第4話 暴走を止める手だてがない

 さて、まだ八時。授業が始まるのは九時だから随分と早いけれど、私達は学園に行くことにした。結構早く学園に来たつもりだったものの、朝から部活や同好会に精を出す生徒がすでに大勢いた。

 散々このゲームをプレイしていたので、大まかな位置は覚えていたが、実際に歩いて学園内を移動してみるとここがどこだか全然わからない。

 やはりあの地図には、ゲームの攻略に必要な施設しか載のっていなかったのだ。実際の学園と比べるとかなり教室や道が省略されていたようで、こっちの方角にあの施設や教室がある程度にしか役に立たなかった。

 道を覚えるためにも、当分は早めに登校して校内をうろつくことにしよう。


 一応、ジークに会わないと言った手前、私達は乗馬クラブの練習場を避けて適当に散策することにした。

 学園内を歩いてみると、植物園に薬草園と意外と植物があることに気づく。

 属性が緑って、いずれ授業で行う戦闘訓練のことを考えると『はずれ』と思っていたけれど、果物を実らせておやつにできるだろうし、なかなか使えるかもしれない。

 戦闘訓練は、火属性と水属性のアンナとミリーに頑張っていただくことにしましょう。

 ゲームでは、戦闘訓練の授業もイベントになっていて、ヒロインは突然強敵を倒す羽目になる。さすがにレーナの場合はそんなことにはならないだろうけど、魔法訓練はどんどん自主的にやって、二人の魔法の熟練度をどんどん上げてもらおう。

 それが、回りまわって私の安全に繋つながるのよ!

 あちこち校内を散策していると、ふとフォルトを発見した。ばっちり目が合ったので、フォルトも私に気づいたはずなのに、彼は気づいていない振りをしてさっと踵を返してしまう。

 昨日のことがあるから気まずいのかもしれないが、会釈の一つもしないだなんて失礼極まりない。


「フォルト、ごきげんよう」


 ムッとした私は、あえて大きな声で彼を呼び逃げ場をなくす作戦に出た。

 さすがに名前を呼ばれた上に挨拶までされては、フォルトも無視できなかったのだろう。彼は、ギギギッと動きの悪いロボットのようにこちらを向いた。

 私達三人はフォルトに向かってゆっくりと歩いていく。


「はぁ……、レーナ嬢、アンナ嬢、ミリー嬢、ごきげんよう」

「「ごきげんよう、フォルト様」」


 アンナとミリーはニッコリとフォルトに笑いかける。私はわざとしおらしい態度で彼に話しかけた。


「フォルト、昨日はなんだか私の恥ずかしいところを見せてしまってごめんなさいね」

「あぁ、いや……その、レーナ嬢……あまり気にするな」


 あれから一晩経たったけれど、結局どうレーナを慰なぐさめるべきか上手くまとめられなかったのだろう。なんとも歯切れの悪い返事が返ってきた。

 そして、そこからの沈黙……

 だけど、あえて私はなにも言わずフォルトを見つめる。

 フォルトはしばらくもごもごと煮にえ切らない態度だったが、やがて観念したように話し始めた。


「三人はいつもこの時間はこんなところにいないだろ? その……ジークに挨拶に行かなくていいのか?」

「えぇ、少しでも二人の関係がよくなればと続けてきましたが、もう必要ないでしょう。これ以上私ばかり歩み寄るのも馬鹿らしい。朝の時間は貴重なので思いきって止めましたの」


