第16話 擬態
手すりは思いのほか滑りがよかった。
登った時と比べモノにならない速度で下に向かって私は滑り降りる。
それでも、相手が身体強化してきたら追いつかれてしまうのでは? という恐怖が、もっと早くもっと早く下へと焦らせる。
摩擦がどうとか思っている場合ではない。
手すりの終わりはどうやって着地しようと思うけれど、なるようになるしかない。
その時は、やってきた。
急に手すりがなくなった私は地面に足がついたけれど、勢いを足だけでは受け止めきれずに尻もちをついた。
早く立たなければと思った時、私のポケットから護身用にとシオンがくれた髪と瞳の色を変える足輪がコロリと出てきたのだ。
鞄もないから何も使えそうなものを持っていないと思っていたけれど私はこんないいものを持っていたのだ。
迷うことなく私は足輪をつけて立ち上がった。
私のなけなしの魔力が足輪に吸われるのがわかる。私の魔力が急激になくなれば、盟約している者は私がどこにいるかわかる。
私の長い金の髪は見なれない真っ白へと変わる。
瞳は鏡がないから確認できないけれど、おそらく金色になったはず。30分ほどは持つかな、いやお願い持ってちょうだい。
扉を開けて私は学園内に入った。
とりあえず印象を変えるために髪をほどき、行くあてなんてないけれど適当に走る。
その時だ、フワリと私の隣を風が通り抜けたのだ。
ヤバい、追いつかれたかと思ったけれど。
一度私を通り過ぎたがすぐに戻ってきて私の手首を掴んだ。どうしようと見上げた相手はフォルトだった。
「フォルト!」
ホッとすると同時に、なぜよりによって危険なこのタイミングで現れたの? と思ってしまう。
「レーナ嬢? その髪と瞳の色まさか足輪をつけているのか?」
私はそれに何度もうなずいた。
私がこれをつけて動ける時間と言うのは短い。
でも、印象が変われば見つかる確率がグンっと下がるから今外すわけにはいかない。
フォルトがいるのは心強いけれど。
もしかしたら戦闘になるかもしれない、フォルトを巻き込む? いや、駄目だ。たまたま会った彼を巻き込むわけにはいかない。
「私ちょっと急いでいてそれで……」
適当に取り繕ってフォルトを巻き込まないように離れようとした。フォルトが私の手を引いて走り出す。
「ちょっと……」
このままでは彼も危ない。
どうしたら……。
「逃げているんだろう」
フォルトは身体強化して現れたのだ。
派手に鐘も鳴り響いていたから目撃者がいてもおかしくない。
足輪のせいでだんだん魔力がつきていくのがわかる。
「フォルト」
私から離れればフォルトはターゲットにならないかもしれない。
重くなっていく足取り、またもフォルトが私の手を痛いほど引っ張って一緒に逃げようとしてくれる。
「フォルトってば!」
手を振り払おうとする。
「今度は離さない」
彼に手を引かれる形となった私からは背中しかみえない。
表情は見えないけれど、私の手首を掴む手に力が入るのがわかる。
このままじゃダメだ。
出来るだけ遠くへと思うだけで、あてなどない。
「フォルト、身体強化して私を抱えることはできませんか?」
きっとその方が逃げれそうと思ったけれどフォルトの答えはノーだった。
「魔力の制御がうまくできない。俺の雷の魔力を使えば早く動けるけれど、その分精度が求められる。まだ人を抱えて走れない」
なるほど。なら、どうする。
とりあえず追っ手はこないようだけれど。
安全場所、あの女の人がこられないような……そうだ、図書室の秘密の部屋だ!!
思い付いたら早かった。
フォルトに目的地を告げて図書室へ向かう。
女は来ていない。
意味がわからないというような顔をして辺りを警戒するフォルトをほっといて、手早く背表紙に触れていく。
「我真実の探求者なり」
光に包まれ、私たちは転移した。
「なんだここは……」
フォルトが驚きの声をあげる。
説明してあげたいけれどそれは叶わないようだ。私の額からは汗が流れ落ちる。立っていることもできなくて、本棚によりかかったままズルズルと地面へとゆっくりと座り込んだ。
「レーナ嬢大丈夫か? おい、おい!」
フォルトの焦った声が聞こえる。
私の瞼がゆっくりと降りていく。
「足輪か!」
足輪がはずされ、魔力を吸われるのが止まったのを感じたのを最後に私は意識を手放した。
私が意識を失ったため、ここからの出方を知らないフォルトと意識のない私では秘密の書庫から出ることができなくなった。
◇◆◇◆
「魔力が消えた」
それぞれ別の場所でそう呟いたのは同じ時刻だった。
主の急激に魔力が減少するのを関知し、駆けつけるべく動いたけれど、あいにく主人も動き回っていること。
主人の魔力量が乏しいこともあり動かれたのでは場所がいまいち特定できなかったのだ。
そして、小さくなっていく己にとって絶対の光は突如として消えた。
血の盟約など人生でそう何度もするものではない。主が亡くなるか余程のことがない限り便利な下僕を手放すようなことがないからだ。
この感覚が主を失った物かどうかなんてわからない。初めての主である、わかるはずもない。
もともと魔力が低く制約なんかないようなもんだった、彼女自身を害することくらいにしか制約がなかったため、今制約が無くなったかどうかなど確かめようがない。
「魔力が消えた」
ポツリとシオンの口からようやく出た言葉は先程と全く同じ言葉であった。
確かめるかのように、信じられないかのようにポツリと口から溢れたのだ。そんなはずはないと意識を集中しなおす。
先程までは確かに細いなりにあったのだ、自分と彼女を結ぶ線のようなものが。
「…………ない」
震えた唇からやっとのことで出た言葉だった。
「どうしたんだ?」
焦った顔でシオンをジークが除きこむ。
「ないの……レーナ様の魔力が、これじゃ何処にいるかわからない」
シオン自身も取り乱していて言ってることがこれではジークにちゃんと伝わらないこともわかってるのに、上手く言葉が紡げない。
キョロキョロとしながら校舎内を彷徨うリオンとジークとシオンが合流したのはその後すぐであった。
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