第5話 新たなイケメン




 差し出した男子生徒用の制服。意図を瞬時に理解したアンナ。

 私の衣装室に入りでてくると、当然のように着替えてきた。

 いつもは下ろしている長い赤色の髪も、スッキリと低めにくくられている。

 豊満な胸も私のメイドにさらしでも借りたのか見事に消えている。


「「おぉ~~」」

 おもわずミリーと二人で拍手を送ってしまう。

「私とお茶を飲んでいただけますか?」

 アンナが低めの声で少し頬笑みながら私達二人にそう聞いてきたのだ。

「「きゃぁあああ」」


 キャッキャとそのまま盛り上がってしまう。

「アンナ、私あなたにこんな才能があるとは気がつきませんでした」

「私もです、レーナさま。男装の麗人ではありませんか」

「二人に喜んでもらえて嬉しいよ」

 アンナは得意げにそういうけれど、それがまたきまるのだ。女性が男性に扮していることでどことなくミステリアスかつ変な色気があるのだ。

 それに、中身は女、何をすれば女性がキュンとくるのか女心を知り尽くしている。ここに、乙女心を持ったとんでもない新しいイケメンが誕生したのだった。

 小説の読者でもあるアンナはいろいろバッチリである。

 そうなると、当然ごっこ遊びが始まる。


 楽しい学校が今回の小説のモチーフになっているからいろんなところにくり出したい。

 だめだめ、アンナは貴族の令嬢。

 男装して遊んでいることがばれてしまっては大変だわと心の中に葛藤がおこる。

 私から提案すれば実現するだろうけれど、アンナは嫌でもきっと断れないから。

 などと考えながら遊んでいるのだけれど。

化粧でもっとよくならないかしらとアンナが軽く修正をした結果、比のうちどころのない理想のイケメンになってしまった。

 もう私とミリーではなんとなく釣り合いが取れないのだ。

 私ではあれほどのイケメンが惚れこむような要素が自分で言うのもだけど――――ない。

一度疑問が浮かんでしまうと家柄だけはよくとも、もう私では釣り合いが取れない。

 ミリーはミリーでほんわかとした可愛らしい女の子だけれど、ほんわかした女がずっと捕まえていられるような男ではないところまですでにアンナは到達しているのだ。

 そう思ったのは私だけではなかったようで、ミリーも同意見だった。


 もっとこう、一目で恋に落ちるような目を引く容姿。

 イケメンを振りまわすような小悪魔的な要素が欲しい。

 そんな女の子と絡んでいるところが見たい。ということから、私達3人による、アンナと並んでも見劣りしない釣り合いのとれる女子生徒探しが始まったのである。

 しかしこれが難航。


 化粧でゴテゴテは却下! 化粧をして綺麗な女性はあれほどのイケメンの周りには集まってくるものだ。

 ジークの周りを見ていたらわかる。化粧で綺麗な女性では綺麗な女性達の中で埋もれる。



 素に近い状態でパッと目を引くような容姿。儚げで守ってあげたいような感じで中身は彼を振りまわせるような小悪魔的な猛者。



 都合よくそんな人材いるはずもない。

 年上の先輩になれば、色気を醸し出す方もいたけれど、アンナ演じるイケメンと並ぶとトウが立つ。

「レーナさま、もう理想のヒロインは学園にはいないのでしょうか……」

「実に残念だわ、アンナがこれほど素敵な相手役になれたというのに」

「まぁ、こればかりしかたないです。二人ともまた来年新入生が入ってきたら……」

 アンナが諦めの言葉を口にしたその時だった。

 私の部屋にお客さんがやってきたのだ。



「もう、何この本。好きなら好きって言えば3日もかからず終わるじゃん!」

 ジレジレの本に対してさっさと告白して終われと元も子もないことをぶっこみながら入ってきたのだ。

 透けるような白い肌、顔は不機嫌そうだが、瞳は大きくまつ毛も長い。

 見た目とは裏腹の中身の持ち主。

 思わず3人で顔を見合わせてしまった。


「「「い……」」」

「何?」

 たじっと後ろにシオンが下がる。