 昨日に引き続き、フォルトが返し難いことを言ってリアクションを見る。

 フォルトは私の返答を聞いて、まさに絶句している。必死になにか言おうとしているのだけれど、口をパクパクとさせるだけだ。


「フォルト、口が魚のようになっていますよ」

「だって、お前……それっ……」

「所詮、政略結婚ですから。男性は自分に惚れた女性のほうが可愛いのでは、と思っていたのですが……すべての男性がそう思うわけではなかったようです」

「いや……まぁ、いろんなタイプのやつがいると、オモイマス。けど……えっ? あれ? えっ?」


 フォルトは私のちょっとした悪戯によって完全に混乱し、表情をコロコロと変える。

「そんなに表情豊かなフォルトを初めて見ました。それでは朝の会が始まってしまいますので、ごきげんよう」


 朝一で思いっきりフォルトをからかったことだし、今日のところはこの辺で勘弁しておいてあげましょう。

 私はいまだ混乱の中にいるフォルトを置いて、教室に向かったのだった。



 一限目の授業はさっそく魔力感知だった。

 私達は朝練をしていたおかげで難なく課題をクリアできただけでなく、先生の前で実際に魔法を使ってみせることに成功した。

 ミリーは水を出し、私は花の蕾を咲かせ、アンナは近くの森に向かって派手に炎をぶっ放した。アンナのあれはもう小さな爆発だった。

 アンナは私達の中で一番魔力量が多いのだけれど、そのためなのか力を制御するといった細こまかいことは苦手なよう。

 早く制御を身につけてもらわないと、私の身が危ない規模の爆発だったわ。

 順調に授業をこなす私達三人とは対照的に、上手くいかず首をひねっているフォルトとヒロインを見つけてしまった。

 ジークもいるのだろうかと教室を見回したが、幸いなことに彼の姿は見当たらない。

 たいていの授業は、生徒のレベルに応じてクラスが分けられている。

 基本的に、ヒロインを含め、攻略対象キャラ達がいる『できるクラス』と、私とアンナ、ミリーがいる『できないクラス』の二つだ。二つのクラスの間には、魔法の資質や頭の出来に大きな溝があり、一緒になる授業は少ない。

 でも、この授業は合同だったみたいね。もしかしたら、他の攻略対象もどこかにいるのかもしれないわ。……まぁ、ヒロインはほっといて大丈夫でしょう。

 ヒロインとはこれ以上関わらないようにしたいし、それに彼女は上手くできなくても、そのうち懇切丁寧に先生から説明してもらえるからね。

 ここはフォルトに恩を売っておくことにしよう。


「フォルト、どうやら苦戦しているようね」

「……レーナ嬢は事前に練習していたんだな」


 私より上手くできないことが恥ずかしいようで、フォルトは小さくはにかむ。

 初めて笑ってくれた。少しは仲良くなれたのかも。


「魔力循環はわかりやすいやり方がちゃんとあるのよ。それさえマスターすれば、フォルトならすぐにできるようになると思うわ。ほら、手を出して」


 フォルトの態度が軟化したことで、私も少し砕だけた話し方になる。フォルトは目を瞬かせながら、差し出された私の手を見つめた。


「えっ?」

「ほら、早く手を出す! お手!」


 私が強く「お手」と言うと、フォルトは反射的に両手をさっと私に向かって出してきた。私よりも大きな手をギュッと握る。


「なっ……」


 我に返ったフォルトが慌てているのに気がついているものの、あえて無視して続ける。


「ほら目を閉じて。私の魔力をフォルトに流してみるから、フォルトは魔力の流れを感じてみて」


 右手から魔力の一部を送り込む。フォルトの身体に一通り自分の魔力を巡らせて、左手から身体に戻すイメージで行うと、ゆっくりと魔力が流れ出すのがわかった。

 待って、そういえばすっかり忘れていたけれど、魔力線は繊細だと先生が言っていたわね。

 わざわざ言うくらいだから気をつけるに越したことはない。それに、他者が流す時はゆっくりとも言っていたわ。

 フォルトの魔力が徐々に私の中に入ってくる。

 ――あぁ、イケメンの魔力が……とかやっている場合ではない。私は自分を必死に律りっして、余裕な感じを装う。


「自身の中に、なにか温かいものが流れてきているのがわかりますか?」

「あぁ。まだ、なんとなく程度だが感じる」

「よかった、それが魔力ですよ。今は私が自分の魔力をフォルトに流し込んでいますが、フォルトも私に魔力を送り込むことをイメージして、少しずつでいいから魔力を動かしてみてください。右手からフォルトの魔力を私に送って、私から流れ込む魔力を左手で受け取るの」


 しばらくすると、先ほどとは魔力の流れが変わったのがわかる。

 あぁ、イケメンが自ら私に魔力を流し込んでくるわ……大事なことだからもう一回心の中で言おう。イケメンが自ら私に魔力を流し込んでくる……

 これって、ご褒美じゃないの!

