読書に勤しんでる場合ではない

第1話 引っ越し

 夏休みはまだ数日あるけれど、私はすでに寮に到着していた。

 新しい部屋はなんと前の部屋のお向かいだったのである。

 部屋は以前より広くなったのか、前より手狭になったのかはかわらないけれど、間取りが微妙に異なるのが面白い。

 家具も魔剣が紛れ込んでないかの検査をしただけではなく、メンテナンスもしっかりされたようでどれもこれもピカピカだった。

 カーテンの色も青色からオレンジ色に変わりこれから寒くなるけれど、部屋の中には温かさをというコンセプトなのだろうか。


 長旅でお疲れでしょうと新しいお茶のスペースに案内され私は一息をついた。

 窓から見える景色が以前とは違うのがなんだか新鮮だ。

 そして、アンバーではトロピカルドリンクを飲んでいたけれど、こちらではあたたかな紅茶が出された。

 メイドは私がアンバーから新しく持ち込んだ荷物をどうするか確認して手早く片づけていく。

 フォルトから貰った本とジークから貰った栞は今日から読みはじめるから寝室の方に、アンナとミリーから頂いたカチューシャは他のと一緒にしまっておいてと指示を出す。

「お嬢様……」

 メイドの一人は困ったように瓶に入った砂を持っている。あぁ、それはアンバー人気のお土産、アンバーに来た記念に美しい砂浜の砂をもって帰ろうってやつじゃないか。

 他の人のも持ってきたからこれだけ置いていくのも……となったシオンからもらった誕生日プレゼントである。

「それは………寝室の出窓のところにでも一応飾っておいて」

 一通りの指示を出し終えた私は散歩に向かった。



 生徒はポツポツと帰ってきているようで、荷物を運び込むなど慌ただしげだ。

 一緒に来たアンナとミリーも荷物の片づけや休憩をしたいだろうと一人でカフェでもいこうかと部屋を後にした。


 私が引っ越した前の部屋は新しい住人が入ったようで従者やメイドの出入りがみられた。

 私がアンバーにいた間、学園でも夏の間にいろいろあったみたいね。

 メイドの一人が部屋から出てきた私に気付き深々と頭を下げる。

 私も軽く会釈をして歩き出すと部屋から人が出てきた。



「レーナ」

 この学園で私に様をつけなくてもよい人物は限られている。そして声でわかる。なぜお前がその部屋からでてくるんだ……。

 名前を呼ばれた私は足を止め動きの悪いロボットのようにギギギっと首だけ呼ばれたほうを振り向むいた。

「ごきげんようジーク様」

「会えてよかった、ごきげんようレーナ」

「なぜその部屋から出てこられたのですか?」

「あぁ、君の部屋が空っぽになっていたから、どこに行ったものかと学生部に問い合わせに行ったんだ。学生部では君の居場所はわからなかったけれど、以前君が使用していた部屋が空いているというから引っ越したんだ。……しかし引っ越した君の部屋がまさか正面だとは思わなかったよ。引っ越しの意味はあったかい?」

 ジークも流石に私の部屋の移動が、まさか以前の部屋の向かいという近場にとは思いもしなかったようで、笑顔が一瞬ぎこちない瞬間があった。



 すぐに表情をジークは取り繕うと 私の耳元でささやく。

「君の前の部屋は寝室の窓から外に出入りできただろ。コッソリ抜け出すのに便利だからね」

 なるほどである。

 私にとっては防犯上危ないって判断したことがジークにとっては便利なことなのだから部屋の善し悪しの条件は人それぞれである。

「おかえりレーナ、君が学園に戻ってきてくれてほっとしたよ、それでは」

 ジークは手短にそう告げるとやることでもあるのか再び部屋に戻っていった。




 私は秋からの授業はまじめに頑張らないと。

 本当は夏休みの間から少しは勉強しておくつもりだったのに、いろいろ重なってちっともできなかった。できるようになったことはダンスくらいだし。

 新学期のことを考えると実に実に実に……憂鬱である。



「いたいた、レーナ様!」

 寮から出てすぐに次はシオンに捕まった。

「あら、シオンごきげんよう」

「今いくら持ってる? お金貸して」

 可愛いポーズで言ってくるけれど、内容は完全にカツアゲである。

「カツアゲですか?」

 少し動揺しつつ聞き返す。

「えっ、あぁ~うん、そうだね。僕お金足りないんだよね、だからちょっとばかし融通してくれる?」

 ちょっと考えてシオンは、カツアゲらしく言動を寄せてきて右手でお金のポーズをしてニッコリとほほ笑む。


「完全にカツアゲのほうに寄せなくてもいいわよ」

「教科書買うお金が足りないの。銀貨20枚ほど貸して」

「治癒で得たお金はどうしたのよ?」

「あ~あれか、うーん、いろいろあって使っちゃった」

 おいおいおいおい。

「私に請求したのを届けさせたでしょ、あれはどうしたの?」

「あれね、制服のシャツを2枚新調したら消えた。身体のラインにぴったり採寸しすぎなんだよ制服のシャツ……もう少し余裕を持たせてくれていればまだ着れたのに」

 貴族の学校である、身体のラインによりぴったり合わせたモノのほうが、やはりピシっと見えるが、その裏ではこまめなサイズ調整や新調するってことが行われていたようだ。



「なるほど、わかりました」

 そう言えば私よりホンの少しだけ高かった身長が少し伸びている気がする。

 入学最初と卒業目前ではキャラクタープロフィール的にシオンは少なくとも15cm伸びるはずなのだ。

 服も小さくなるだろうと納得である。と同時に、ということは、私の身長は伸びていないのか……。

 財布を取り出しゴソゴソと漁る。

 保証すると一応約束しているのだから、ここは気前よく渡しておいたほうがいいのかしら。

 紙幣がないため、学園内をうろつくとき硬貨は重いのであまり持ち歩いてない。

 しかたない金貨を渡して当分これで何とかしてもらおう。


 金貨を一枚取り出すとシオンに渡す。

「これで、当分は大丈夫かと思います。返済は結構です。父のほうにもシオンのこと頼んでおりますので、一度連絡してみますね」

「ありがとう。でも、そう言う連絡は僕からアクションする前にできれば自主的にしておいてね!」

「はい、それは申し訳ございません」

 そう言って私は頭を下げた。

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