第36話 本来のあるべき姿に

あやふやにして、先延ばしにしていたことも今なら話し合いで納得できそうだし。

 そのついでにジークの家も探検しちゃおう。

 やっぱりでかい家の散策って楽しいわ。

 私の家はそこらへんに高そうな壺やらアートやら絵とかあったけれど、ジークの家は大きいけれど、うちにくらべるとすっきりとしている。

 無駄がないと言えばいいのか、遊び心に欠けるといえばいいのか。

 

 

私を見かけると、メイドや従者が隅によって、深く頭を下げる。

 ジークの部屋の位置をききつつうろうろして、ようやくジークの部屋の前に到着した。

 眠っていたら起こすのは悪いなとそーっと扉をあける。


 ジークはベッドの上で横になっている。包帯で目が隠れているので、寝ているかどうかはわからない。

 でも、ちょっと悪戯心がわいた私は扉をそーーーっと音がしないように閉めて、足跡をたてないように近づく。

 普段すましているジークに近づいたら思いっきり大声で『わっ!』とやって驚かせてやるのである。



 驚かす前からニマニマとしてしまう。

 1m圏内に入って、よし、いくわよ! と息を吸い込んだのだけど。

「レーナ何か用かい?」

 包帯に覆われてこちらのことなど見えないはずのジークが見事私のいることを察知して声をかけてきたのだ。

 いや、これは偶然に違いないわ。そういえば私が自ら話しだすと思っているのだろう。


 私はその場で動くことなく、少し間をおいてやっぱりレーナはいなかったとなってから脅かすに切り替えた。

「レーナ?」

 返事はあえてしない。

「一体どうしたんだい?」

 ジークは私がいる位置見えています? ってくらい正確に手を伸ばしてくるが、3歩静かに下がって後退する。

 私はここに存在しない。でもいるぞって驚かせるのだ。



「ふぅ」

 めんどくさそうなため息が一つ。

 ジーク常時、私の幻影とでも戦ってんの? って心配になる。

 だって見えるはずはないんだもの、普通そんなに目のところ包帯でぐるぐる巻きにしていたら。



 ジークはつらそうに身体をベッドから起こし始める。

 何!? これは本格的に探すつもりか?

 どうする、しかし相手は目隠ししているも同然。ばれるはずなどない、距離をとればいける。



 前が見えてないんだからせいぜい手を前に出して障害物がないか確認しながらゆっくり歩く程度よね? と思っていたけれど。

 ジークは目の周りをグルグルにしてある包帯に手をかける。




 いやいやいや、見えないから見えるようにってさすがに外したら駄目でしょう。意図があって巻かれているのだから。

 とっさに、包帯に手をかけたジークの手を掴んだが、ジークの手は包帯に触れているだけ。外すフリをしたのだ。

 はめられた!!!! と離れようとするが、遅かった。

 ジークのもう片方の手が私の腰に回る。



「捕まえた」

 くそっ、完全に騙された。出し抜かれたのが悔しい。




 悔しさでだんまりを決め込んでいた私にジークがあきれたように話す。

「レーナ……もう、捕まっているのだから。いい加減に諦めて訪問理由を言ってはどうだい? 正直なところ、このやり取りは非常に面倒だ」

 ものすごい本音をぶっこまれた。

 病み上がりで本調子ではなくつらいのかもしれない、考慮すべきだった。いつのまにかついつい驚かせることにむきになっていた。

「すみません、驚かせたかったのですが……本当はその目見えてます?」

「いや、見えてないよ」



「では、なぜばれたのでしょうか?」

「メイドならば忍び足で入ってくる必要はないだろうし。かといって他の人物であれば、もっと上手に気配を消したはずだ」

 ようは私が下手糞だったという話である、自分では足音してないと思ったんだけどな。



「お加減はいかがですか?」

「目がしばらく使えないのは不便だがあとは平常道理だ。レーナ、君が元気そうで安心した。本来は私が君の部屋に出向き膝を折り、頭を垂れ礼をすべきだったのだが、今は身体がこのようなので許してほしい」

