第14話 ニコル・マッカート
本当に綺麗な人だった。
綺麗だからこそ目の下の隈やほんの少しやつれていることが余計に気になり視線がいってしまう。
思わず私は鞄をぎゅっと握りしめた。
「レーナ様ですよね?」
もう一度名前を呼ばれてようやく私は何度も頷いた。
「来ていただけてよかった」
そういって彼女は安堵の表情を浮かべた。
あっ、そうだった。
原稿。
そうでしたそうでした。
というか、いくら落とさないようにとしても胸元から取り出すってどうよ? こんなことなら、待っている時間があったのだから先に取り出しておけばよかったわ。
胸に手をつっこむタイミングがないわ。
それにしても、クマこそ気になるけれど顔は綺麗だし、スタイルだって出るべきところは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいる。
ストーンとした胸の私とは大違いだ。
いや、成長期だから、これから栄養を気にすることで大きな飛躍を見せるかもしれない私の胸は。
まぁ、私の胸のことは置いといて。
流れる銀の髪は美しく、碧の瞳はみていると吸いこまれそうだ。この世界の銀髪に碧眼は顔面偏差値が高いとでも決まっているのだろうか。
これは、百戦錬磨、ジレジレで男を手のひらで無意識に転がすような小説もかけるだろうさ。
綺麗な顔をほころばせる安堵の表情はみている私もほっとするほどだ。
「初めまして、レーナ・アーヴァインです」
何とか自己紹介をした。
「会いに来てくださりありがとうございます。てっきり来ていただけないかと思いました」
そんな謙遜しなくてもである。
私の書庫には彼女の本が一冊もかけることなく並べられているし、ジーク曰く貸し本屋にもなかなかない売れっ子の作家じゃありませんか。
貴族の私とて、作者は気軽に呼ぶことなどできないので、こんなことでもなければお目にかかることはきっとできなかったことだろう。
「いえいえ、一度会って話をしたいと思っていたのです」
「上手く隠れていたつもりなのですが、なぜ私が学園にいると思ったんですか?」
アレ……シオンもジークも原稿用紙を拾ったこと言ってなかったのかしら。
そう言えば、とりあえず探すということを最初の目的としていたのだった、そうであればわざわざ原稿のことをあえて告げていなかったのかもしれない。
まだ、他のメンバーは来ていない。
どうしよう、原稿を返すにはうってつけのタイミングだ。
皆ごめん。
私は胸元に手を突っ込んだ。
突然の私の奇行にビクッとされてしまった……あぁ、なんで出しておかなかったの自分。
いやいや、あやしいものではないのですと。慌てて私はとりあえず掴んだ紙を彼女に渡したのだ。
私が差し出した紙を手に取る彼女。
ゆっくりと開かれたそれは返そうと思っていた原稿用紙ではなかった。
すぐに私は原稿用紙と一緒にしまっていたジークに言うことを聞かせるために、隠していた書類だと気がついた。
それは間違いと言う暇もなく。ニコルの顔がゆがみ笑ったのだ。
「なるほど……切れ者というのは嘘かと思っていましたが、本当だったのですね」
アレ……アレ……あれ?
女は私が間違えて渡した書類をぎゅっと握ったことで紙にしわがよる。
表情や雰囲気から、この短期間で何度も修羅場をくぐるはめになった私の中で警報がようやく鳴り響く。
今さら疑問が頭の中によぎる。
彼女は本当にニコル・マッカートなのかと。
授業が終わってかなり時間が経過しているはず。
それなのに、用事があったアンナとミリーはともかく、ジークもフォルトもシオンもリオンも誰一人として一向に姿を現さない。
あの手紙は皆に送られたものではないの……。
思い返せば手紙にもニコル・マッカートとは書かれていなかったし。
てっきり私はタイミング的にニコルだと思っただけで彼女自身もニコルだとは一度も名のっていない。
じゃぁ、この女は誰なのか。
手紙にはジークのことも書いてあった。
私は回避したつもりだったけれど、もうすでに彼のルートに強制的にはいってしまったのだと言うのかという一つの仮説が頭によぎる。
こんな女ゲーム本編では一度も登場してない。
何か秘密を抱えていたジーク。ジークは彼女を知っているのか?
一度不安が頭に中によぎると、だんだんと恐怖が押し寄せてくる。
彼女がなまじ美しいからこそ、余計に恐ろしい。
本能的に私は後退る。
「あら? おびえなくてもいいのです。レーナ様、ジーク様からお話を聞いたのでしょう。だから、あれほどぞっこんだったのに夢から覚めた……違いますか? でもわかってほしいのです。私はただ少しでも早くクライストの長い冬が終わってほしい。ただ、それだけなのです」
「申し訳ないのですが、まずはあなたのお名前を教えていただけませんか?」
情報が欲しいし、沈黙することで刺激したくない。
「あら、私としたところがはやる気持ちが抑えきれませんでした。ジーク様が学園に行かれている間、冬を止めているイージス・クラエスが娘、アリアンテ・フォン・クラエス以後お見知りおきを」
まさかのクラエスと名乗ったのだ。
彼女が私のほうに歩を進めるたびに私は後ろに下がる。
そんな時だった。
ガンっと大きな音がして、氷のかけらがあたりに飛び散ったのと同時に、鐘の音がカランカラーンと鳴り響いたのだ。
鐘を揺らすことができるほどのサイズの氷がピンポイントで鐘にぶつけられたのだ。
ご丁寧に鐘にぶつかった後は細かく砕け散る。
こんな芸当ができるのは私が知る中ではただ一人だ。
彼に何か直接言われたわけではない、けれど逃げろと言われた気がした私は女の視線が突然鳴りだした鐘に移ったのを見逃さなかった。
今しかないのだ。
こういう風にサシで呼び出しているあたりお話合いですむとは思えない、話し合いですむ話しなら私の家を通して連絡が来たことだろう。
わからないことだらけだ。走りだし扉を開ける。
私は身体強化なんて使えない。
怖いとか考えている暇もなかった。私はすぐに螺旋階段の手すりにまたがった。
ニコル・マッカートの小説のように螺旋階段の手すりにしがみつき下まで一気に滑り降りた。
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