第17話 眠り姫
うるさい……。
まだ寝ていたいのにごちゃごちゃといったい何を話しているの?
身体がひどくだるい。まぶたをゆっくりと開けると最初に目に入ってきたのは沢山の積み上げられた本だった。重い身体をゆっくりと起こす。
身体は重いし、ひどくだるい、できれば寝ていたいけれど動けないことはない。
私は秘密の図書館の入り口から移動され寝かされていた。
入口にいるよりはと移動してくれたのかもしれない。
それにしても、フォルトの姿は見えないし、でも声からして誰かと言いあいをしているのはフォルトだ。
私が眠っていたので、配慮して声を押し殺して話し合いをしているようだけれど。ここにこられる人物は限られている。
だからこそ静かゆえに、その押し殺した声すらもうるさく感じてしまったのか。
そろりと移動して何を話しているのか聞き耳をたててみる。
「なぜレーナ嬢を巻き込む」
「さっきから何度もいっているが、質問の意図がよくわからない」
声を押し殺しているのに、怒っていることがわかるフォルトに対して、本当に何もわからないといったようにいつも通りのトーンで答えられる。
「わからない? この部屋で狂ったように調べておいて、何について調べているかわからないとでもいうのか?」
「……ハァ」
ため息が聞こえた。
「そうか、レーナが私と婚約したから君も領主教育を受けたのか」
空気がピリッとしたのを感知。
やばい、一発触発の予感だ。
「ちょっと待ったぁぁ!!」
思わず飛びだし、二人の間に入る。
二人の視線の間に私がはいって、まぁまぁとそれぞれの胸をポンポンとしてなだめる。
「とりあえず、落ち着きましょう。ここには貴重な書物が沢山ございますから1冊でも破損したら困ります」
二人ともがそれぞれため息を一つつき、お互いに背を向ける。
よし、なんとかクールダウンしたのかもしれない。
積んであった本は何冊か広げてある。フォルトも目を通したのだろうか。
二人が何も言わないものだからここは私が話さなければ。
「えっと、えっと……。二人は何が原因で喧嘩を?」
「クライストの冬」
そう答えたのはフォルトだった。
そういえば、先ほどの女もそのようなことを言っていた。
長い冬がどうとか、私の力でどうとか的なことだったと思う。
「えっと、冬でございますか?」
フォルトは何らかの情報をここの本を読むことで得たのかもしれないけれど、私にはピンとこない。
普通の春夏秋冬の冬でいいのよね? なぜクライスト限定なのかね。
ジークのほうを見るけれど、珍しく彼は私と目を合わせない。
「ジーク様」
「なんだいレーナ」
私が呼びかけると一応いつも通りの返事がある。
どうするべきなのか。
「先ほどの女性がどなたか心当たりがあるということでよろしいですか?」
えっ! と驚くフォルトを左手でなだめて少しでも情報を引き出すためジークを見つめる。
「…………あぁ」
少し間をおいてジークはそれを肯定したのだ。
「なぜ、レーナ嬢を単独で呼び出したりしたんだ? あれは明らかに危害を加えようとしていただろ?」
フォルトがそうジークにぶつける。
「それは、わからない」
「わからないじゃないだろ!」
要領を得ないジークの答えにフォルトが声を荒げる。それをまぁまぁとなんとかなだめる。
クライストの長い冬。
冬を止めているとは何なのか、わからないことだらけだ。
「クライストの長い冬を終わらせるのと、私はなにか関係性があるということでよろしいでしょうか?」
私の質問にジークはしばらく間をおいてうなずいた。
なるほど、なんとなくしかわからないけれど、この辺にジークが私との婚約を維持したい理由があるような気がする。
いや、まてまて。
ヒロインとジークが上手くいけば私との婚約が破棄されるから、もしかしたらヒロインには私よりもクライストでの問題を解決する何か要素が備わっているのかもしれない。
ヒロインは物語のヒロインに選ばれるだけあって家柄だけよくて能力値が伴ってない悪役令嬢のレーナとは違う。
彼女は貴重な光魔法の使い手だし、魔を浄化させるという特殊な力も後半目覚めちゃったりする。そうよ、魔を浄化させる力があるじゃない。
「魔を浄化させる力……それがあればどうですか?」
ヒロインの力があれば解決できるのではと提案してみるが。
ジークはポカーンとした顔で私を見つめた。
「いや……、魔を浄化させる力は必要としてない」
あれ……?
「えっ、では光魔法は?」
「光魔法? 光魔法は確かに貴重だが、なぜ突然光魔法が話題に出てきたのかサッパリわからないんだが」
これで解決できるでしょうとヒロインのことを持ち出してみたのだけれど、さっぱりわからないとジークにいい切られてしまう。
アレ……、違った。
いやいや、そんなはずはない。
少なくともアンバー領の公爵令嬢である限りとジークはハッキリ私の利用価値について言いきっていた。
今回の問題で私を巻き込みたいように思えるし、そう考えるとクライストの問題解決のためにアンバー領の公爵令嬢とジークは結婚したかったということになる。
私との政略結婚がクライスト領の問題解決を含む物だとすれば、簡単にヒロインのことを好きになったからと愛で乗り越えられるものではないと思うのだけれど。
「えっと、たとえばですよ。光魔法が使えて、魔を浄化させる力を持った女の子が現れたとしたらジーク様はどうされますか?」
「えっ、いや別に……どうもしないけれど……」
私の突拍子もない質問に、先ほどまでのピリピリした空気はどこへやら、いつもの考察のポーズをして、すごくつまらない回答をジークはする。
あれ、思っていたのと違う。
そんな女の子がいるのか! となるかと思ったのに、この回答はまさかの完全にスルーではないか。
「光魔法と、魔を浄化させる力ですよ! それでもって、可愛くて、胸もこう大きい」
思わず両手で胸までやって見せる。
そんな奇妙な動きと突拍子もないことを言いだした私に、完全に意味がわからない。
とりあえずヘタに刺激せず愛想笑いしておこうという顔をジークが浮かべる。
「?」
完全に私が何を言いたいかわからないと言わんばかりに首をかしげるジーク。
フォルトも何を言いたかったんだ? と言わんばかりに不思議そうに私を見つめる。
アレ……、てっきりヒロインの力があれば解決する問題だと思っていたのに違うの?
「レーナ、他の女性を君の代わりに差し出す必要はない。アレは私が卒業までに解決する」
だから、おっぱいも大きい、光魔法が使える、魔を浄化できる力って凄いのよ! と力説して見せるけれど、ジークはわけがわからないという顔をするし。
とうとうそうハッキリと言われてしまった。
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