第8話 彼の秘密
甘いセリフだが、言葉に込められた真の意図がわかってしまう。逃げ場などないと……
万が一ここで殺されたら、いったい誰が私を見つけてくれると言うのか、完全犯罪になってしまう。
怖さで腰が抜けた私はその場でへたり込んだ。
優雅な動作でジークが私との距離をつめ、屈み目線を私へと合わせる。
一体彼は私と何の話をしたいというのか。
「始まりは以前ここで君と二人きりになったときだったね。レーナ」
「確かに以前ここでジーク様にお会いしましたが、何の始まりか私にはおっしゃる意味がわかりません」
沈黙することが怖くて何とか彼との会話を続ける。
「あの時ここで出会ったのがレーナだと知って私はとても驚いた」
「あら、縦ロールではなかったからですか?」
軽口を叩いてなるべくこの緊迫した空気を何とかしたい。
「あぁ、以前はそんな髪型をしていたね」
ジークのせいであの髪形だったというのに。
彼の手が伸び下ろしてある私の金の髪を一束すくいとる。
しかし手入れの行き届いた髪はジークの手からサラサラとすりぬけた。
そんなことにかまわず手からすり抜ければすくい上げジークは私の髪を利き手でもてあそびながら話を続ける。
「私のことを追いかけるだけだと思っていた君が別のことを目的として動いていたとは考えたこともなかった、あの時は。でも、今は違う。君は何の目的があって医務室にいたんだい?」
ハーブティーのことを聞きに行ったというのが真実だけれど。
それで納得してくれる雰囲気ではなさそう。
「……」
「あの部屋は魔石を使った特殊な鍵で施錠されていた。リオンは改装と軽く言っていたけれど、あの部屋は牢のようになっている。一度入口が施錠されれば窓も開かないし、割れない。あそこを破るために私はずいぶんとこの部屋に通った。施錠されたあの医務室の中にいて、目的もないだなんてこと通用しない?」
ジークはそう言うと、床に積み上げてあった本を1冊私に差し出した。国語辞典ほどの厚みのある本はずしりと重い。
「此処を私に教えたことは失敗だったと思っているかい? 此処は本当にすごい、知りたい知識が探せば大方手に入るからね。身体を張ったかいがあったものだ。君もこれを読んだのだろう?」
この本には、医務室の魔石でできた鍵を破る手段が書いてあるのだろう。
なぜジークは乗馬クラブを休部したのか理由が今わかった、ジークはリオンのいる医務室を開けるためにここに通っていたのだ。
なんでもあるわねこの部屋……。
ページをめくると理論なのか方法なのかがびっしりと細かい文字で書かれている。
うん、こんなのワカンナイ、わかるわけない……。
ジークも私のテストの成績をよーーーーーーく今一度思い返してみてほしい。
私にはまったく意味のわからない言葉と理論が羅列される本を読んでよくも解錠できたものだ。
この本の厚みというのはあの鍵一つを開けるために必要な知識の束なのだ。
「手紙が今日届いたときは焦った。おそらく目を通した後は処分されるか、学園の医務室になんか置いておかないだろうし。あの鍵は何度か彼が不在の時に解錠に挑戦したけれど一度もこれまで破れなかったから」
ん? そこで私は気付く。
ジークから見た私って、何度も破ろうと苦労してやっと破った部屋に、朱封蝋が届いた日、リオンがいないタイミングでジークよりも早く医務室にシレっと侵入し、他の人が入ってこられないように鍵を施錠しなおして部屋に潜伏してたようではないか。
私の背中を嫌な汗が流れる。
「まって、一部誤解が……」
「誤解? 私は氷と相性のいい魔力だったことを利用して迷路のような鍵穴に魔力を流し込み、氷を作る要領で魔力の形を安定させ鍵穴と魔力を一致させてなんとか解錠した。魔力の大半を解錠に使用してね」
そう言われてみると、いつもならば有無を言わさず抱き上げて連行されたかもしれないところを、今日は手を引かれるだけだった。