 ジークはそういうと、私に回した腕を離すと再びベッドにゆっくりと横たわる。

 もしかして、私のちょっとした悪戯のつもりが、ジークにかなり無理をさせて対応させてしまったのかもしれない。



「ちょっとした悪戯のつもりだったのですが、無理をさせてしまい申し訳ありません」

「かまわないよ。君にはこれっぽっちのことでは返しきれない恩がある。今後はどこまで寄せられるかはわからないが小説に出てくるような男性になれるように」

「ジーク様」

 私が名前を呼べば、

「なんだいレーナ」

 といつもの返事が返ってくる。

 私が話を遮ったにも関わらず、気にしないような穏やかな声で。



 ジークは恩があるから、今後は私が望むような婚約者にいるように努めようということを私に約束しようとしているのだ。

 最初からこの婚約は歪んでいたのだと思う。

 正直なところ、ものすごく惜しい、魔力量もあるし、イケメンだし、物腰だって基本は柔らかい、私のことを好きではないってことをのぞけば超優良物件というやつだ。

 今のジークならば約束をしてしまえば私への恩とやらで万が一ヒロインに恋をしたとしてもゲームのようにむごい婚約破棄をせず添い遂げてくれるかもしれない。

 けれど、この婚約のひずみは目の前のいくら大人びているとはいえ少年が背負うには余りにも重いのだ。




「婚約を解消しましょう」




 静かな部屋で私の言った言葉は、とてもよく通った。

 もうクライスト領には魔子はいないし。そうなれば、アーヴァインの公爵令嬢にこだわっていたジークは私との婚約を続ける理由がもうないはずだ。


 とういうか婚約自体魔子がクライスト領にいて、あの女が私を誘拐してまでなんとかしたいということを考えるとものすごーーーく命的に危ない婚約だったのかもしれない。

 そういえばだけれど、グスタフも私の血には利用価値があるといっていたし、ヘタしたら結婚後闇に葬られていたかもしれないしね。


 長い沈黙の後ジークは口を開いた。

「どうしてって、理由は見当がつくが……」

 瞳は包帯のせいで見ることは叶わないけれど、バツの悪い顔になることから。

 私にかつてした失言を思い返しているのだろう。



 でも、今回解消を望んだ理由はそこではない。

「婚約を続ける理由が私達はもうありません。違いますか?」

「違わ……ない。だが今後は態度も改めるし、君の望むような小説のような男性になれるように寄せる努力もする」

 浮気発覚の言い訳のような代弁をジークは続ける。

 私と婚約し続けるメリットなどもう何もないだろうに……。


「助けてもらったことに対して、自分の身体を対価にしてまで払う必要はありません。第一ジーク様はまだ14歳ですしって……あっ! プレゼントもらいっぱなしだわ。ごたごたしていたらプレゼントを渡すのを忘れておりました。ごめんなさい」

 用意していたプレゼントって結局どうなったんだっけ? アレ? コートと一緒に寮にまではきていたわよね。

「いや、プレゼントのことは別に今話題にださなくとも……って脱線しているから話を戻してもらえるかい?」



「これは失礼を。えーっと何がいいたいかと申しますと。もう自由に生きてもいいのではないでしょうか。婚約にも縛られず、恋愛して好きな人と結婚されてはどうでしょうか? あっ、恋愛はいいですよ。本当にあのニコル・マッカートの小説のように胸がキュンキュンしたり、苦しくなったりするのです」

 ジークは何も言わないので、私の恋愛はいいぞトークは炸裂する。

「『あんな男は現実にはいない目を覚ませ』とジーク様はい言われましたが。いいところを見せたいと思う女性が現れたら妙なところで現実主義のジーク様もきっとかっこつけちゃったりする日がくるんですよ。たぶん……」

 少なくともジークルートの後半はロマンチックな要素もちゃんとあったもの。




「……君はもう私のことを好きではないのかい?」

「好きじゃないから婚約を破棄したいというわけではなく。我慢して婚約を維持しなければいけないならしなくてもいいかなと思ったのです。万が一婚約解消後ジーク様が私に惚れたらアプローチしてくださってもよろしいですよ。私もアプローチされたら検討いたしますわ」

 ひどい目にあってばかりだが、これは一応恋愛ゲームのはずなのだ。私だって攻略キャラのようなイケメン相手じゃなかったとしても恋の一つや二つして甘酸っぱい気持ちになりたい。

 それにはこいつが邪魔なのだ。私のことを好きじゃないとしても、こんなのが私の横にいたら他に男寄ってこないだろう問題である。

 そんなこともあり、最後の最後に超上から目線でいって締めくくる。



 ジークは聞いているのかどうなのか何も言わない。

「あの、伝わりました?」

「あぁ……ただ、君との婚約を解消するなんてこと考えたこともなかった」

 婚約はジークの意思ではなく、本当に政略結婚としての意向があったから、破棄や解消などというパターンは本来ありえないものだったのだろう。

「自由というのもきっと楽しいと思います。ただ、婚約解消後すぐに恋人など作られると、思いっきり私が振られたとなりかねないのでその辺はご配慮願いたい」

 解消って言っているけど、やっぱり他に好きな人ができて公爵令嬢だったにも関わらず振られたんじゃないかと周りから言われてはたまったものではない。



「はっ……なんだそれ……ははっ……」

 ジークが笑った、声をあげて。

 笑ってはいけないと思っているのか、完全にハハハってでかけているのに、我慢しているもんだから笑い声が細切れに漏れ出している。

 いつもの張りつけられた完璧な愛想笑いとは違い、まさに爆笑。

「笑いごとではございませんよ、切実な問題です」

「ちょっと……もうやめてくれ」

 ジークはそういうと腹を抱えて笑いだし、痛みが走ったのか固まったりとせわしない。

「勝手に笑っているのはそちらじゃないですか。切実なお願いに対して爆笑で返すのは失礼ですよ」

「それはすまな……っ」

 またも笑いかけて痛みがあるのか固まり黙る。

「そんなに笑うようなところありました?」

「そんなことを気にするくらいなら解消しなければいいのに、律儀に理由がないからと解消してそれじゃどうするんだとか……そんなことを思ったら…っ……」

 完全にツボにはまってしまったようで、今までに見たことがないほど子供らしい顔をしていた。



 失礼極まりない、顔のいいやつにはこの気持ちはわかるまいである。

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