第38話 人の恋路、自分の恋

 部屋に戻ってきたのはいいけれどメイドの表情をみて、私はとんでもない臭をまとっていることを察した。

 お風呂ではメイドが中に入ってきて念入りに私の髪や肌を洗い磨き上げる。部屋に送ってきたシオンもそんな格好のままうろうろされてはお嬢さまの評判に関わりますと私が上がった後風呂に押し込められていた。


 髪を丁寧にタオルで拭いてもらって、乾かしてもらってから丁寧に櫛がいれられる。

 軽食の準備は断って、寝室のいつものサイドテーブルにホットミルクを用意してもらってメイドに下がってもらう。

 甘いはちみつの味がほっとした。

 変な時間に気絶してそのまま朝まで動いたこと、ホットミルクでお腹が少し膨らんだことから急に眠気がやってくる。

 いつものテーブルでついウトウトとしてしまう。



「失礼しまーす。絶対ミルクだけじゃ足りないって後でいうでしょ。レーナ様の分も作ってもらったからね……ってちゃんとベッドで寝ろよ。世話がやけるなもう……」

 シオンの声は聞こえているけれど、このまま黙ってたらベッド運んでもらえそうと寝たふりを決め込む。


 軽食の入った皿がテーブルに置かれる音がする。

「よっ」

 軽い掛け声と共に私はお姫様抱っこで持ち上げられた。

「身体強化しないと……重いな」

 ボソリと言われたのがマジのトーンだったから正直心にダメージがドーンときた。

 ベッドに投げられるかと思ったけれど、思いのほかそっと運ばれ、ゆっくりとベッドに横にしてくれた。

 フォルトにカフェの2階に素敵な個室があることを教えてもらってからカフェにいつもよりも沢山通ったからだ絶対……という申し訳ない気持ちが勝る。

 ここしばらくは、皆が忙しくてかまってくれなかったから、放課後はカフェでお茶しまくったもんなぁ……太りもするだろう。



「もったいないから、レーナ様の分の軽食僕がもらうね」

 律儀に寝ている私に断りを入れている。

 これ私が軽食食べてないんですけど! といった場合、僕ちゃんと断ったから~と言われるやつだ。

 まぁ、いいこのまま寝るから軽食は……少し身体も絞ったほうがよさそうだし。



 意識を手放そうとした時、ベッドがきしんで唇に何かが触れた。思わず私は目を見開いて、すぐに閉じた。

 シオンの黒い瞳は見えず長いまつげがそこにあったからだ。

 「おいーっ」と怒ることも出来たのに私は見てはいけないものを見た気がしてすぐに瞳を閉じてしまったのだ。


 なんで? どうして?

 頭の中が『?』でいっぱいになる。

 えっ、今何してるの私達?

 なんとなく鼻息かけるのはとおもって、息を止めていたけれど苦しくて顔をさりげなく逸らそうとすると、唇はすぐに離れて、またふさがれる。

 時間にしたらそんなに長いあいだではないと思う。シオンの指先が私の頬をなで顔にかかっていた髪を掃う。

 パタンとドアが閉まった音がして、部屋から出ていったと思った瞬間私はベッドから起き上がった。


「なっ……なっ……な……何だ今のは」

 一言物申したいけれど、今起きて後を追いかけて行ったのではタヌキ寝入りしてたことがばれるし、「レーナ様こそ起きてたならなぜ何も言わずに受け入れたの?」とか逆に言われたらなんて答えていいかわからない。



 えっ? どういうことなの? そういうことなの? は?

 シオンとのキスは初めてではないし、舌を入れられ腰ががくがくなるのも1発かまされているが今のはなんだ……どういう意味なんだ。

 わからない、なんでそんなことしたの。タヌキ寝入りはばれていて重かったからからかわれた? 一向に起きないから諦めた?

 頭の中がグルグルとする。



 シオンからキスされて私は怒っているのかと問われると、中身が14歳じゃない相手はイケメンショタなわけで、以前もキスしたことあることもあって別に今さらシオンとの1回キスが増えたところでってやつだ。

 いや、怒ってはないないけれども、アレ?

 うん、考えるのはやめよう。こういう時はあれだ、相手はイケメンショタだ。イケメンショタからのキスありがとうございますで全部終わらせておこう。




 ごろりと転がったベッドは柔らかい。

 上等なシルクの感触が風呂上がりの肌に心地いい。



 明日からはきっと、調書だ。アルバイト斡旋所で起こっていたことはすべて吐いてしまおう。

 エドガーとマリアの恋に固持してたけれど、なんであんなに固持していたんだろう。やっぱり悪役令嬢としてマリアが誰かとくっつかないと不安になるのかしら。

 それにしても私の恋も人様の恋も前途多難だ。



 私はゆっくりとベッドで目を閉じ意識を手放した。





 次の日は本当に散々だった。まず、壊滅的な水路に話はうつる。かなりの広範囲にわたり天井がなくなったことで復旧にかなり時間がかかるということ。

 幸いスライムはほぼ元の数水路にもどされたので水質は改善されたが、汚水と飲料水の隔たりがない状態ではとのことで、4月からは新学期の予定だったけれど、それが変更されて、今年は夏休みがなしで代わりに明日から夏休みまでの間の期間を学園側は生徒に休みを取ってもらうことを発表した。

 そんなことが決定しちゃったものだから、さぁ問題は私への調書である。本来はつかれないようにと一日1~2時間を何回かにわけてしつこくなところが、こんなことになった寮に娘は置いておけないという父のこともあり。

 明日には私はアンバーに戻ることになったからさぁ大変。ほぼ、缶詰状態で何があったかや今後についてが決定されることになった。

 しかも、調書として不足してる分はまさかのアンバーへの帰りの馬車に同行してやらせてもらいますときたもんだ!




