第4話 パンケーキ食べてる場合ではない

 メイドは私の表情をみて、主人が出すつもりのなかった手紙をだしてしまったことがわかったらしく。とたんに青い顔になり手は震え謝罪の言葉を繰り返す。


 私が紛らわしいところにそれらしくしておいたのが悪かったことを告げ、なだめる。


 そこにクリスティーが現れ、手紙を出してしまったメイドともう一度深く頭を下げる。クリスティーが一番偉い人なのかもしれない。

 クリスティーは40歳前後くらいで茶色の髪をいつもピシリとフルアップにしているそばかすのあるメイドだ。他のメイド達とちがって、彼女だけは、年齢も少し失礼だけれど重ねているし、体つきもよい。

「お嬢さま」

「はい!」

「私どもの不始末で非常に申し訳ないのですが、公爵様に相談されるのが一番よろしいかと思います」

 流石年の公であるどうすればなんとかできるかをアドバイスしてきた。私はそれにうなずくと、部屋を後にして父のいる部屋へと走り出す。





「お父様ぁああああ!!!」

「おやおや、今日のレーナは元気だね」

 お父様は私のテンションを見事にスルーする。

 このくらいのことと流せるからこそ、アーヴァインを背負えるのかもしれない。

「お父様、早馬に追い付くにはどうしたらいいと思いますか?」

「追い付くのはレーナでは無理だな」

「やはり……」

 返事は無情だった。

「早馬に追い付いてどうするつもりなんだい?」

「手紙を読まれる前にとりかえしたいのです。あの手紙は出すつもりがなかったのです」

「手紙か…軽いな……うーん」

 荷は軽ければ軽いほど馬の負担が少なくより早く届けられるのだろう。

 お父様は少し考えると、

「もう1通手紙を書きなさい」

「手紙ですか?」

「そうだ。手紙を出した馬より優れた馬と騎手に二通目を託して、後から届く手紙は間違いなので読まずにそのまま送り返してほしいと手紙に書いたらどうだい?」

「なるほど! さすがお父様」

 私は父の部屋にあった紙にサラサラと書いてよろしくお願いしますと託した。読まれませんように、頼んだわよ、本当に頼んだわよと後ろ姿を見送った。



 やはり、手紙のことが気になりソワソワとしてしまうけれど。

 私がソワソワしていると、やらかしたメイドがとても小さくなるものだから、家を出て散策することにしたのだ。

 護衛が私の1mほど後ろを付いてくるけれどメイドに気を使って気になっているのに平気なふりを続けるよりかは大分ましだ。



 浜辺は白い砂が美しく、海はどこまでも澄みわたっているのに、私のテンションはこのロケーションを前にしてるにもかかわらず低い。


 あの手紙を読んだらジークはどんな顔をするのだろう……。今なら、内心はわからないけれど、アンバーに顔を出す可能性はある。

 ジークと私は少なくともそのようなことを気軽に言える関係性ではない。

 嫌だな……思わずため息がこぼれる。

 ショッピングでもして気を紛らわせようとアンナとミリーと行った高級なショップが並ぶ通りに差し掛かったときだ。

 遠くにアンナとミリーがいたのを見つけてしまった。


 二人で楽しそうに買い物をしているではありませんか。



 今日は私、誘われてない。

 そうか……。

 アンナは私のことをレーナ様と言う。

 ミリーも私のことをレーナさまと言う。

 でも二人はお互いを呼び捨てにしていた。

 二人は友達でも、私は二人にとって違うんだということが一瞬で頭をよぎる。二人はいつだってレーナの隣にいてどこまでも私の味方で気遣ってくれていた。

 ゲームでのヒロインを虐めるときも、夏休み家に帰らない選択をしたときも……。

 公爵令嬢レーナのご学友であって友達ではなかったのかもしれない。



 私は二人に見つかる前に来た道にUターンして戻る。

「いかがなさいました?」

 護衛の男が私に声をかけてくる。

「今日は買い物の気分ではなくなりました」

 そう告げてあてもなく歩く。



 今日はなんて日なのだろう。

 ジークについ泣き言のような手紙を送ってしまったことよりも、アンナとミリーが二人で楽しそうに遊んでる姿は効いた。精神的に結構どーーーーんときた。



「ごきげんよう、レーナ嬢」

 ずんずんと突き進む私は声をかけられ立ち止まる。

「フォルト……ごきげんよう」

 こいつも、レーナのことをあまりよく思っていない一人である。



「……何かあったのか?」

 心配そうな顔をされてしまった。

「いえ、何も」

「……暇なら付き合ってくれ」

 フォルトが私の手を引く。



 お互いの護衛が少し離れた席に座り、私とフォルトの前には美味しそうなパンケーキがあった。

「一人じゃ入りにくいから助かった」

 本当は私のことをよく思ってないだろうに……。

 イチゴパフェのときは私の前では食べぬまいとしていたくせに。

 フォルトは私の様子がおかしいと気がついたから無視をすることも出来なかったのかもしれない。本当にいいやつだ。



 パンケーキを口に運ぶとフォルトの顔がほころぶ。たっぷりの生クリームもバナナもイチゴもマンゴーもあっという間に平らげられていく。

 本当に甘いの好きなんだなぁ。

「どうした? 口に合わなかったか?」

 フォルトを見ていてあまり食べていない私に気づかれた。

「とっても美味しいから大事に食べてるのです。ねぇ、フォルト……」

「なんだよ改まって……」

「私達、友達に今からでもなれないかしら」

 フォルトは優しいからなんだかんだいって私がハッキリそういえば断らないのではと思ってた。

「はぁ?」

 フォルトの眉間に皺がよる。

 怒らせたのだろうか、優しいからといって流石に図々しいお願いだったか……。



「あの、今のはなしで……」

 そう告げてパンケーキを口に運ぶ。

「あーっと、友達。今からな……」

 フォルトはそういうと、髪を左手でグシャグシャとかく。恥ずかしいときに誤魔化すポーズである。

「はい!」



「レーナ嬢……」

「どういたしまして? おかわりなら次はこっちのがいいのでは?」

 メニューを差し出し次はもう少し軽めのほうがいいんじゃないかと指を指す。

「そうじゃなくて、……今までごめん。 レーナ嬢ばかり直系だから優遇されてるって嫉妬して酷い態度だったし、ひどいことも俺は沢山言ったから」

 頭を下げられた。

「この前事件のとき皆が私を守ろうとしていましたし、私がアーヴァインの直系だから贔屓されてるは事実だと思います。私にはフォルトと違って魔法の才もなければ、勉強もいまいちですし……。それでも周りが丁重に扱ってくれるのは公爵令嬢だからに過ぎません」

 このパンケーキうまいな。



「なぁ、この前のこと覚えてるか?」

「えーっと……」

 はて、どのことだろう。

「ジークとのこと、事件のときお前のことを助けに来たくらいだから可能性としてはほぼないかもだけど……。もし破棄するようなことがあれば前向きに検討してみるから」

 ん?


 フォルトの顔が少し赤い。

「え?」

「先に帰る、家の近くを軽く散歩って出てきてるから」

「ちょっと」

「お会計は済ましておく、ゆっくり食べてこい」

 フォルトはそういうと帰っていってしまった。



 前のイチゴパフェの時とは違い、私が訳のわからないままパンケーキの残りを黙々と食べるはめになった。


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