「「「いた!!!!」」」

「はぁ? ちょっと何?」



「シオンこちらに、大丈夫です痛くなどありませんから」

 思わずじりじりと歩み寄る。

「えっ、何? 何なの?」

 本を両手で抱えたままシオンは後ろにじりじりと後退する。

「ちょうど少し大きめの予備がありますから急いで部屋からとってまいりますね」

 ミリーが何もいわずとも自主的に部屋に戻る。



 アンナと私で手を広げてシオンが逃げないようにする。

「何事なの? 何をしてほしいかくらい言ってよ、ニコニコしながら通せんぼされると怖いんだけど」

 シオンが珍しくタジタジで私とアンナを交互に見る。

「とってまいりました!」

 ミリーがそういって部屋に戻ってきて制服をひらりと取り出す。

「……冗談でしょう?」

 ひらりと取り出された制服をみてシオンは何を望んでいるか理解したようだ。しかし、そこは思春期である。


「ほんの少しでいいのです」

 そういってジリジリと迫る。

「嫌」

 シオンの視線が一瞬窓に向かったのを私は見逃さなかった。

「シオン逃げないで」

 強く発したその言葉はシオンを縛る。身体強化しようとした体に私の静止の命令がかかる。


「では、ミリーはアンナの準備を手伝ってあげて」

「わかりましたわ」

 アンナとミリーは私の衣装室に。

 私は制服をもって、嫌がるシオンを引きずって寝室の鏡台へと連れていく。




「さぁ、ここまで来たら観念して脱いで頂戴」

 ついつい手がワキワキとしてしまう。

 シオンは珍しく動揺した顔で首を横に振る。

「私がお手伝いして着替えさせるのと、自分で着るのとどちらがいいですか?」

 私がそういうと、私が持っている服をひったくるように奪うと、躊躇することなく私の前で服を脱ぎ豪快に着替え始めた。

 一度腹を決めたら潔いものだった。



「ほら、着たよ。これで満足?」

 思った通りだ、美しさの中に一筋縄でいかない芯の強さがみえる。

 でも、このままではいけない、まだ男の子の雰囲気が残っている。シオンを鏡台の前に座らせると、簡単な薄化粧をほどこす。

 肌が無駄に綺麗ね……手入れとかしているのかしら。


「もういい? 今度こそ満足した?」

 シオンがそういってこちらを向く。

 その顔はいかにも不機嫌ですと言わんばかりであるが、肌がきれいだからホンの少し頬にチークをいれアイラインを引き無駄に長いまつげを上げただけであるが実にいいできである。

「待って最後に紅をさしたら終わりですから」

「まだやるの?」

 もう勘弁してとシオンが塗ろうとするのを両手で防御する。

「これだけでもう本当に終わりですから、この筆でちょちょっと唇に色をのせるだけですから」

 お気に入りのだ、といっても毎日使うわけではなく顔色の悪い時やパーティーのときほんの少し塗られる程度だけど。

「それベタベタしそう……アンタも本当に普段からつけてるの?」

「えっと、たまに? あっ、今日はちゃんとつけておりますよ」

 嘘だ……本当は、今の年齢で化粧をすると肌によくないからと普段は塗っていない。

「絶対嘘でしょ、それ。まぁいいよ、レーナ様はつけてるんだよね?」

 抵抗していた手が今度は筆を握っている私の手首を掴む。

 引き寄せられてもう彼と何度目かわからないけれど唇が重なる。



「おいーーーー!!」

 そういう私とは対称に、シオンは一言も発せずそのまま鏡のほうをむくと、つけてないからキスをしても移るはずのない色を確認した上で口紅を全体に伸ばすしぐさをした。

「うーん、どうみてもついてないような気がするけれど。レーナ様は塗ってたんだから僕も塗れたよね?」

「あの……」

「ね?」

 ニッコリと笑っているけれど、私に対して黙らせようとする目力がすごい。

「はい」

 私はその目力に負け返事をした。

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