第5話 実れトマト

 フォルトと友だちになってから2日が経過したけれど。フォルトととはパンケーキ屋さんで別れてから会っていない。


 シオンがフォルトの家の養子に入ったこと。

 フォルトと友達になり、ジークとの婚約を破棄した場合前向きに考えると言われたこと。

 ジークに出した手紙のこと。

 アンナとミリーと私の関係。




 バカンスで楽しいはずのアンバー領で私は相変わらずいろいろと考えてしまっていた。気を紛らわすために読み始めたレーナが集めていた恋愛小説も頭に入ってこないし。

 楽しみにしていたダンスの授業でも先生の足を何度も踏んでしまったし。

 アンナとミリーからは昨日も今日も都合が合えばとお茶の誘いがあったけれど適当な理由をつけて断ってしまった。なんとなく、アンナとミリーには会いたくなかったのだ。会わずにいればいるほど、会いにくくなるから次は行かなきゃと思うのだけれど、自分だけ友達じゃないという事実が結構心にドーンときた。




 なので、私は庭で魔力を使う練習もかねてトマトを実らせることにした。こういうときは無心で何か単調作業を黙々とやるに限るのだ。

 雑貨屋さんで購入したステータスが上昇する装備品もこの際全部装備しちゃうんだから。ティアラのようなカチューシャをつけて、ネックレスも2つ重ねてつける。指輪も3つもはめたりとおしゃれ的にいまいちだけどステータスの底上げ効果に期待してみる。


 さて、うまくトマトができたら皆に振る舞うことにしましょう。

 魔法は皆が使えるものではないため、学園では落ちこぼれよりの私程度の魔法が使えるレベルでも、魔法を使うからとメイドに言うと皆がチラチラ様子を見に来るくらいには魔法はちょっと珍しい。


 私はトマトの苗に触れて魔力をおくる。

 メイドがみてるとやっぱり、人の目を気にしてどうしても見栄をはりたくなる。顔は優雅に、魔力はふんぬぅうっと。

 スルスルとトマトの蔓がのび花が咲き、受粉させるとあっさりと実をつけた。私はハサミで収穫しメイドが傍らで盛ってくれている籠にトマトをいれる。

 後はその繰り返しである。

 艶といい、色といい、いいできだわと自画自賛してしまう。一番できのいいものは、父と母に。残りは皆で食べてしまおう。ただ黙々と繰り返す。



 美味しそうなトマト。行儀が悪いと言われそうだけど一口かじる。いいできだわ。

 アンナとミリーにあげたら食べてくれるかしら……。

 ついついトマトの前で考え込んでしまう。



 こういうのは、とりあえずあげてから考えよう。少なくとも魔力が含まれた物だから悪いものではないし。要らない場合もメイドにでもさげわたせばいいのだから。

 籠に4つずついれて届けてもらうことにした。


 アンナとミリーに送るならば一応は友達だからフォルトにも送るべきなのか……とさらにフォルトの分もトマトをわける。

 フォルトにだけ送ってシオンにはないとなれば、仲間外れはよくないだろうしと結局シオンにもトマトを送ることにした。

 ダンスの先生にもこちらに来てからお世話になってるから送ることにした。



 沢山のトマトは送り先が見つかったことで、メイドがほっとしてるようにみえる。無心で作っていたからなぁ。


 身体は魔力が枯渇してきたのかダルいが、トマトを沢山実らせたことで謎の達成感があった。

 アンナとミリーとは友達じゃなくてもいいじゃない、上司と部下のような関係でもしょうがないとなんとなく割り切れた。

 テラスのイスに座り、ここにきてから気に入って飲んでいるトロピカルドリンクを少しずついただきながら、夕日が海に沈むのを見つめる。波の音が心地いい。



 贅沢だわ、この景色独り占めとか。段々と眠くなる。

 うとうとと船をこぐ。

「お嬢様中でお休みになっては?」

「いいの、夕日が沈むのがみたいから………」

「さようでございましたか」

 メイドが遠ざかる気配がする。

 私は半分夢の世界に入りつつもぼんやりと景色を眺める。




「レーナ様、以前ジーク様に出されていた手紙が戻ってまいりました」

「はい~。こちらに~」

 半分寝ていたので適当に返事してしまう。



 眠い。

 適当に返事をしたその結果手紙はメイドではなく届けてくれた人がそのままこちらに持ってきてくれたようだ。

 私の身の回りの世話をしてくれる人は女ばかり。だから男性物の乗馬ブーツだったから顔を上げなくても足下をみただけで自分のところのメイドではない人物が私のところに来てくれたのがわかった。でも魔力を沢山つかったから、顔をあげるのが億劫だわ。

「申し訳ございません、お嬢様は先程まで魔力を使われており魔力切れに近い状態なのです」

 優秀なメイド、クリスティーがちょっと失礼な振舞いをしている私の状態を補足する。



 私の座っている傍にあるテーブルに何か置かれる。

 それは封のきられていない手紙だった。

 よかった、封は空いてない。

「ありがとう、このような状態でごめんなさいね。クリスティー、彼に十分な報酬とトマトを……」

「えっ! はい、かしこまりました。ただいまご用意いたします」

 流石にクリスティも彼にまでトマトは予想外だったようね。

 せっかく美味しく出来たのだから、彼もトマトを食べるといい。



「素敵な景色だ」

「えぇ、この時間は一日の中で一番素晴らしいの、長旅ご苦労様。よかったら隣で 一緒に一杯飲んではどうです?」

「ではお言葉に甘えて」

 椅子に座った気配がする。

「どうぞどうぞ」

 そういう私の瞳はすっかり閉じられていた。



「1つ質問をしても?」

「何ですか?」

「手紙にはなんと?」

 気になりますよね、馬をさらに出してまで読ませないようにしたくらいだもの。

「わがままを書きましたの」

「………わがまま」

「そうです、わがままです。だから読まれたくなかった」




 日が影ってくると風も日中よりも涼しく心地がよい。

 トロトロとしていた私はとうとう寝てしまった。



 どのくらいの時間が経過したのだろうか、身体を持ち上げられたことで流石に起きてしまった。

 すっかり寝てしまっていた。


 クリスティーに日焼けするから、寝るならば室内でと怒られてしまう。

「すみません、歩けます」

 そういって、お姫様抱っこしてくれた人物を見上げた。



 そこにはここにいるはずのない人がいた。

「おはよう、レーナ」

 見慣れぬ服装は信じられないけれど彼自身がおそらく馬に乗り学園都市からアンバーまでかけてきたのだろう。



 メイドもすんなりと私がウトウトしているにも関わらず異性を部屋に招き入れたわけだ。だって婚約者なのだもの……。

 驚いたのはトマトをあげたことではない、私が婚約者に対してなぜか報酬を渡すように言ったことに驚いたのだろう。

 私が日下で寝ていても声をかけて起こさなかった理由はその傍らに婚約者がいたで説明がつく。




 思い返せば、手紙を渡された段階で彼は私に敬語を使ってなかった。



「どうしてここに……ジーク様……」




 呆然と私は自分を抱き上げるジークを見つめた。




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