第11話 胸倉

「久しぶり……じゃないでしょ」

 こんな形での久々の再会は流石に久しぶりの一言で流せるはずもない。

 私がそういうと、たちまちフォルトは困った顔になる。

「なんでもない」

「いやいやいや、なんでもなかったらこんな時間にジーク様がわざわざフォルトを連れて帰ってはこないでしょう」

 はい、そうですかってなるはずもない。



 ポリポリとフォルトが自分の頬をかく。そして、言葉を選ぶかのように、ゆっくりと、そしてハッキリと拒絶の言葉を私にぶつけた。

「レーナ嬢。今回のことに首を突っ込むようなことはしないでほしい」

 いつもそうだ。

 アンナといいミリーといい。そしてフォルトも公爵令嬢である私をどうしても蚊帳の外に追い出そうとする。

 そのおかげで私が危ない目にあったこともあったというのに、変わらず、それが一番最善だと彼らは言う。

「理由くらい話してくれてもいいじゃない。ジーク様とシオンには今はまだ話してなかったとしても、これから話すつもりなんじゃないの? どうして私だけのけ者にしようとするの」

 思わずフォルトに詰め寄った。



 その私の胸倉をフォルトが椅子から立ち上がり掴んだ。

 身長差、体格差があるせいで、グッと私の胸元がしまり息が苦しくなり、足が軽く浮く。

「ふぐっ……」

 息がつまり、思わず情けない声が口から洩れる。



「フォルト、ゆっくり手を離すんだ」

 たしなめるようにジークの声が上がり、私を掴むフォルトの手にジークの手が添えられる。

「フォルト様、落ちつこう、ねっ。さすがにこれはまずいって」

 シオンもフォルトの後ろからわきの下に手を入れる形でフォルトを制止させようと動く。



 レーナはフォルトに嫌われていた。

 直系に関わらず、魔力がちっともないレーナはすぐに好きな男と婚約してしまって、跡取りから外れた。

 跡取りが学ぶはずの教養も受けることなく、子供時代を謳歌し楽しんでいたレーナ。

 レーナが直系にも関わらず、子供らしく楽しむのを横目に、次期公爵の跡取りの座を賭けてレーナと同い年にも関わらず、学ぶことになったフォルト……

 子供だった彼の怒りがレーナにむくのはわかっていた。



 それでも、フォルトはレーナに嫌みを言っても決して手をあげるようなことはしなかった。

 胸倉を掴まれている私のほうが絶対苦しいはずなのに、フォルトはもっとつらく苦しい表情だった。



 するりと、フォルトの手が私の胸倉から離れ咳きこみながら私は地面にへたり込んだ、その背をジークが軽くなでる。ジークの従者のカミルが水差しに手をかけグラスに水を手早く注ぎ私に手渡した。

「レーナ嬢。俺は今自分のことでいっぱいなんだ。レーナ嬢が首を突っ込んできても俺には守る余裕どころか、気にかけてやる余裕すらない。お前はジークやシオンと違う。魔力もろくにない、身を守れるような術ももってない。なのに、お前の存在は領主戦で間違いなく決め手になる。

 俺はあいつらとは違う、お前を使ってじゃなくて、ちゃんと自分の実力で掴み取りたいんだ。

 レーナ嬢は聞けばきっと動くだろ。だから聞かないでほしい……」


 私の部屋に領主候補の訪問があった時、領主候補だからこそ私のメイド達が動けなかったこと……フォルトの言いたいことは身を持って経験したからこそ私が領主戦の決めてになるという言葉の意味がわかる。



「はいはい、これでこのお話はおしまいね。いいレーナ様」

 シオンがパンパンと手を叩きながら私とフォルトの間に割って入り振り返り私に返事を促す。

「えぇ」

「レーナ様もフォルト様の話しにご納得されたということで。大丈夫だよレーナ様はジーク様と一緒に僕とかき氷売るんだから。フォルト様のことには首突っ込む暇もないくらいこき使ってやるからこっちは心配しないでよ」

 私が主人にも関わらずシオンはしれっと私をこき使うと言ってしまう。

「あぁ、シオン。レーナ嬢を頼む」

「うん。……って感じに話もまとまったからレーナ様、夜更かしはお肌の大敵なんでそろそろ寝たほうがいいと思うよ。自分で歩いて自室に戻るのと、手とうで一発で朝まで寝かしつけされるのとどっちがいい?」

 ニコッとした笑顔で物騒なことをシオンが言う。



「歩いて戻るわ。あと手とうで寝かしつけはホイホイ使わないでちょうだい」

「いい子にはもちろん使わないよ。おやすみレーナ様」

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