 アルバイト斡旋所に関しては厳しい取り締まりが入り、魔法省の方曰く、レーナ様がお戻りになるころにはアルバイトを受ける生徒が同じ目に絶対合わないようになってますとだけ言いきられた。

 そして、ヒュドラについては、水路内に何者かの手によっていつからあったかは不明だがヒュドラの魔核がもちこまれていたそうだ。

 普段はスライムが常時いるため、水は一定以上の水質を保っていたのが、私のお願いによりスライムがすべて倒されたことにより水質が悪化したことにより、魔力がヒュドラが孵るほどこめられていたということ、悪化した水につけることというヒュドラがよみがえる材料がそろったからさぁ大変ということだったそうだ。


 魔法省のほうでは、誰が何の目的でいつ、ヒュドラなんかの魔核を手に入れ学園都市の水路に置いたのか調査するとのことだけれど、結果は教えてもらうことはできないでしょうとリオンにハッキリいわれた。

 リオンを問い詰めればわかるかも知れないけれど、今はリオンの扉が相手は大変だし問い詰めてまでは知ろうとはしない。



 思ったより大事になったことから、私がスライムを倒すように言いましたという自首はなかったことにされた。

 なぜなかったことになったかというと、私が戦闘能力に思いっきり向いてないからだ。明らかな悪意のある思惑がある事件は、私がスライムを全部倒してもらったことで発生して、スライムを蘇らせたことで終息した。

 本来であれば、私がやったようにスライムの魔核をすべてもってどこかにトンズラされていたら、学園都市の水路は壊滅状態かつヒュドラを倒すのにどれだけ時間と被害がでたかわからないとのことだった。

 くしくも、その思惑を私がつぶした形となったものだから、エレーナという私の変装した姿にこれ幸いと今回のことはすべてなすりつけることとなった。

 エレーナがアルバイト斡旋所の依頼通りスライムをすべて討伐し、どこかに消えその後消息不明と表向き事件を無理やり終息させたこととなった。


 水路内には、スライムだけでは魔力持ちならばすべて倒すことは容易ということで、魔力をもった人物による定期的な見張りが行われることになったそうだ。



 結局、私には恋人ができるどころか、また事件の後始末だし。ジークとの婚約破棄はダンスパーティー自体がなくなったことで公にする機会を失った。

 そして、アレだけ皆一生懸命練習していたのに……、学園が明日から休みを繰り上げで行い、新学期は夏から始めると発表したものだから残念ながら対抗戦はなかったことになった。


 アンナとミリーはとても残念がっていた。私もよもや、スライムを倒したことでこんなことになるとは思わなかったし。アレだけ二人が一生懸命にやってきたことをつぶしてしまってごめんなさいと何度も心から謝った。



 マリアとエドガーからはそれぞれから個別でお手紙をいただいた。

 明日には私はアンバーへと戻ることになっているから慌てて返事を書く。


 マリアはレーナ様はジーク様が助けに入られたと聞きましたが、怪我はないかということを心配する手紙だった。

 水路に落ちてすっかり忘れてたよ、心配しただろうなと慌てて手紙をしたためた。

 学園はしばらくお休みになってしまうし、私も一度アンバーに戻るけれど、学園に戻ってきたらまたお茶をしようということ、夏はカフェでお茶をしたことがないのできっと夏のフルーツを使ったパフェやケーキがあるから楽しむのに付き合ってちょうだいと〆た。


 エドガーからの手紙はあのようなことがあったので怯えてないか心配している手紙だった。

 あの後さらに水路でおぞましいものを見たことエドガーは知らないんだよなぁ。

 これも、心配させてごめんなさいということと、助けに来てくれたおかげで大きな怪我がなかったお礼と、最後に対抗戦が見られなくて残念であること、エドガーの風魔法がとても優れていることをみれたから対抗戦でどのように活躍するのかとても楽しみにしていたこと、次の場があったら見に行きますと〆た。



 でも、マリアのことをやっぱり少し書いておこうと思った私は用紙をもう1枚取り出す。

 きっとエドガーは攻略対象だし学園に残るだろう。

 この分だと、またきっとフォルトはしがらみがないからアンバーに戻っちゃうだろうし。

 ジークはジークで魔子という問題が解決したからクライスト領に帰りたくないと思う理由がなくなったし、きっと後処理とかいろいろあるだろうし戻るだろう。

 シオンは私が生活を保障してるわけだからアンバーに来てもらうことになるだろうし。

 エドガーあなただけが頼りなのよと手紙を書く手に力がこもる。



 マリアは学園に残ると思うこと、あのような事件があったし、私は実家に戻らないといけないので傍に入れないこと。他に相談したりできる人がマリアにはいないようだから、申し訳ないけれどエドガー様力になってあげてと締めくくった。

 これでよし!!!


 めっちゃいいことした。






 ◆◇◆◇




 思春期に差し掛かり、少しずつ身体も考えも子供から大人へと変わっていく。

 婚約を解消してレーナと初めてしがらみなしで向き合ったジーク。

 婚約が解消されたことで、今後結婚の可能性がでてきたフォルト。

 解消しても、これまでの立ち位置でいなければいけないシオン。


 恋って思い通りに行かないとそれぞれ頭を抱えるのはもう少し先の話。 

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