第263話「FREEDOM」
決勝トーナメント進出が決まったその日、桃李神戸校ゲーム部顧問の筒井紬は、早速、ジオラマに対新宿用の戦術案を展開する。
展開して早々、陣形と呼ぶには余りに突飛な自軍の配置に、部長の山下が疑問を投げ掛けた。
「せ、先生! こんなバラバラで大丈夫ですか? 各個撃破されませんか?」
「確かに、お前の言う通り、それが正しい対抗戦術だ。だがな、十中八九、タイマンに乗ってくる」
「ホンマですか?」
「あぁ。ここ数年、戦術という意味で新宿のレベルは落ちて来ているようでな、戦術で軽くあしらえる戦局でも、個の力で強引に勝ち抜くような戦い方が目立ってきてるんだ。特に、予選は酷い」
「え? そんなに?」
「お前らにはまだ解らんかもしれんが、アタシの目から見りゃ、酷い有り様だ。予選とは言え、誰が早く墜とせんのか競争してやがる」
世界中の一流が受験し集まった新宿校の生徒たちの頭の中にも、GTWプレイヤーが棋譜と呼ぶ、戦術や戦略などは一通り入っている。
しかし、一流がゆえ、そのポテンシャルの高さと傲慢さが、個々で対応する結果を招き、また、それで対応できてしまっていることが、さらに問題を悪化させていた。
「でも、新宿には東儀さんが……」
「雅さんがちゃんと教えていたら、あぁは成らねぇよ」
虎塚刀真の死後、東儀雅はGTWに専念するため、新宿校の顧問を辞退したのだが、学校側より名誉顧問としてでもいいから残って欲しいと言われ、名ばかりの栄誉職に就いたのである。
また、他の上位プロたちも同じ理由で顧問を断っていたことから、顧問になるのはというと生徒よりも下手な者ばかりとなり、そうなると、生徒からは「下手なヤツから教わりたくない」と、閉鎖的な世界を創ってしまったのだった。
紬は、作戦を伝えた後、最後に締め括る。
「とはいえ、おそらく、第一新宿には使えない」
「どうしてですか?」
「ケーキ屋のガキが、S級1位になっちまったからな」
「ケーキ屋のガキ?」
「神谷亮だ。あいつは、先生の……サーベルタイガーの指導を受けている」
神谷亮は、憧れの刀真に教えてもらいたいと、小学校卒業と同時に桃李サンフランシスコ校へ編入する。
その頃の刀真は、インベイド社の新規ゲーム開発で忙しかったのだが、その熱意に根負けし、弟子として学ばせていたのである。
しかし、ハイジャック事件で師を失った亮は、次に兄弟子となる東儀雅に指導を仰ごうと、新宿校へ編入し直したのだった。
紬がそのことを知っているは、刀真と飛鳥の葬儀で亮と会っていたからだ。
つまり、刀真の指導を受け、命令できる立場になったことで、第一新宿には通用しないと判断したのである。
ジオラマを見つめながら、オペレーターの渡辺が不安を口にする。
「やけど、一番の問題は、僕らがタイマンでやられへんか、ですよね?」
「そいつは、これからの練習に掛かってんだよ!」
そう言って、紬は渡辺の背中を強く叩くのだった。
散開する第二新宿の選手たちを見て、東儀雅は溜息を漏らした。
横に座るラグナは、それを見て微笑み「早速、紬の術中にハマったみたいだね」と言うと、雅は不機嫌そうに「そうね」と呟く。
ツムギという名と術中という言葉が気になった実況のカリナ・マルロキンは、その真相に迫る。
「ラグナ、ツムギというのは、もしや、あの?」
ラグナは、やってしまったという表情を見せ、季節外れに吹き出した汗をハンカチで拭い始めた。
アタフタするラグナを仕方ないとばかりに、雅がフォローする。
「二回戦なんだし、もういいでしょ。それに、終わるまであの子たちの耳には入らないのだから……」
「ということは、やはり、あのピクシー?」
「えぇ、そうよ。初出場だし、変なプレッシャーを選手に与えたくないって、運営から非公開にするよう言われてたのよ」
ピクシーが帰ってキタ――(゚∀゚)――!!