私と違い表情を取り繕うことが上手いから気がつかなかったけれど、彼の額には汗がにじんでいる、魔力切れの兆候だろう。
万全のコンディションではないジークからなら此処に入る前なら隙をついて逃げだせたかもしれなかった。
少しでも情報の欲しい私は、腰が抜けて起き上がれないながらもジークを見つめて何かきっかけを探す。
「令嬢が閉じ込められたという学園の端にある塔を見てきたよ。どうやって逃げたのか興味があったからね。見てすぐにわかった、蔦を成長させて足場にして降りたんだろう? 感心したよ。
鍵穴の迷路も蔦を伸ばす要領で魔力を伸ばして鍵穴に合わせて解錠したのかな? 沢山枝分かれする魔力線のような鍵穴の中で、私にはどれがフェイクでどれが鍵の解錠に必要な魔力を流す線かわからなかったから、すべての線に魔力を流し込んで無理やり開けたけれど。君にはその違いがわかった。だからあの鍵を破ったにも関わらず魔力切れになってない。そうだろう?」
ジークが真剣に、すごーーく真剣に考えてくれたのだろうけれど全然違う。
行ったらたまたま鍵が開いていて、たまたま書類をみつけて、たまたまヤバいと隠れたら中に閉じ込められただけなのだ。
シオンの言葉を借りるならば、こんな状態のジークに見つかるところまでとセットで私は変にツイていないだけなのだ。
私はなんて答えたらいいのかわからず沈黙する。
「どうかこの質問にだけ答えてほしい。君が来た時部屋に朱封蝋の封筒はあったか?」
封筒はリオンが持っていってしまったけれど、一部の書類は思いっきり、私が胸元に四つ折りにして隠してある奴だ……こんなことならばサッサと戻しておけばよかった。
封筒の行方が聞きたいわけではないことくらいわかる。
「……ございました」
「中は? 中を見たのか?」
髪に触れていた手を離しジークが私の両肩を掴み私を揺さぶる。
顔は必死でそれほどまでに中に書かれた情報を知ろうとしているのがわかる。
「おち……おちついて……そんなに揺さぶったら……きもちわる…く」
デリケートなレーナの身体が悲鳴をあげる。
慌てて私は吐いたりしないように口元を手で覆う。その様子をみて、ジークがゆするのをやめた。
クライストの魔法省で捕縛と書いてあった男。
服薬死してしまったため、細かい情報はおろか、名前すらわからない。
魔法省の制服の入手経路もわれてない。
理由はわからないけれど、私が先ほど知りえたこの情報をジークは知りたいのだろうか。魔力の大半を使うと言う無茶をして鍵を破ってまで。
「えっと、アンバーでの事件の際に捕まった人物の名簿が入っておりました。名前や事件当日どこで捕縛されたか、後は教会での地位などといったところですね」
「不審な点はなかったか?」
「不審な点の心当たりがあるということですか?」
私がそう聞き返すとジークは黙った。
「返答次第でさらに情報を開示してもかまいませんよ?」
私はそう言ってジークの出かたをうかがった。
「心当たりはある」
短くそう答えられた。
「そうですか。クライストの魔法省で私を襲ってきた男。彼が服薬死したため身元が割れませんでした」
「それだけか?」
「残念ながら、今覚えている限りでは」
シオンも教会に好きで縛られていたわけではなかった。
フォルトも家に帰りたくない直系のレーナとの扱いの差という正当な理由があった。
在学中一度も家に帰らないジーク、彼も何かゲームではあかされなかった秘密があるのではないかそう頭によぎる。
だけど、そのことに切りこむ勇気がない。
シオンのとき、ルート攻略で何度も私は危ない目にあった。私はヒロインではない。
だからこそ、特別な力も持ってないし、恐怖に立ち向かう勇気もない。
これ以上彼の秘密に触れてジークのルートの攻略に入るのが怖かった。
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