 ちらりと目を開けると、眉間にしわを寄せ、真剣な顔で目を閉じるフォルトの姿が目に入る。その姿は初々しくて可愛らしい。

 残念ながらレーナはフォルトに嫌われているようだけれど、私はフォルトのことを嫌いではない。表情がコロコロ変わって、実にからかいがいのある性格をしている。


「アンナ、ミリー。魔力循環が上手くできてない方がいたら、朝と同じように魔力を流してあげて頂戴ちょうだい。魔力線は繊細だからくれぐれもゆっくりよ。流れを感じることができたら、一人で流せるように練習してもらって」


 しっかりと頷いた二人は、すぐさま行動に移す。


「魔力循環を練習したい生徒は、貴族平民問わずこちらに」


 アンナの声が響き、それに続いてミリーが生徒を誘導していく。

 こういう時、アンナは抜群に統率力があるし、ミリーは補佐が上手い。本当にいいコンビだわ。

 他領の生徒は、変なのに巻き込まれたら困るとばかりにその場を去っていった。しかし、アンバー領の者はぞろぞろと集まり始める。

 担当の先生は、生徒が魔力を感知できるようになるまで時間がかかると判断したのか、気がついたら見当たらなくなっている。なかなか無責任だ。


「二人組から三人組になって手を繋いで。私とミリーが順番に手伝いますから魔力の流れを感じましょう」


 十数名いる生徒は、アンナとミリーの指示に大人しく従っている。ポツリポツリではあるけれど、『わかった』という声が聞こえてきたから、あちらはかなり順調だと思う。

 後は二人に任せて、私はもう少しイケメンを堪能しよう。

 フォルトの様子を窺うと、先ほど彼の眉間に立派に一本入っていたシワが、いつの間にか消えていることに気がついた。

 集中力が切れてきている私とは対照的に、フォルトは目をしっかりと瞑、魔力を流すことに集中しているようだ。

 次第に右手から流していた私の魔力が、フォルトの魔力に押し返され始めた。

 負けるものですかと私も懸命に耐えたけれど、魔力が取り巻きであるアンナよりも劣る私が敵うはずもない。

 そもそも、魔力の絶対量が私とフォルトでは全然違う。

 このままではマズイかもしれないと私は手を離そうとしたが、フォルトは集中しているためか、ギュッと私の手を握り締しめている。

 ならば身体ごと離れればいいと考えたものの、フォルトの魔力が大量に流れ込んでいる影響か、思うように身体が動かない。

 これはかなり危ない状況かも……


「ねぇ、フォルト」


 必死に彼の名前を呼ぶも、フォルトの瞼はぴったりと閉じられたままだ。

 ――どうしたらいいの?

 呼びかけてもだめだし、動くこともできないし。本当にどうすればいいの? 私の魔力線、死ぬかも……

 もうだめだ……

 私は抵抗を諦めた。すると、あっという間に私の魔力は呑み込まれ、膨大なフォルトの魔力が魔力線を伝って身体の隅々まで流れ込む。

 もう、されるがままだ。

 イケメンの魔力が流れ込んでいると、はしゃいでいたのが遠い過去のよう。

 フォルトは、私の身体中に己おのれの魔力を流したことでスッキリしたのか、私とは対照に穏やかな表情を浮かべていた。

 フォルトの魔力は、私の中をスピーディーかつ円滑に循環している。さっきまで戸惑っていた人物と同一とは思えない。

 そりゃフォルトは『できるクラス』で魔力量も多いから、私とは実力が違って当然だけど。

 視線の端に捉とらえたアンナとミリーは、まだこちらに来る余裕はなさそうだ。

 誰かが気がつくまでこのままなの?

 もはや、これはイケメンと手を握り合っているだけ……

 アンナ、ミリー。どっちでもいいから、フォルトの頭を一発『いい加減にしてください』と叩いてちょうだい。


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