第3話 ホームシック

 レーナの部屋のお風呂も当然広い、おしゃれなバスタブには花が浮いてたし。こんなの初めての体験である。


 入浴後部屋で私にドリンクを提供するとメイドは

「おやすみなさませ、お嬢さま。何かありましたら、外で交代で控えておりますので気軽にお声掛けくださいませ」といい私の部屋を後にした。

 メイドに軽く会釈をしてメイドが完全に私の部屋から退出したのを見届けて……私は部屋の探検を始めた。


 なんなのよこの部屋は!! いったいどうなっているの。

 メイドの待遇といいレーナのお嬢様レベルを舐めていたわ私。

 まずは一階から部屋を確認していきましょう。

 まずは、私が今いる広い吹き抜けのリビング、ゲストルームらしいベッドルームが一部屋、トイレと広い洗面台、そして先ほど入っていたお風呂。それに小さな書斎、置いてある本は主に恋愛小説のよう、ニコル・マッカートの名前がやけにずらりと並ぶのでレーナが好きな作者なのだと思うけれど、夏休みの間に全部読み切れるかしら。


 次は二階だわ、螺旋階段を上れば、まず視界に入ったのは吹き抜けを眺められるように無駄に椅子が置いてあるスペース。

 落下防止のために柵のようになっているけれど、この椅子に座ってあの大きな窓から沈む夕日がみれるようになっているわ。

 寝室には大きな天蓋付きのベッド。寝室の隣には当然衣装室だけれど、寮の衣装室の比ではない、靴のたな、鞄のたななどもありかなりの豪華さ。

 寝室には海が見える窓がついており、窓を少しあけてあるためかすかに波の音が聞こえる。

 海の見える窓はバルコニーがついててさらに外に出れる。

 わきにはこれまたおしゃれなテーブルとイスがあって、海の音を聞きながら手紙を書いたり、本を読んだりできそうだ。かんきつ類のスライスがはいった水差しとコップが今は置かれている……だけではなかった。

 薄い青色の手紙が1通置いてある。


「誰からかしら」

 裏を見るれば、ジーク・クラエスと書いてあるではありませんか……。

 どうする……開ける? 読む……。今は辞めておこう、そんな気分ではない……。



 一通り部屋を探検し終えた私は、部屋を探検するぞと意気込んだあの時とは別人ですっかりホームシックになってしまっていた。

 一学期はいろいろありすぎて、考える暇もなかったけれどレーナの父と母と会うことで、なんとなく、私の本当の父と母はどうしてるのだろうと思ってしまったのだ。

 皆といる間は平気だったことが、一人になったことで急にやってきた。


 もう会うことはできないのだろうか。そう考えるととても寂しい。

 寂しいなんてもんじゃない、会えるけど、会わないのと。どうやっても会えないでは大違いだった。


 これが長い長い夢ではないかと思ったりしたけれど、体験した痛い思いの数々がこちらが今の私にとって本物の世界と言ってるようだ。

 本当の私はどうなってしまったのだろう。私は何でここにいるのだろう。


 異世界物の小説なんかを読んだのを思い出すと、あちらの世界からこちらの世界に身体ごときたり、死んでしまったから別の身体になったりが主流である。

 私の体は、どうみてもレーナであり、元の容姿とは似ても似つかない。

 最後の記憶というのは曖昧で思いだせないけれど、やはり死んだのだろうか。


 私がレーナの皮をかぶった別人だと知ったら、レーナの父も母も他の皆もどうおもって、私はこれからどうなるのだろうか……。ぐるぐるといろんなことを考えてしまう。

 でも、ジークがレーナのことを認識していないと知った時に、私の意思とは関係なく、泣いてしまったことから、私の中にやはりレーナがいるのだろうか……。

 これ以上このことを考えるのはやめよう。

 いい歳して親に会えないことで泣いちゃいそうだ。



 それにしても、シオンがまさかのフォルトの家に養子にくるというハプニング。これは予想外だったわ。

 シオンはヒロインにとっての恋愛対象であったけれど。公爵令嬢のレーナと神官のシオンは結ばれることのないまさに対象外だったのだ。

 それがどうでしょう、フォルトの家に養子にはいるとなれば話は別である。確立としては低いだろうが、絶対ないということではなくなってしまったのだ。




 メイドも父も母も私が縦ロール辞めてたことを誰も聞いてこなかったことから、学園での様子がある程度こちらに連絡がいってるのかもしれない。

 そうなると、当然耳に入ったと思われる私とジークの不仲説。事件の際、ジークは戦えない私の代わりに剣となり私をかばい、最終的に先生を氷漬けにして拘束しそれはもう十分すぎるほど助けてくれたけれど、いったいどのように報告されているのか。



 ジークと上手くいかなかったら、次は歳の近いフォルトとの結婚がありえるかもしれないとフォルトに以前言ってからかったけれど。実際問題、私とフォルトの仲はあまりよくない。

