第15話 誰のために鐘は鳴る


 散々待たせたのでかなり焦れているはずと思っていたのに。

 教室にはすでにレーナはいなかった。肩すかしもいいところである。

 レーナの友人の一人が先生に何か頼まれたのか黒板に明日の連絡事項らしいものを書いていた。

 もう一人と一緒なのだろうか……。

「あれー、アンナ様一人? レーナ様は一緒じゃないの?」

 私が思った疑問をシオンはすぐに口にした。

「珍しい一緒じゃないのか?」

 フォルトもいつもは、レーナ、アンナ、ミリーの3人でほとんどいるのに、今日はアンナが一人だからかそう声をかけていた。


「えぇ、『先に行くわ』と言われたので……てっきり皆さんのうちの誰かと約束があったのではと思っていたのですが、その様子では違ったみたいですね。今日は本を2冊持ってこられたと言っていたので、医務室でリオン先生の焼き菓子をつまみながら読書されているのかもしれません」

 アンナは私達を順番にみたあとそう言った。

 今いないメンバーとなればリオンだけだが……

 流石毎回一緒にいるだけあって、いかにもレーナがやりそうな行動パターンが彼女の口から告げられる。

 なのに嫌な予感がした。


 鼻歌まで歌ってかなり機嫌がよかったとアンナは言っていた。鼓動が速くなる。

 気のせいであればいい、気のせいであればいいのだ。

 それに、レーナはアレで、かなりしたたかな女だ。

 戦闘能力こそはいまいちだが、私を圧倒的に出し抜く能力は持ち合わせているはず。

 私は、最悪の答えではないと思いたかったのだ。


 シオンもレーナには今日のことは何も言ってないのにと言っているし、私自身も今日原稿を返却する約束をしているなどともらしたことはない。なら、彼女は機嫌よく誰のところに行ったと言うのか。

 放課後に本を2冊持ってきても重いだけで最後まで読むことはないだろう。それに、どこへ行くとは告げなかったことが引っかかる。

「ちょっと、どこいくのさ!」

 シオンの制止を振りきり私は教室を後にする。



 どこだ、どこだ、どこだ。

 とりあえず学校全体が見渡せたほうがいいと中庭に下りた。

 あっちこっちを眺めて必死で何か少しでも情報を得ようとする。

「突然どうしたのさ、ジーク様?」

「いったいどうしたんだ?」

 突然駆けだした私の後を追いかけてきたシオンとフォルトは突然どうしたのと言わんばかりに私に声をかけてくる。

「レーナを探して欲しい」

「いや、探せって言われても……学園は結構広いからさ」

「とにかく、窓からそれらしい女性生徒がいないかくらいみてみよう」

 無理じゃないという空気を出してきたシオンにフォルトがとりあえずできそうなことからしようと意見した。



 金の髪の生徒は結構いる。

 アレでもないこれでもない。

「アレじゃないか?」

 フォルトがそういって、私は指をさすほうを見上げた。


 彼女は学園の時計台の鐘のところから下を見下ろしていた。

 柵などない場所なのに、無防備にも少し乗りだして下を見ていたのだ。

「ちょっと、危ないじゃん。何やってんのまったく……」

 よりによって、なぜあんな場所にレーナはいるのか。

 どうしてあんな場所に彼女一人で機嫌よく行く理由があったというのか。



 先に向かっているとアンナは言っていた。

 ということは、少なくとも、あそこでレーナと待ち合わせをしている人物がいるはずである。

「ジーク様、顔真っ青だよ? ちょっと大丈夫なの」

 心配そうにシオンが私の顔を覗き込む。

「レーナは先に向かっていると言っていた。一体誰と待ち合わせしていると思う?」

 私が感じていた疑問を口に出すと、皆で顔を見合わせてしまった。

 レーナの交友関係はかなり狭い。

「おい、レーナ嬢、一人じゃないぞ」

 フォルトがそう言ったから、私もシオンも時計台を見上げた。


 遠目だからよくはわからない。

 けれどレーナの他にもう一人女がいる。

 その髪はいつも一緒にいるミリーの色とは異なる。

 何を話しているかはこの距離で聞こえるはずもない。

「ちょっと待って、アイツ誰?」

 シオンも真っ青な顔で私の顔をみた。



 フォルトはいち早く時計台に登るつもりなのだろう、身体強化して走っていくのが見えた。

 雷の魔法の使い手の彼がおそらくこのメンバーの中で一番早く走ることができる。

 でも、間に合うのか。


「あっ」

 シオンが声をあげた。

 レーナがゆっくりと後ずさりしているのだ。

 手すりなどないし、レーナがあそこから一人で降りる手段を持っているとは到底思えない。

 蔓を伸ばすにしても、彼女の魔力量では一気にというわけにはいかないだろう。落ちたらタダですまないだろうし即死されては治癒魔法では治せない。




 私は魔力を集めることに集中した。

 できるだけ早く。

 そして、大きく。

 自分の周りの温度が急激に下がるのがわかるがそんなことの調整なんか気にしている暇もない。



 レーナの足がこれ以上下がれないほど後退する。

 絶対に外すな、集中しろ。

 フォルトが向かっている、ほんの少しでいい時間稼ぎを。



 私は50cmほどの氷の塊を集中し、ただ一点に向かって投げたのだ。

 私の半径3m以上離れた氷は私の魔力制御の管轄から外れる。もうこれ以上制御は今の私ではできない。

 ただ、レーナにあたらないことを祈るだけだ。



 まっすぐに飛ぶ氷の塊は一直線に鐘へと向かっていき、そして、あたりに響き渡るような大きな音を立てて氷が鐘にぶち当たり砕けちった。

 氷の塊がぶつかった衝撃で鐘はこれまで見たことがないほど奥へ反りカラーンと音と大きな音をたてる。




 カラーン カラーン カラーン カラーン



 通常よりはるかに大きな音で鐘が何度も鳴り響く。



 逃げてくれ。

 祈りを込めてレーナの小さな背中を見つめた。


 突然鳴り響いた鐘の音に気を取られた隙にレーナはこれ幸いと素早い動きで出入り口へと向かい扉を閉める。



 これでいい、後はレーナの後を追えないように此処から遠距離で粘ればいいのだ。


 となればこぶし大ほどで十分。

 レーナはもういないから、当たらないように気を使う必要もない。

 いくつもの氷の塊をランダムに鐘のほうにめがけて撃った。

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