第261話「嵐の前の静けさ」

 2041年9月10日、神戸。


 サバイバルゲーム世界大会の予選受付けも2ヶ月を切り、桃李神戸校ゲーム部顧問の八神龍司やがみりゅうじは、職員室の自席で参加させるチームの選定を行っていた。

 とはいえ、前任者(筒井紬)の退職によって8月に急遽雇われたこともあり、今年ばかりは、その指導方針による実力順で選ぶつもりでいるので、作業としては最終チェックといったところ。

 本音を言えば、自分のプレイスタイルで育て、結果を出したかったのだが、筒井の手垢がベットリ付いた生徒を矯正するには時間が掛かる。

 そこで、今年は指導を見送り、来年の新入生を鍛え、レギュラメンバーと戦わせ、実力差を見せつけたところで、本格的な指導に入るつもりでいるのである。

 そう考えている一方で、筒井の実力や指導方針を認めてはいたので、去年と同じくらいの成績(ベスト16)は残せるだろうとたかくくっていた。


 ところが、簡単に済むと思われた作業だったのだが、部長である林田の最新対戦映像を見て、八神は眉間にしわを寄せる。

 明らかに動きが悪く、初戦の相手が学生ナンバーワン、次戦がそれ以上の強者であったため、緊張でもしていたのかと目をつぶったのだが、その次がイケなかった。


 格下相手に、なに日和ひよっとんねん!

 ピクシーのババアは、何を教えとったんじゃ!


 このままでは、ベスト16どころか予選通過すら怪しく、そうなると来年の新入生にろくな面子が揃わない。

 桃李受験生の第一希望が新宿であったとしても、せめて、第三希望までには神戸の名を刻ませたい。

 そして、何よりも許せないのが「顧問が変わったから予選も通過できなくなった」などと言われかねないことだ。

 怒りの赴くままに激しく机を叩いて立ち上がると、その勢いで倒れた椅子も直さないまま職員室を飛び出し、間もなく部室へと到着した八神は、ドアを蹴り開け、怒声を上げる。


「林田ーッ! ワレ、ちょっとツラ貸せやーッ!」


 余りの激怒っぷりに、部員たちは手を止め、視線を顧問に集中させる。

 名を呼ばれた部長の林田は慌てて、八神へと駆け寄った。


「な、なんですか、先生? そんな大声出して?」


「こ・れ・は・な・ん・や?」


 怒られることに身覚えのない林田は、首を傾げながら差し出されたタブレットを覗き込むと、そこには或る動画が停止された状態で映し出されており、その再生ボタンを押すと、流れた映像は中級者に一方的にやられる初心者の対戦動画だった。


「ナンスカ、コレ?」


「それは、ワシの台詞や」


「ハァ?」


とぼけんなーッ! オドレの対戦やろーがッ!」


「えーッ!?」


「えー、やあるか! しかも、新宿のBやないか! なんじゃ、このザマわーッ!」


 新宿と聞いて、林田は或る事を思い出す。


「あ!」


「思い出したか! なんや、みじめに負けしくさって、記憶でも失くしとったんか?」


「ちゃいますよー、先生」


「なにが違うんや?」


「これ、ツッツー……やなかった、筒井先生に頼まれて……」


「なんや? ピクシーのババアに言われて、わざと負けたっちゅーんか?」


「ちゃいますよ。話し、最後まで聞いてください……」


「はよ、言わんかい!」


「この前の日曜に、今日、新宿と対抗戦してたことにしといてくれって、筒井先生から電話があったんですよ」


 すると、八神は林田の胸倉を掴み、顔面近くまで引き寄せる。


「オドレ、嘘吐くんなら、もっと、マシな嘘吐けや!」


「う、嘘やないですよ!」


「ピクシーのババアが、履歴をいじれる訳ないやろが! このボケナスがーッ!!」


 そう言って、林田を突き飛ばした。

 一瞬、信じてもらえないことに不服そうな表情を見せたが、よくよく考えると、顧問の言っていることは正しく、自分の無実を証明するのは難しい。

 だが、無理を承知で否定し続けた。


「ほ、ホンマなんです! ホンマに、僕やないんです!」


 すると、それを近くで聞いていた部員の一人、京本が助け舟を出す。


「先生、それホンマですよ。その日、部活でしたけど、新宿と対戦なんか……」


 だが、京本は何かに気づいたようで、言葉を詰まらせる。


「どうないした? オドレも記憶障害か?」


「きょーもっちゃん!」


 林田の悲痛な叫びに、京本は冷静に別の疑問を林田に返した。


「もしかして、コレってさぁー、誰にも言うたらアカンヤツとちゃう?」


「そ、そんなー」


 だが、京本が出した疑問に信憑性を感じた八神は、ようやく生徒の証言を信じ始める。


「電話あったって言うたな?」


「は、はい」


「履歴見せろ」


 林田は、ズボンのポケットから携帯を取り出し、その履歴を見せる。


「確かに、8日に電話あんな……」


「あ、そうだ! 筒井先生に電話かければ!」


「待て! ワレのことは信じてやる。絶対、ババアに電話かけんな!」


「え? 絶対? あ、はい……」


 八神は、部室内にある顧問用の机へと向かい席に座ると、椅子の肘掛けに左肘をつき、その拳で顎を抑え、右手の人差し指と中指で机をコツコツと叩き始める。


 あのババア、なにしとるんや?

 ガキが出来て、辞めたんとちゃうんか?


 筒井が妊娠したことによって桃李神戸を退職し、その代わりに八神が雇われたことになっている。

 読者の皆様はご存じだと思うが、紬は妊娠などしていない。

 紬が妊娠を理由にしたのは、新学期早々に辞めることになったそれらしい言い訳が欲しかったからだ。


「おい! ピクシーのババア、何処行ったか知っとる奴おるか?」


「確か、旦那さんがサンフランシスコで働いてるって言ってたから、そこじゃないですかね?」


 新宿とサンフランシスコの対抗戦?

 やとしたら、あれはスカーレットってことになる。

 あの対戦が?

 余りの惨敗に女王様(東儀雅)がキレて、ラルフに変更を申請?

 で、ピクシーのババアに変更したことを?

 待て待て、辞めた奴の許可なんて要らんやろ?

 寧ろ、許可取るんならワシの筈や。

 なんか、引っ掛かんな。


 いや、考えなアカンのは、そこやない!

 考えなアカンのは、ラルフが履歴をいじった理由や!

 例え、女王様の頼みやったとしても、そればっかりは受けんやろ?

 なんでや? なんで弄った?

 おそらく、アレはホンモンで、IDを林田に変えただけ。

 あの対戦自体には、1mmの価値もない。

 となるとや……、

 隠したいんは、人やのうて、学校の方か?

 サンフランシスコを?

 解らん!

 ラルフが隠したい理由は、なんや?


 答えの出ないまま、しばらく考えていると、林田が一人の部員を連れて、近づいてきた。


「せ、先生!」


「なんや?」


「小山が履歴変わる前に、新宿の相手を見たって」


「どこや?」


「えっと、香川の……」


「香川? 桃李香川か?」


「いえ。確か、極道ごくどうって感じの名前の学校でした」


「ご、ご・く・ど・う?」


 けったいな名前やな。

 やが、謎は解けた。

 秘密裏に、インベイドが香川へ進出をしてるんやないか?

 実績を作るために、ピクシーのババアを派遣したってとこやろう。

 それなら、ラルフが弄ったのも頷ける。

 まだ、なんか引っ掛かるモンもあるが、

 まぁ、えぇ、これはこれで利用できそうや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る