堰を切ったように流れ始めたコメントは災害級で、その殆どが歓迎コメントだったのだが、中には「俺、第二新宿に10万も賭けたんだぞ!」や「賭けを無効にしろ!」など、悲鳴と言う名の土砂も混じっていた。
とはいえ、流石に18歳以下の大会というだけあって、公式の賭博は行われていないのだが、個人による賭博までは禁止にしておらず、それぞれの胴元で倍率は異なるものの、軒並み神戸校は万券(100倍以上)になっていたのである。
「ところで、ラグナ。私の目には、ただバラバラに配置されたように見えるのですが、何か罠が仕掛けられているのですか?」
「セオリーで言えば、ここは各個撃破する展開だよね?」
「そうですね。全員で順に撃墜した方が効率的ですし、仮に1機撃墜後に集まられたとしても、その時は4対5ですから優位に立てます。でも、そうはならなかった」
「第二新宿にしてみれば、1対1でも勝てますよって言われてるようなモンなのさ。優勝候補であり、ランク付けこそされてないけど、実質学生ランクトップ10に入る自分たちがだよ? そりゃ、腹も立つよね?」
「なるほど。しかし、心理的優位なのは解りますが、問題はその先ですよね?」
「どんな罠が仕掛けられているのか、正直、僕にも解らないけど、あのピクシーが何もしないとは思えない」
何かあると予想したラグナの発言を、雅が否定する。
「いいえ、きっと何もしないわ」
「え? どういうことですか?」
「それが罠ってことでもあるんだけど……まぁ、お手並み拝見といきましょう」
雅が予想した通り、神戸の選手たちは逃げるばかりで、一向に攻めてくる気配は感じられなかった。
神戸の選手たちが乗る機体は、紬の愛機だったGTX7777というスポーツカーからロボットへ変形するタイプのGTM《グランドツーリングマシン》で、雨のように降るレーザービームを避けながら、狭い路地に入ったり、高速道路の下を潜って盾にしたり、車に変形してトンネルへ入ったりと守りというよりも、逃げに徹していた。
「おいおい、ピクシーから教わったのは逃げることだけか?」
「これじゃ、まるで狐狩りだな」
「全く、世界中に配信されてんだぜ? こんなプレイして、恥ずかしくないのかね」
「顧問も顧問なら、その生徒も生徒って訳だ」
厭らしく笑う第二新宿の選手たちの中で、ただ一人、真田だけが疑問に感じていた。
本当に、逃げるだけの作戦なのか?
あのピクシーが?
そんな時、第二新宿のリーダー永倉から司令が入る。
「全員、攻撃停止しろ!」
どうしてですかと尋ねた真田に、永倉は導き出した推理を述べる。
「こいつら、引き分け狙いだ。俺らと当たって、もうこうするしか出来ねーんだよ。せめて、俺たちと引き分けに出来たって、思い出が欲しいんだよ」
「いや、そんな筈は……」
「どんな筈なんだよ、真田! テメー、いい加減、
「す、すみませんでした……」
第二新宿の動きが止まり、雅は「愚かな!」と言って、机を叩いた。
その余りの怒りに、実況者のカリナやラグナでさえも触れることが出来ず、何事も無かったかのように実況を続ける。
一方、神戸の選手たちは、そんな第二新宿の行動に、いや、紬の予測が当たったことに驚いていた。
「こ、攻撃、と、止まったで!」
「ホンマに、先生の言う通りになったな!」
もし、アタシが考える以上の馬鹿だったら、攻撃が止む。
そうなったらな、残り3秒で仕掛けろ!
いいか、ロックオンはするなよ。
戦いの終わりを告げるカウントダウンに、視聴者はざわめく。
近年の大会で、タイムアップが起こった例が無かったからで、視聴者の中には「初めて見た」と書き込む者も多かった。
うん? 少し動いてないか?
最後まで警戒を解かなかった真田が、それに気づき、注意を促した。
「ヤツら、動いてます!」
「セコい真似しやがってーッ!」
そう叫んで、反撃しようとするのだが、刻まれたタイムは終了を告げるのだった。
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あとがき
セコいは関西弁なんで類語を探したんですが、しっくりこないものばかりだったので、筧は関西出身ってことで!
ゲームなんだから、何をしても自由という意味で、FREEDOMにしました。
とはいえ、お気づきの方も多いでしょうが「ワム!」の楽曲から選びました。
さて、再び、ワム!というより、ジョージ・マイケルの曲ですが、
今度こそ、次回は「Careless Whisper」かな?
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