第260話「マネージャーというより、コーチ」

 2041年10月、香川。


 ゲーム部への入部を拒否していた閃堂眞鳳せんどうみおであったが、上杉香凛うえすぎかりんに無理やり誘われているとはいえ、毎日ゲーム部に顔を出していたことから、顧問の筒井に「お前、毎日来んなら、マネージャーでもやれよ」と言われ、ゲームをしないという条件付きでマネージャーとして入部することとなった。


 とはいえ、マネージャーとして何か仕事がある訳でもなく、もっぱら部員たちの相談相手になっていた。


「ねぇ、なんかコツとかないの?」


「コツって、言われてもねぇ。トップスピードで練習せずに、できるスピードから徐々に上げて、体で覚えるしかないわよ」


 加賀美右京かがみうきょうの疑問は、聞く前から解っていた一番避けたい答えだった。


「結局、反復練習しかないのかぁ……でもさ、ロックオンじゃダメなの?」


「確かに、プロでもロックオンに頼ってる人が多いから、ダメってほどじゃないんだけど、ロックオンスピードって、10歳の平均的なリフレックススピード(反射速度)になってるから、お世辞にも速いとは言えないし、そのエイミング(照準)もランダムでブレるようになってるから、結局、正確に素早く動かせる人の方がアドバンテージ(有利)があるのよ。予選通過なら兎も角、大会で優勝したいのなら必須事項と思っておいた方がいいわね」


 それまで黙って一緒に聞いていた香凛であったが、優勝という言葉に触発され、右京の背中を思いっきり叩く。


いてぇーッ! なにすんだよ!」


「全く、アンタは! 文句ばっかり言ってないで、練習しなさいよ!」


「文句じゃねーよ! コツがないか聞いてただけだし、上杉だって気になってたから一緒に聞いてたんだろ?」


「ち、違うわよ! 部長として、アンタがどれだけ遅れているか知るために泳がせてただけよ!」


「ホントかよ!」


「ホントよ! 第一ね、そんなのがあったら、言ってくれてるに決まってるでしょーが!」


 そう言って、机で何やら考え事をしている筒井を指さした。

 筒井の指導方針は、師である刀真と同様で、練習の必要性を伝えてから臨ませており、練習の際にコツなどを掴んだら、その情報を共有するようにとまで言っていたのである。


 それは先生の話であって、閃堂は違うだろ?


 喉まで出掛かったのだが、その発言はまるで閃堂を信用してない感じがして、無理やり押し殺したのだが、それでも突いて出て来たのは呻き声のような「ぐぬぬ」だった。

 そんな姿をクスッと笑いながら、眞鳳は練習にある別の価値を話し始める。


「でも、これが出来るようになったら、NASAとか医療関係とかプロゲーマー以外の仕事にも就けるようになるわよ」


「医療関係?」


 今、右京たちが筒井からやらされている練習は、GTM《ぐらんどつーりんぐましん》を使った綾取あやとりで、如何に速く、紐を切らずに東京タワーを完成させれるかというモノ。

 どうして、それが医療と関わってくるのかというと、オンライン手術の代行をプロゲーマーが担っているからである。


 オンライン手術は、2024年から本格化したのだが、ロボットを導入する資金力や医療の知識があっても、操作する腕のない医師が五万と居た。

 そして、そこに目を付けたインベイド社が新しい遠隔医療を提案したのが、プロゲーマーによる手術代行である。

 とはいえ、プロゲーマーが患者を手術するのではなく、まず、患者の体を3Dプリンタで出力し、それを担当医の指示に従ってプロゲーマーが遠隔医療ロボットを使って手術を行い、その動きをAIに学習させ、本番はロボットが自動で行うというモノ。

 もちろん、手術当日は何が起こるか分からないので、プロゲーマーも担当医も待機している。

 これによって、腕のない医師たちでも手術が行え、腕のある医師たちの拘束時間は減り、また、何十時間と掛かるような大手術も一時間以内に収まるような時代を迎えたのである。

 当初、マスコミが「医師免許のないゲーマーが、手術するなんて!」と大きな問題にしようとしたが、休日や研究に割く時間が増えるなど、医師たちが受ける恩恵の方が遥かに大きかったことから、世界中の医師会からの賛同を得た。

 また、手術の失敗率は人が行っていた時代より遥かに少なく、何処の国に居ても最先端の医療が受けられ、入院期間も短く、その手術費用も安くなっていたことから、日本のような許可審査が遅い国もあったが、ほぼ全世界に受け入れられる形となった。

