第3話 毒だったのか……

 リオンのつくるお菓子はおいしかった。

 シンプルな焼き菓子は、公爵令嬢として美食の限りを尽くしていた私には久々に味わうものだった。


 流石に甘いからもういいかなと思っていたところに、薄切りのフランスパンの上に角切りトマトが沢山のった違うものが出される。

「これは何ですか?」

「あぁ、名前がつくような料理ではありませんが、塩見がそろそろほしいかと思いまして。私の晩酌のあてのつもりでしたがよろしければ」

 う ま い ぞ ー !

 ガーリックトーストの上にトマトのせて塩と粗挽き胡椒少々、オリーブオイルかけてオーブントースターでチンしたような味わい。

 ワインがほしい。

「お酒がとてもあうのですが、未成年だから勧めるわけにはいきませんね」

 私の気持ちをくみ取るかのようにリオンがそう続けた。

 甘い→しょっぱいのコンボはヤバい、永遠に食べられるじゃないの。



 リオンは給仕を終えると、目の前の椅子に座りハーブティーを自らのカップに注ぎながら話を始めた。

「私がここへきたのは魔剣がらみですね。アンバーでのこともありますし、もし学園で魔剣を狙う人物が現れた際にレーナ様だけでは自衛が難しいのではという上の判断です」

 そういって、リオンは自らいれたハーブティーを一口飲んでから話を続けた。


「あくまで公爵令嬢だから特別待遇でこのような処置になったのではなく、魔剣の所有者にも関わらず魔剣をお一人で守れないことから悪意をもつ他者にわたる危険性を阻止するための特別待遇と思っていただけたらいいかと思います」

 取り出せなくても、魔剣持ちであることは当然付いて回るわけで、今は取り出せないと結論づけているけれど、万が一何らかの手段で取り出すことができて、悪意のある新しい主人の物になることを避けるための処置か……。


 これは仕方ないといえば仕方ないのだろう。

 リオンは私と盟約しているので、何か私に危険が迫れば感知できるし、魔剣の所有者だからこそ、私が魔剣を奪われた際の戦闘で威力を発揮するのかもしれない。

 魔法省にとどめておけば、接点がなくなると思っていたけれど甘かった。



 そして、一番恐ろしいことは風呂上がりに起こったのである。

 体重が……1キロも増えていたのである。嘘だろう、今日は間食してしまったから、そのせいよ明日の朝お通じさえくれば元通り――――――にはいかなかったしっかり1キロ太っていました。

 変わったことといえば、リオンのところで美味しいおやつとリオンの晩酌のつまみとハーブティーを何杯かいただいたくらいである。



 まさか……毒…………ってそんなわけないけど太ってしまった思いっきり。美味しかったけれど気をつけなければ。もうもうもうである。

 お土産にといただいた凄く美味しい焼き菓子が恨めしい。しかもリオンは渡した際にこういったのだ、『このお菓子は焼き立てよりも1日置いた方がしっとりとして美味しいんですよ」と。

 もうもうもう、ばかばか商売上手め。




 おかげで朝食は控えめにして、早朝から学園をダイエットのためウォーキングすることにした。

 こういうのはすぐに対処しないと、3キロも4キロも増えてからでは遅いのだ。

 といいつつも、明日食べたほうが美味しいですと渡されたお菓子をメイドに下げ渡すことなく持ってきてしまったあたりお菓子に未練たらたらだ。

 ジークとのわだかまりが解け、私になってから一度も行ったことがない乗馬クラブのほうに行ってみようか……と足を進めた。



 途中で話し声が聞こえた。

 その口調からヤバそうな場面と思った私は歩みを止め、聞き耳を立てる。

「あんたなんかに、彼が振り向くはずない。よほど毎日来られるのが嫌だったのでしょうね、ご愁傷様」

 あぁ、女同士の好きな人取るなよ的な牽制みたいね。

 くわばらくわばらである。

「お金がないなら、こんなところに毎朝来ずに夏休みのようにお仕事をなさったら?」

 これは怖いわ、止めに入るにしてもこの世界には魔法がある。

 私が入ってもあっという間にやられてしまう。

 ならばと、人が去ってから怪我をしていたら医務室に連れていくなりしようと思って足を止め、こっそりと木の陰に隠れて様子をうかがう。

 しばらくすると、囲んでいた女の子達は去っていった。

 そこには、茶色の髪の女の子が一人ポツンと残されていた。

 ヒロインだとすぐにわかった。



 悪役令嬢レーナが虐めなかった場合は第二の悪訳令嬢が現れ虐めるのか……。

 突き飛ばされたのか、彼女はずっと座ったままだ。

 さっきの怖そうな人がいなくなったのを確認した私はヒロインのところに向かった。

「あの、よかったらこれを」

 ポケットからハンカチを取り出してヒロインに渡した。

「ありがとうございます」

 ヒロインはよたよたと立ち上がると、私のあげたハンカチで顔についた泥のような物を拭く。

 私は尻もちをついたせいで汚れただろう制服を手で払うのを手伝った。



「手が汚れてしまいますよ」

「手は後で洗えばいいですから」

 私もやろうとしていたし、ゲームではしたんだけれどひどいことをする人がいるものだ。

 自分が頑張るよりも、頑張っている誰かの足を引っ張る方がずっと簡単で楽という言葉を思い出す。

 まぁ、ジークの場合は私という婚約者がいるから、貴族としての教育を受けている他のご令嬢的には、恋に落ちてもアピールなんてしてはいけない。

 彼の相手は公爵令嬢となるからこそ。

 同じように彼を見つめていた女の子、しかも貴族でない子がちょっと特別扱いされていたのがどうしても妬ましかったのだろうな……。

 ジークは私をイライラさせるために貴族のお嬢さんを使うと後々まずいとかがあって、あえて後ろ盾もない平民のヒロインを使った可能性があるけれど……。

 君もジーク被害者かとヒロインに対して妙な仲間意識が出てくる。

 あんな顔の人物が自分のことを特別扱いしてみろ、そりゃ夢をみたってしかたないだろと思う。




「ハンカチありがとうございました。後で洗っておかえしいたします」

 そういってヒロインは頭を下げる。

「気にしないで、それは差し上げますわ。あとこれ、おやつに食べようと思っていたけれどよかったら食べて。甘いものを食べると元気がでるわ」

 なんとなく気まずくて私は頭を下げるヒロインにあの凶悪なカロリーのお菓子を押し付けて後にした。

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