に、このことをきちんとお話する日が来るとは、正直思っておりませんでした。フォルト様とラスティ様が領主戦などしなければ……ずっと、レーナ様に知られず友達としていれましたのに」

 アンナは初めにそう言ってきた。


 3人でカチューシャをつけて学校に行くようになって、もう数え切れないほど、お茶会をひらいて、イケメンや学園の噂や恋愛小説の話なんかよくしていた。

 学園都市の散策やアンバー領でショッピングや私の家に遊びに来たり、パジャマパーティーなんかもした。

 3人であれこれ話すのはとても楽しかった。

 でも、それは、レーナの中身が私と入れ替わってからの出来事。



 ゲームでの二人は何があっても、ずっと悪役令嬢レーナの味方をする、悪役令嬢レーナの取り巻きだった。

 ジークルートを選ぶと、二人はこの乙女ゲームのヒロインであるマリアを虐めた実行犯として、ジークによって一人ずつ学園から去っていくのだ。

 ジークと上手くいかないことをレーナが二人にあたっても、二人はレーナに怒ることはなかった。

 私と入れ替わってからも、公の場で私が恥などかかないようにあれこれ自主的に動いてくれる。

 だから、私は貴族のルールなんかよくわからないのに入れ替わっても、公の場で恥をかくことなくなんとかやってきたのだと思う。


 それだけじゃない。

 私がシオンを助けるため、王子暗殺計画に片足をうっかり突っ込んでしまったとき。

 二人は何の迷いもなく、私だけを危ない場から離されるのはわかっていたようだった。



 アンナとミリーの成績はレーナなんかよりずっとよくて、家柄だって公爵令嬢のご学友なのだから、低いわけもない。

 なのに、私と同じ成績のよくないほうのクラスだったことが、まずおかしかった。


 アンナとミリーの二人は友達で、私だけは本当は友達じゃないのではないか? そう思ったこともあった。

 でも、面と向かって聞くことができなかった。

 二人は、私にずっとずっと優しかったから、それがすべて嘘、偽りだと認めたくなかった。



 だからこそ、アンナにまるで本当は友達ではないといわれたようで私の心が痛む。


「簡単に申しますと。私とミリーは公爵家の直系に関わらず、魔力が著しく低い御子が産まれたため。その子が利用されることがないように、害されることがないようにレーナ様に気付かれることなく守る役割を賜っております」

 はっきりと告げられた言葉は、私達の友情が嘘であることだった。

「二人の成績は私よりもとてもいいもの。なんとなく学園生活でそれを知って、なぜ私と同じクラスなのだろうと思っていたのよ」

「爵位が高いと、普通は魔力の強い子が生まれますが、すべての子がそうではございません。レーナ様のように、魔力があまりない御子が産まれることがありまして。自分のことを守る力がないけれど、爵位の高い方の実子ということもあり利用されないように、傍にいて守る役割を担った同世代の子がつけられるそうです。レーナ様の場合、それが私とミリーでございました」

 それを聞いて違和感の謎がとけてしまった。

 二人はレーナを守るためにそばにいただけ。

 ヒロインへの嫌がらせも,やりすぎだと思っても止めることはできなかった……だって本当は友達ではないんだもの。



 思わず、胸元のラッキーペンダント様をぎゅっと握ってしまった。

 アンナの告白に何て返していいかわからない。

 アンナも私が言葉を発するのを待っているようだった。



 美しい夕日はあっという間に沈んでしまって、ビーチに夜がやってくる。

 満点の星空が頭上に広がる、けれど、星は明かりの少ない場所でみたほうがきれいということもあってか、現代のように灯りがあふれる世界ではないからこそ、満点の星空はアンバーに観光に来ている客には逆にありふれたことのようで、ビーチからは人が去って行った。


 すっかり人の少なくなったビーチで私とアンナは、砂浜に座り込んで、愛でも恋でもなく、偽りの友情について話さなければいけない。



「私を守る立場なら、どうして今は手紙で会えないと言ってきたの?」

「ラスティ様が申し込んだ領主戦をフォルト様がお受けになったからです。私とミリーは公爵家に使えております。次期領主が変わるということは、使える私達の家にも影響がある可能性があり。静観するようにと言われたのでございます。ミリーも同じでございます。フォルト様のご年齢と今の実力を考えると圧倒的に不利。下手に手を出して、次期領主に睨まれたくない……と考えました」

 アンナの声は話していくうちに震えかすれていく。



 うちで働いていたメイド同様、たとえ貴族であってもアンバー領に今後も住むかぎりついて回ることなのだと思う。

「そうね。下手に動いて二人がにらまれる必要はないわ」

「申し訳ございません」

 アンナはそういって砂浜に額がつくのではないかってほど頭を深くさげた。

「顔を上げて。アンナにもミリーにも家族がいて、もし次の公爵に今後にらまれればどうなるかくらい、さすがの私にもわかります。そんな男装までして、私を守る任務のため様子を見ておきたかったのでしょ……私は次期領主教育を受けてないから、跡を継ぐことはないし。もし、こっそり様子を見に来ていることがばばれたら大変じゃない」

 顔を上げたアンナの目からは大粒の涙がこぼれていた。



 アンナはとても真面目だった。だからこそ、私の父から命を受けたにも関わらず静観しなければいけなくなったことに、心をいためているのだろうなぁ。



「おい、こらポンコツ。何がばれたら大変だって?」

 半ば私の保護者になってしまっているシオンの声だった。

 首もとに冷たい手が触れて私は後ろに引っ張られた。

「容姿の整った刺客でしたか、泣き落としをしてどうするつもりだったのか」

 アンナを組伏せ、その背に乗った状態でそういったのはリオンだった。


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