 フォルトの親にしても、仲良くないことは知っているからこそ息子が嫌っているレーナ様とより別の方をと思ってるのかもしれない。

 その点シオンは、私と血の盟約まで結んでいるし、貴重な治癒魔法の有数の使い手である。

 私とシオンが結婚ということにもしなれば、シオンをアンバーに縛れるのだ。それに私が命令すればシオンは最終的に絶対逆らえない。それが血の盟約……。



 私はベッドに横になってごろごろしていたけれど。

 あーもう、あーもうと結局あれこれ考えてしまってちっとも眠れないので、気分をかえるために、手紙を開けることにした。ふんわりといい香りがするわねこの手紙。


 季節の挨拶はすっ飛ばして本題よ本題。

 アンバーに帰っているのだろうか? ということと、いかがお過ごしですか? ってことが丁寧に書かれていた。

 結論として、中身のない手紙であった。ただ、それがなんとなくジークらしいのだ。思春期の娘に御父さんが一生懸命話すかのようなところが。



 帰ってます、元気です。

 季節の挨拶も何もかもすっ飛ばしてたったそれだけ置いてあった便せんに書いて翌日メイドに託した。


 遅めの朝食をいただいてると、母からエステに行くわよ! と連れ出される。保湿成分に優れた泥まみれにされたり、やたらおいしいパスタを食べたりして、父と母の部屋でのんびりゆったりとした時を過ごした。




 夜、寝室の机を見ると未開封の手紙が2通きていた。

 一通は昨日と同じ薄い青色の封筒、裏をみるとジークの名前がある。私が書いた返事はきっとまだ学園には届いてないわよね? 何せ学園都市からアンバー領までは4日もかかったもの馬車で……まさか、もう2通目がくると思わなかった。

 もう1通はフォルトからだった。手紙の内容は、先日馬車に相乗りさせてくれたお礼においしい食事をごちそうするという約束を果たすべく、2週間後ランチをシオンも誘って5人で食べに行きませんか? というやつだった。

 ずいぶんと日が開くけれど、フォルトもシオンも養子縁組しちゃったから忙しいのかもしれない。


 ジークのやつは開けなかった。だってきっと、また中身なさそうだし。



 次の日フォルトの手紙だけ、私は日は合わせます楽しみにしてますってことを返事しておいてとメイドに頼むと代筆してくれた。


 アンナとミリーと遊びに行ったり、観光地を周ったり、ダンスを覚えなければと思った私が父と母に頼んでダンスの先生をお願いしたら意外といい感じの男性がきて心の潤いになったりと楽しい日々を過ごしていた。

 問題は、ダンスが踊れないからダンスの先生を雇ったのに、先生イケメンだわ……と顔をぽーっとみならがホールドを組んだ私はなんと踊れていたのだ……。

「これなら、練習する必要などないのでは?」

 と言われたほどだった。

 こうやって動かなきゃとかいろいろ考えないと、自然と身体が動く、次はこうとか、その次はこうみたいな不思議な感覚である。

 私はやはりレーナなの?

 サマーパーティーではあれこれ考えていたからちゃんと踊れなかったのかしら。





 ジークからの手紙はあれから毎日返事も出していないのに届いた。

 私達は政略結婚だ、ジークとしても失態が原因で解消されては困る理由があってこのような手に出ているのだと思う。

 日があまり開かない間に届く手紙の封が一通も開けられてないことをメイド達が気にしているのがわかる。けれど、そこはできたメイド誰も私にそのことを聞かない。

 私も5通たまったことで観念して順番に開けることにしたのだ。



 季節の挨拶とこれまでろくにレーナに手紙なんて出したことがないのに連投で手紙を出すものだから、まるで会話がない思春期の娘にさぐりさぐりのような文面がまたもつづられていた。

 元気か、かわりないか、こちらは元気です。最近こちらはこんなことをしているよってことが書かれたのが5通だった。

 なんとか、私との仲を改善したくて手紙をよこしてるのだろうなと思う。

 私だってジークと婚約してることはジークのことが好きとか以前に政略結婚的なメリットがあるはずだからこそいつまでもむげにするわけにもいかない。

 流石に返事書いたほうがいいよね……どうしよう。



 ここ最近悩んでいた。

 レーナであることを私は受け入れないといけないこと。

 もう元の世界に私は帰れないの? ってこと

 結局これからどうするの? そんなことがグルグルしていたんだと思う。

 だからつい書いてしまったのだ。

 レーナにとって特別な彼に なんだかんだいって私の剣となってくれた彼に。



 会いたい



 とただ一言かいた手紙を。


 封をしていつものところに置いて私は夜眠りについた。



 朝起きると夜のテンションというのはなくなるもので、やっぱり昨日かいた手紙はなし、破棄して適当にアンバー楽しいですって手紙を書きなおすつもりだったのに手紙がない。


 慌ててメイドに確認をすると

「封がしてあったので、ジーク様もお待ちかと思いましたので朝早馬で出しました」と無情にも言われてしまったのだ。



 まずい、あの手紙が……ジークに届く。

 阻止しなければあの手紙がジークに読まれるのを。

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