 それでも、反対運動を起こす団体やメディアも居たのだが、いざ自分やその家族が病気になると、それを頼り、逆に非難を浴びる結果を招いたことで、今となってはアンチゲームを掲げる過激派組織のExtinvadですら、医療に関しては口を閉ざしている。

 こうして、インベイド社は難攻不落と思われた医療界への侵攻インベイドを踏み出したのであった。


「へぇ~、そんなのがあるんだ」


 そこへ、練習を終えた近藤陽こんどうひなたも参戦する。


「ねぇ、なに話ししてるの?」


「今やってる練習がね、NASAとか医療関係に繋がるって話ししてて、プロゲーマーが手術したりするんだって」


「あぁ、聞いたことある。確か、医者の仕事がAIに奪われるかもしれないみたいな話しもあったよね?」


「確かにあったね。でも、子供や大人のサイズが違ったり、内臓が欠けていたり、心臓が反対って人も居たりと、人の体って同じようでも違ってるから、仕事が奪われることは、今後も起こらないと思う」


「ところで、NASAでは何をしてるの?」

 

「地球から宇宙に居るロボットの操作とか、一番多いのはスペースデブリや隕石をレーザーで粉々にして、大気圏で燃やすことかな」


「そっちの方がゲームみたいね」


「そうね」


 プレイヤーの中には、手先が器用であるものの、3D酔いでプロを諦めていた者も多かった。

 しかし、こうした別の職業へのアプローチを見つけることによって、ラルフ・メイフィールドの描く夢(計画)『全ての人が、ゲームでも食べていけるようなチャンスを構築する』は、順調に進んでいったのである。



 筒井が桃李新宿のゲーム部創立メンバーの南城紬なんじょうつむぎと知られたこともあって、帯牙原案の『真凰にゲームをさせる計画』も、筒井の予想とは違った形ではあるが、上手く進んでいた。


 テメーで決めてる筈が、ジジイの引いたレールを歩かされてる気分だ。

 これが宮本さんが言ってたアカシックレコードってヤツか、胸糞悪い!

 しかし、今はそのレールに乗ってでも、前に進めねぇとな。


 さて、ガキ(真凰)を入れるには入れたが、問題は此処こっからだ。

 ガキどものプレイ見て、ウズウズしてくれりゃ儲けモンなんだが、そうはならんだろう。

 強い相手が居ないから飽きたと言ったらしいじゃねーか。

 やっぱ、目標≪オヤジ≫を失ったのが原因か?

 今年は見送ると言ったが、ボヤボヤともしてられねぇ。

 アタシに残された時間は、中高合わせて6年間だからな……


 その時、沖田司おきたつかさの言葉が脳裏を過≪よぎ≫る。


 ――ボクが卒業するまでにはお願いしますよ。


 浅倉んトコのガキ、卒業しても対戦できなきゃ、押しかけて来そうだな。

 そうなると、バラされるだろうから、あと3年もねーのか。

 全く、ジジイめ! 余計なことを……、


 筒井は、改めて真凰≪まお≫にプレイさせる道のりを考えようとしたのだが、何かが引っ掛かる。


 なんだ? この違和感は?

 なんで、浅倉のガキが必要だった?

 プレイさせたくなるのが目的なら、幼馴染(スカーレット)で十分な筈だ。


 ――目的は、ボクだったようです。


 雅さんへの目晦≪めくら≫ましか?

 いや、違うな。

 それなら、一気にプロへやればいい。

 あくまで、このガキ(真凰)とやらせるのが目的だろう。

 となると、ジジイの見立ては、オヤジ(刀真)が原因ではないってことか?

 本当に、相手になるヤツが現れたら、やる気が出んのか?

 スカーレットでは不十分だから、浅倉のガキなのか?

 待て、待て、それなら雅さんで、そうなってる筈だ。

 現状、最強は雅さんなんだからな。

 ひょっとして、浅倉のガキは雅さんを超えるのか?


 ちょっと、待て!

 ジジイん中では、3年以内に方≪かた≫が付くことになってねーか?

 まさか、幾ら何でも今年じゃねーよな?

 オペレーターを抜いても、5人揃ってねーんだぞ。

 いや、大会規定23項か!


 ――病気などの理由で、大会登録者が参加不可能となった場合、リタイアするか、登録者のみで参加するかを選択することが出来る。


 名義だけ借りて、病欠扱いにすれば4人でも……

 ひょっとして、プレイさえさせれば勝たせなくてもいいのか?

 いや、ねーわ、それはねーわ。

 本人が良くても、飛鳥に顔向けできねーし、親バカ(刀真)が化けて出てくる! 


 あぁ! もう! ジジイの手が読めねー!


 一層いっその事、帯牙の手を読んだ方が早い気がしたのだが、余計に混乱するだけだった。

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